第四話 集いの地――3
「おまえ、絶対、その高等学校とやらで名の知れた不良だったろ」
というのは、数日前に基礎である筋力トレーニングを経てからの実践にようやく入ったとき、ラッセルに言われた言葉だった。
そんなわけあるか。だいたい、なんでそんな発想に行き着く? 光貴がそう問いかけると、ラッセルから返ってきた答えはひとつ。
「ものすごく筋がいいから」
筋が良い=不良ってどんな方程式だ、とそのとき突っ込んだことをよく覚えている。
「いやでも、筋が良いっていうのは褒め言葉だぜ? さすがにそれは分かるだろう」
「ああそうだな。でも、不良が褒め言葉ではないのもさすがに分かる」
フィロスから二週間ほど歩いてリンゲンに入った今でもなお、その話題を振り続けてくるラッセルに対し、光貴はついにバッサリと言ってやった。するとラッセルはにやりと気味の悪い笑みをひとつ浮かべる。
これはもう、遊ばれているとしか思えなかった。
あきれ果ててそれ以上の言葉も出なくなった光貴は、二週間前よりもややたくましくなった自分の手をながめた。
それもこれも、ラッセルの特訓のおかげである。
というのも、あの日からしばらく、光貴は体力をつけることを命じられたのだ。二年も封印の中にいたのだから、とその必要性をすぐに理解した彼は文句を垂れることなく言われたことを続けた。自分でもことの重要性は分かっていたので、必要以上に熱を入れていたようにも思う。
そして、先述のとおり、実践に入ったのが数日前。
「気にしすぎる俺も悪いんだよな。ああ、分かってるよ。分かってるとも」
再び思い出してしまった光貴は、そんなことを言いながら頭を小突く。そして、これをさっさと忘れてしまうために、ラッセルにまったく別の話を振った。
「そういや、あんたが前に言ってた『文官見習い』ってどんな奴なんだ?」
光貴の脳内フル回転の甲斐あってかラッセルはここでからかうのをやめ、少し真面目な顔をした。
「ああ、緑君のこと?」
しかし、次いで出てきた言葉は到底まじめとは思えないものだった。
「…………は?」
「それならさ、あそこでなんか食べながら話そうぜ」
少年の素っ頓狂な声を完全に無視したラッセルは、道の端で足を止めてある場所を指さした。光貴がぽかんとしたままその方向を見ると、しゃれた飲食店があった。
店の外観は木造だった。そして内装も木造だった。それなりに歴史と人気がある店らしく、席は半分以上埋まっている。二人はそんな中で空いた窓際の席を見つけると、そこに向かい合って腰かけた。そのあと適当に注文をし、それを待つ間に話を進める。
「で、なんだ。その『緑君』って」
切り出したのは光貴の方だ。ラッセルはからからと笑う。
「もちろん、俺がつけたあだ名だよ。髪も目も緑なんだから、そう呼びたくなっちまうだろ」
「いや知らないけど。目はともかく髪も緑ってことは、ピエトロどころかエクティアの生まれでもないな?」
いつの間にか運ばれてきた茶をすすりながら光貴が問うと、ラッセルの目はちかりと光る。
「お? そういうこと、知ってるんだ」
「――まあ、一応は」
宮廷魔導師の鋭い指摘に、少年はやや渋い顔をしつつも答えた。するとようやく最初の質問に対する答えが返ってくる。
「そうだよ。ピエトロよりさらに北方の生まれって聞いてるけど、詳しいことは知らん。そんで、本名はノエル・セネット。例の北の国にあるあいつの村がワケあってめちゃくちゃになっちゃって、そこから逃げてきたところを陛下に保護され、その後文官見習いの職に就いたそうだ」
ぺらぺらと飛び出す情報をひとつひとつ整理しながら聞いていくと、おのずと疑問がわいてくる。
「ん? ちょっといいか。今の『陛下』ってアルバート陛下でいいよな?」
光貴がそう問うとラッセルは最初、意味が分からんといったふうに首をかしげたが、すぐに納得した様子になると答えた。
「ああ、そうだな。今の国王も二年前と変わらずアルバート王だよ。相変わらず支持率は高いな」
「ふうん、そっか。そんだけ支持率を保つ王様も珍しいけどな」
「……おまえ、わりとはっきり言うね」
「事実だろ」
こんなやり取りを続けているうちに、二人の頼んだ料理は運ばれてきた。
とりあえずノエルとやらのことは知ることができたので、食べながらまったく別の話をした。簡単に言うと、この二年で変化したこととそうでないこと。ずっと封じ込められて眠っていた光貴としてはどうしても気になることだった。
だが幸い、大した違いはないようだ。多少法整備などがなされたり新しい建物が完成したりする程度のことだったらしい。
そんな話に大いに花を咲かせているうちに、二人の食事は終了していた。
「さて、これからどーすっかなー」
「まずはその、ノエルとやらの現在地をどうにかして調べなきゃいけないだろ」
「おっとそうだった。さすが光貴」
どこか緩んだ会話をしながら二人は代金を支払うべく席を立つ。
そんなときだった。ちらりと見えた窓の外、遠くの方で何かが光ったのは。
「なんだ?」
ラッセルがそう言い終わらないうちに、今度は轟音とともに店が揺れた。いや、正確には町全体が衝撃波のために大きく揺れていた。
まさかそんなものが来るとは思っていなかった光貴が体勢を崩しかけるが、慣れていたラッセルがそれを支える。そうしてしばらく揺れがおさまるのを待ちながら、二人は空気がびりびりと震える音を聞いていた。
そして、すべてがおさまり、店内に静寂が訪れたあと。
「なんだ、いまの」
呆然自失の状態の中、光貴が呟く。それに答えたラッセルの声は険しかった。
「魔法だ」
突然出てきた単語に訊き返す間もなく、光貴に指示が飛ぶ。
「おい光貴。俺が金払ってる間に外に出て、どっかから煙か何かが上がってないか確かめろ。上がってたらその方角を知らせろ」
「は? い、いいけど、でも」
「いやな予感がするんだよ」
混乱している一般人――多分――に魔導師が投げかけた声は鋭かった。その鋭さから何を感じたのだろうか。光貴は一度大きくうなずくと、店のことは年上に任せて外に飛び出した。自分でも驚くほどの速さで。
街の中は、先程までとはまったく違う喧騒に包まれていた。どこからか泣き声まで聞こえるが、子供のものだ。光貴はすばやく辺りを見回すと、すぐに煙が立ち上っている場所を見つけた。
橋を通って東側に渡った先の、裏路地。
「どうだ!?」
という声とともに遅れて飛び出してきたラッセルにそれを伝えると、彼はすぐに表情を引き締めた。
「了解だ。行くぞ」
あまりにも唐突な指示に、さすがに困る。
「行くって……何が起こってるかも分からないのに、か?」
「さっき見えた光は魔法の光だった。どんなことが起こっていようとも、魔法に関する事件事故に対処するのは、宮廷魔導師の仕事のひとつでもある」
光貴としてはうかつに首を突っ込んで良いものかという不安があったが、目の前の青年にそれを言われてしまっては反論のしようがない。結局おとなしく従うことにした。
道を駆けながら、ラッセルが言う。
「ただし。おまえは危ないと思ったら逃げろよ。こんなところで死なせるわけにはいかないからな」
「分かった」
正直なところ、いかに腕の立つラッセルとはいえそのまま置いていくというのは気が引けた。しかし、光貴も馬鹿ではない。中途半端に武術を身につけた自分がその場に残ってもかえって足手まといだということは自覚していた。
名前がないらしい大橋を渡りきって、煙が見えた方角を目指す。その途中で彼の方角を指さしながらざわめく人々の姿を見つけた二人は、少しばかり走る速度を落とした。
「下手に勘付かれちゃまずいな。どこにどんな奴がいるともしれない」
ラッセルの口から呟かれた言葉に、光貴は形容しがたい、嫌な感覚を覚えた。その感覚をごまかすつもりで周囲を見渡していると、ふと奇妙なものが目につく。
正確には、奇妙な人だった。物語で描かれる盗賊のような格好をしている、黒ずくめの人。それが複数いた。しかも服には奇妙な紋章までついている。
風貌の、というより服装の奇異さに気を取られて足をとめかけるが、直後に「どうした?」と隣から呼びかけられたので、辛うじてそれは避けられた。
代わりに光貴は、小声で問う。
「なあラッセル。あの奇妙な奴らはなんなんだ」
「はあ?」
一度は素っ頓狂な声を上げたラッセル。しかし辺りを見回して光貴の言わんとしていることに気付くと、急に険しい顔になった。慌てて光貴に耳打ちをしてくる。
「あいつらっ……シオン帝国の奴らだ!」
思わぬ国の名前に、今度は光貴が素っ頓狂な声を上げる番だった。
「それって確か東南の大国――今回の件に関係してるかもしれないっていうあの国か」
「そうだ。俺の発想が飛躍しすぎているかもしれんが、もしそうでないのなら……首飾りの件をかぎつけられたもんだから、動き出したのかもしれない」
ごくり、と生唾をのんだ光貴はしかし、そこで重要なことに気がついた。思わずラッセルの服の袖を引っ張って言う。
「待て。ということは、この町にノエルとやらがいるかもしれないってことじゃないのか? しかも、あの爆発が起きた場所に」
とんでもないことだと、内心彼は慌てていた。だがラッセルはといえば、あくまで冷静にうなずいている。その冷静さは表だけで、実はかなり苛立ちを募らせていることが見え見えではあったが。
こうなると、光貴も本気で悩む。
これから仲間になるかもしれない人の危機。それを知って他人事のふりをできるほど彼は冷めてはいなかった。かといって、自分が役に立てるようなことはほとんどないということも自覚していた。役立ちそうなものといえば、かじった程度の武術と高等学校教育レベルの知識くらいか。
思いと現実のはざまで揺れ動く少年の顔に、生温かい風が吹きつける。今日はいささか風が強い日のようだった。
考えに考え、周囲をきょろきょろと見回していた光貴の目に、あるものが留まる。
「んん?」
声を上げた彼は、次に立ち止まっていた。それに気付いたラッセルも、連鎖するように足を止める。
このとき、光貴の目に映ったのは砂糖を袋で売っている商店だ。もちろん砂糖以外のものも売っているが、それらには用が無いので彼の目には入っていない。
少しだけ考え込んだ光貴がラッセルに向けて言葉を飛ばす。
「ふたつ。質問、いいか?」
「あ? なんだ。手短にしろよ」
いきなり立ち止まってしまったせいか、苛立ちを含んだ声が返ってくる。青年には悪いが、気にせず質問をさせてもらった。
「ひとつ。今、あの砂糖を買うほどのお金があるか?」
ラッセルは首をひねったものの一応「ある」と言ってくれる。光貴はうなずいて続けた。
「ふたつ。ラッセルが使える魔法の種類はなんだ?」
「……炎、風、雷、解呪あたりが得意だが。それがなんだよ」
いよいよワケが分からないという顔をして、ついにラッセルは吐き捨てた。しかし対する光貴は、彼の答えを聞いた瞬間に悪戯小僧のような笑顔を見せた。
それはおそらく赤毛の宮廷魔導師がこれまで見たこともなかったであろう、光貴の顔。彼が策を講じるときの顔だった。
「良いぞ、ラッセル! これで、そのノエルとやらが危ない状況でも、助けてやることができるかもしれない」
少年の考えていることがいっさい読めていない魔導師は、目を瞬いた。




