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King of Light  作者: 蒼井七海
第一章 王の目覚めと夜空の石
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第三話 茨の道ともうひとつの物語――3

 武術の楽しさに目覚めたとき、ラッセル・ベイカーは自らが魔法の名家に生まれたことを呪った。それでも、血筋や立場から逃れられるような甘い状況ではないため、魔導師になるというさだめは甘んじて受け入れた。

 その代わり、義務として魔法を学び、趣味として武術を学んだ。

 母や兄弟たちは応援してくれた。しかし、父も含め、他の者たちに良い顔をされた記憶はない。だが、結果としてその両方をできるだけ極めようとしたことにより、将来の可能性という扉がいくつも開いた。その中で彼が選び取ったのは、なぜか宮廷魔導師という扉だった。

 ベイカー家の常道とも呼ばれている道で、ゆえに武術に目覚めたばかりの頃は絶対に選ばないと決めていたのに、不思議なものである。だが、いざ選ぶとなるとそんな意地より王にお仕えしたいという気持ちが勝っていた。

 意外にも、ここでも武術は役立った。肉弾戦と魔法戦の両方がこなせる宮廷魔導師として、アルバート王にすっかり気に入られてしまったのである。「おまえは私の右腕だな」と言われたとき、心の中で「親父、ざまぁみろ!」と叫んでいたのは誰にも内緒のことだ。

 そんな異色の宮廷魔導師が今回仰せつかった任務は、北方の町フィロスで観測された、謎の魔力の調査である。

 魔力が観測されること自体は珍しいことではない。むしろ魔法が日常的に使われているような町では当然のことだった。もちろんフィロスもその町のひとつで、それ自体を騒ぎ立てることの方がおかしい。

 それなのに今回の一件が問題視された原因は、ずばり、その魔力の大きさである。日常的、あるいは教会などでの儀式で使われる魔法ではまずあり得ないほど膨大な力の流れだったそうで、観測を行っている魔法研究局は一時とんでもない騒ぎになったそうだ。

 王に魔導師の派遣を乞うてきた研究局員は青ざめていたという話も聞く。

「俺からしてみれば、どいつもこいつも過剰に反応しすぎだと思うがね」

 言いながら彼は周囲を見渡した。フィロスは全体的に古い街並みが保たれている様子が見受けられる。そういったものを保存しようという運動のおかげもあるが、歴史ある教会が立っているおかげもある。教会を中心とした町の景観を保つために、いろいろと制限がかけられたとのことだ。

 彼、ラッセル・ベイカーはつい数日前にフィロス入りし、聞きこみを開始していた。その結果得られた情報というのが、どうやら正体不明の魔力は町の奥から検知されたらしいということだけだった。情報が少なすぎやしないか、と思わず局員や町長につかみかかりかけたラッセルだったが、魔力が大きすぎて発生源が特定できなかったと聞くと、どうにか納得して引き下がった。

 とりあえず今は、大人しく町の奥とやらに移動して聞きこみを再開しようと思っているところである。

「それにしても」

 古めかしくも美しい建物をながめながら、彼は赤毛をかきむしる。

「せっかくこの観光名所に来たっていうのに、買い物のひとつもする暇がないとはね」

 ひまを作ろうと思えばいくらでも作れる。が、状況を見ればそんなことをやっている余裕はないのだ。

「ま、せっかく陛下から直々に仰せつかった任務だ。我慢してやりますか」

 これまたぼやいて気を取り直したラッセルは、意気揚々と歩き出そうとする。だがしかし、そこで声をかけられた。

「あの……きゅうてい魔導師さんですよね? まりょくのちょうさをしているっていう」

「うん?」

 振り返ると、子供が立っていた。まだ幼い、十歳にも満たない女の子だ。亜麻色の髪を肩口で切りそろえており、栗色の瞳をくりくりさせながらこちらを見ている。

「そうだよ。どうしたんだい」

 ラッセルはしゃがみこんで、女のこと視線を合わせてから問いかけた。すると彼女は、思いもよらぬことを言う。

「わたしね、この前、夜おそくに町のおくにある古いしんでんの前をとおったんだ。そこはあの時間にはだれにもつかわれていないんだけどね、その日はね、しんでんの窓から光が見えたんだよ。変だよね」

 ラッセルは大きく目を見開いた。いつもだったら「本当か!?」と叫んで詰め寄るものだが、今回は相手が相手なのでその高揚をこらえる。その代わり、女の子の頭をなでた。

「ありがとう、お嬢ちゃん。さっそくその神殿とやらに行ってみることにしよう」

「え? だめだよ。あそこでは何をきいてもこたえてくれないと思うから」

 女の子はきょとんとしたような、それでいて心配したような表情でそう言うが、対するラッセルの表情は自信に満ちていた。

「でも、一般……ああいや、普通の人も出入りはできるんだろ?」

「うん」

 うなずく女の子を見て彼は立ち上がり、歯を見せて笑った。

「だったら、自分で調査するまでだ」


 女の子と別れた彼は一度ホテルに戻り、貴重品以外の荷物を置いて、宮廷魔導師の制服である上衣を脱いで普通の黒コートに着がえた。それから昼食をとってホテルを出ると、その足でまっすぐ神殿に向かう。

 ラッセルが普段着に変えたのには理由があった。

 あのまま行って宮廷魔導師の権限を行使することも不可能ではない。しかし、そんな強引なことをして王への好感度を下げたくないという思いがあったのだ。それは個人的にあの王のことを気に入っているというのもあるが、こういう無駄なことで主君への好感度を下げ、下手な面倒事を引き起こす種をまくのは良くないという、きわめて政治的かつ合理的な判断のおかげもある。

 だから、神殿に出入りする一般人を装って神殿に入りこみ、魔力のもとを特定し、隙を見てそれを自分の目で確かめて場合によってはとりのぞく、という方法をとる方を選んだのだ。

 気分が高まっていたせいか、神殿まではそれほど時間がかからなかったように思う。

「うひょ、これが神殿か。でけーな」

 ラッセルの言葉通り、神殿はなかなかの大きさだった。いくつもの柱が建物を支え、壁には何か宗教画のようなものが描かれている。石の階段を上ってさまざま人が行き来しているところを見ると、ある種の観光名所でもあるらしい。

「これでも小さい方ってんだから、町一番のシンボルってやつはとんでもない」

 などと呟きをこぼしながら、彼はほかの人々に混じって神殿の中に入っていく。どうやら今日は宗教的行事もないらしく、観光客でにぎわいを見せていた。意外にも人が多く、下手をしたら押しつぶされそうだ。

 普段だったら嫌がるところだが、今日は好都合。ラッセルは唇をつり上げると、いったん人垣から抜け出して周囲を見回す。

 魔導師は魔力を操る者。だから当然、魔力をその身で感知することができた。第六感のようなものだ。

「あっち側か。もう一度人混みを突っ切らなきゃならないようだな、面倒くせえ」

 言葉とは裏腹に、ラッセルは笑っていた。人混みの中をそれとなく抜ける方が、下手に気取られなくて済む。

 と言う訳で、もう一度もみくちゃにされる振りをしながら人混みを抜け、しばらくいくと、細い回廊のようなところに出た。

「おっ……と。ここらは静かだな」

 呟いた彼は、足音をなるべく立てずに歩き、魔力のもとにそっと近づく。途中、立ち入り禁止の扉にぶち当たったが、彼はためらいなく開けた。それからしばらく歩くと人の声が聞こえてきた。

「やべ」

 声を上げた彼は、素早く近くの柱の陰に身を隠す。

 すると、二人の神官が話しながら歩いてきた。

「なあ、知ってるか? 『正体不明の魔力』の件で宮廷魔導師が派遣されてきたって」

「何。本当か?」

「ああ」

 こいつら、何か知ってるな?

 思ったラッセルは、周囲の警戒と盗聴――聞こえは悪いが、やっていることはそれとなんら変わらない――に全神経を集中させる。すると、ひそめた声が聞こえてきた。

「まずくないか? 俺たちがやったわけじゃないとはいえ、あんなものが見つかったらどう考えてもこちらの責任になる」

「その通りだ……。なんとしてでも隠し通さないと」

 そんな会話をした二人は、ラッセルに気付くこともないまま素通りしていった。二人の姿が消え、足音も何もかも聞こえなくなったところで、彼は柱の陰から姿を現す。

「『あんなもの』だと? 神殿が意図的にやってるわけじゃないにせよ、何かありそうだな」

 呟いた彼は、さらに進んでいった。

 目的地に近付くにつれ、人と遭遇する回数は減っていく。皆、その場所には近寄りたがらないのだろうとラッセルは考えた。

――そうして進むこと三十分あまり。彼は、魔力が特に濃くなった地点で行き止まりにぶち当たった。

「ほほう。いかにも、だな」

 そして、行き止まりの床には明らかにほかの床とは色の違う区画がある。ほかは石の床の薄い灰色なのに対し、ここだけ黒色だ。

 試しにその石の端を持ち上げてみると、存外あっさりと持ちあがり、まるでふたか扉のようにどんどん開いていった。そして、限界まで持ち上げてみると――

「階段だ」

 そこには人一人分が通れる幅の穴があり、さらには階段が奥まで続いていた。地下にからこちらに向けて、冷たい風が吹いてくる。

「行かないという選択肢はないな」

 確かめるように言った彼は、階段を数段下りる。それから黒いふたを閉めると、口の中で小さく何かを唱えた。すると、それまでまっくら闇だった世界に小さな光がともる。

 さて、と漏らした彼は、淡々と階段を下りていった。

 長かった。優に百段は超えただろう。一番下に行き着くまでにどれだけかかったかも、もう分からない。ただ、歩いているうちに足が痛くなってきたのは覚えている。

 そして、さすがにもう座り込んで休みたいと思った頃。

「お、着いた」

 最後の一段を降り、地下深くの部屋に着く。その様を見たときはさすがのラッセルも驚きを隠せなかった。

 なんとこの地下空間に、大きな儀式部屋のようなものが広がっていたのだ。壁には松明。床には魔法円。さらに使い古されたと思われる道具の数々。

 大昔には数々の儀式や神事が行われてきたのだろう、ということを思わせる様相だった。だが今は柱のいくつかが倒れていて、湿気の多い空間であるせいか苔が生えていた。さらに、植物が育つようこしらえてある区画もあり、そこには闇の中で開花するという花がひっそりと咲いていた。

 だが、ラッセルが注目したのはそこではない。

「あれは……もうひとつの魔法円?」

 しばらく歩いてみて気付いたことだが、部屋の奥にもうひとつ、やや小ぶりな魔法円が刻まれていたのだ。しかも、とても淡いが桃色の光を放っているように見える。膨大な魔力は、間違いなくその円から感じ取れた。

 ラッセルは慌ててその円へと駆け寄ると、円の内側に描かれている図形や文字を確認していった。

 魔法円を用いる術は、たいてい召喚か封印のための魔法である。円を基本の要素とし、その内側に図形や文字を書きこむことでさらに詳細な命令式を完成させる。つまり、それらを見ればどういう種類の魔法円か、さらにどうやって解くかが分かるのだった。

 そして、見てみて驚く。

「こりゃあ、かなり強力な封印魔法だな。解除できない訳じゃなさそうだが」

 言いながら、慎重に、しかし急いで解除の方法を読み取る。そして、それはすぐに分かった。封印魔法の魔力と、解除する側の魔力を衝突、反発させてその衝撃で魔法を解くというものだ。

 はっきり言って力押し。もっとも単純な方法ではあるが、もっとも難しい方法でもある。封印魔法に衝撃を与えるほどの魔力を出し続けられる魔導師など、そう滅多にいるものではないからだ。大抵はそれがなされる前に魔力を切らして倒れてしまう。

「よし、一番単純な方法で助かった。やるぞ!」

 が、ラッセルはその「滅多にいるものではない」魔導師の一人だ。というわけなのでためらわず実行に移す。

 地面に手をつき、そこから自らの魔力を放出した。すると、魔力同士がすぐさま反発し合い、その結果、空中でバチバチと巨大な火花を散らす。その火花はだんだんと膨れ上がるように大きくなり、熱がラッセルの顔に伝わるまでになると――凄まじい音を立てて、弾けた。

「うわっちゃ!」

 顔を守るひまさえなかったラッセルは、飛び退いてしまう。しかし幸いなことに目や耳に異常をきたすことはなかった。いや、最初のうちは見えなかったし聞こえなかったが、すぐに良くなる。

 砂埃が晴れた先の魔法円は光を失い、その役目を終えてただの絵になっていた。

「ふう、助かった」

 息を吐いたラッセルは、封印されていた物を確かめるためもう一度円に近づく。

 封印魔法発動中は、封印されている物の姿を見ることができない。あの魔力が消えて初めて、その姿を拝むことができる仕組みとなっているのだ。

「しかし、こんな大層な施しまでして、いったい何を封印してたっていうんだ? 術者は」

 ぼやきながら円の中をのぞきこんだ彼は、その刹那。

「……何っ!?」

 これまでで一番大きな声を上げていた。基本的になんでも笑いながら受け流す彼だが、今回ばかりは声を上げずにいられなかった。しかし、それも無理からぬことである。

「な、なんで、ガキが封印されてるんだよ!?」

 魔法円の上にあった――横たえられていたのは、まごうことなき人間。それも、年の頃十五、六歳程度の少年だったのだから。


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