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King of Light  作者: 蒼井七海
第一章 王の目覚めと夜空の石
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第三話 茨の道ともうひとつの物語――2

 シオン帝国。この大陸の東南に位置する大陸最大の帝国だ。近年、経済発展が著しく、同時に軍備増強も気味が悪いほど円滑に進められている。

 周辺諸国が警戒を強める強国。そして、『夜空の首飾り』消失に関わっているかもしれない組織が上層部に食い込んでいる可能性のある国。

 そのことから考えれば、彼の国の手の者が晴香たちの前に現れても、なんら不思議ではない。

「ちょっと待ってよ……。それじゃああいつらの狙いは、商人のおじさんじゃなくて、私たちだったってこと?」

 世界情勢の授業を順繰りに思い出しながら晴香が震える声で問いかけると、ノエルは冷たいほどあっさりと首を縦に振った。

「おそらく。あの方を先に狙ったのは、一種のカモフラージュみたいなものでしょう。彼を先にあの場から逃走させ、あとから僕たちを狙うつもりだったと思われます」

 しばらくぶりに、ノエルの台詞にぞっとした。仮定どおりになったときの状況を想像して背中を震わせた晴香は、しかしそこでふと疑問に思う。

「でも、奴らはやられちゃったじゃないの。やられるほど弱いやつを送りこんでも意味ないような気がするけど」

 こちらとしてはありがたいことこの上ないが、それが逆に不気味でもある。言いながら、そう単純なものではないと、少女は感じていた。

 そして、やはり向かいの少年は頭を振って彼女の言葉を否定する。

「そうでもありません。弱い人たちでも、駒として使おうと思えばどうとでもできます。おそらく、彼らを派遣して僕らに倒させることで、憶測でしかなかった事柄を証明しようとしたのではないでしょうか」

「え、じゃあ」

 その台詞のあとに続くと思われる最悪の言葉を予見してしまった晴香の上ずった声に、ノエルは苦々しい顔で答えた。本人は隠しているつもりだろうが、責任を感じていることが丸わかりだ。

「僕らは――あの商人の方も含めて――罠にはめられたということです」

「居場所を知られてしまったってことだよね」

「はい。でもそれだけではありませんし、居場所を知られること自体は大して問題ではないんです。僕らはどうせ、明日この町を発つのですから。ですが、まずいことに、おそらく晴香さんと僕が『夜空の首飾り』捜索のために動き出したことを、シオン帝国側に知られてしまった」

 晴香は昼間以上に青ざめた。

 まだ、犯人がシオン帝国やそれに味方する勢力の中にいると決まったわけではない。が、仮に犯行に帝国が絡んでいなかったとしても、もっとも警戒すべき国の一つであることには変わりないのだ。国宝が消失したことへの裏付けをされてしまっただけでも、どうなるか分からない。それにあれはただの国宝ではない。力を秘めた魔法道具だ。

「わ、私たちのこともそうだけど、国や陛下は大丈夫かな」

 慌てて晴香が問うと、ノエルは少し考えてから答えた。

「いきなり動き出すことはないでしょう。帝国が王国に戦争を仕掛けるつもりで準備しているという話も聞きませんし、陛下も口を割る人ではありませんし。ただ、『夜空の首飾り』消失=戦力の低下と捉えられる可能性は十二分にあります」

 今はまだ目立った対立がないピエトロ王国とシオン帝国。しかし、人生と同じで国交も何があるか分からない。更にノエルは、こうも指摘した。

「それに、仮にシオン帝国側に犯人がいたとすると、その場合の方が問題です。なぜなら、ほぼ間違いなく国際問題に発展するから」

「そりゃそうだよね。ピエトロ王国の国宝を勝手に他国が盗ったってことだもの」

 晴香の表情はいつの間にか沈んでいた。議論をすればするほど、悪い結論しか浮かびあがってこない。しかも、

「これはもう、一刻も早くラッセルと合流して、犯人の素性と居所を突き止めて、首飾りを取り返すしかありません」

 彼女の心には、再び『神託の君』としての使命が重くのしかかってきていたのだ。


――結局ラッセルと合流する以上の手を思いつかないままに夜が更けていく。そして翌朝、日が昇り始めたばかりのころに、二人は再び件の商人と合流した。

「これからしばらく、よろしくお願いします」

 ノエルが丁寧に頭を下げると、男は逆に恐縮したように手を振った。

「イヤイヤ、そんなにかしこまらなくていいよ。むしろ荷車の揺れに耐えてもらわにゃならんのだし」

 それでも歩いたら何週間もかかる北部まで運んでくれるというのだから、十分にありがたい。晴香も、恐らくノエルもそう思っていただろう。

 面白い偶然、と言って良いのか分からないが、出発を急ぐのは二人も男も同じだったらしい。だから早いうちに二人は宿をあとにして、商人の荷車に乗り込み、ローザを発った。

 そこからはただひたすらに大自然が続く道を往く旅だった。激しい揺れをどこか心地よく受け止めながら過ごす時間。あまり長いとお尻が痛くなりそうな気もしたが、こういうのも良いかもしれないなあと思った。

 だが、時間が経つとやはり暇になるものである。隣でちょうど、本をキリのいいところで読み終わって栞を挟んでいたノエルに何か話を振ろうと、晴香は頭を働かせた。その結果、出てきた質問は。

「そういえばノエル君って、どうしてピエトロ王国で『預言者』やってるの?」

 一応、男を意識して声を潜めた。ノエルは晴香の方を向くと、ああと言って微笑んだ。

「僕の容姿はどう考えてもエクティア人のものではないですからね。不思議かもしれませんし、実際経緯は少し変わっています。時間もあることですし、お話しましょうか」

 ライルの言った通りだ、と思いながら、晴香は首を縦に振った。

 ノエルが本を荷車の上に置いたのを合図に、話は始まる。

「もうお察しでしょうが、僕はピエトロ王国どころかエクティア地方の生まれですらありません。もっと北の、この大陸の寒帯にある国の、小さな村で生まれ育ちました。しかし、僕が五歳の頃でしょうか、その村がテロに巻き込まれ、焼き払われてしまったのです」

 テロリストと思われる者たちは、村の衆をまず友好的に自分たちの活動に勧誘したという。それでも彼らが応じなかったため、今度は脅しに出た。しかしそれも効かないと分かると、ついには村人の一人を殺し、村に火を放ったという。

「僕も殺されかけましたが、両親に守ってもらったおかげでどうにか逃げのびることができました。いえ、両親だけではありません。村のいろいろな人たちが、必死で僕を守ろうとしていたのです。今思えば、『預言者』の力ゆえだったのかも、とも思いますが」

 その時、ノエルの顔が一瞬だけかげったのを見た。だが、晴香は何も言わなかった。言ってはならない場面だと思った。

 滔々と、語りは続く。

「どうにか村から脱し、テロリストたちを撒いたあとは、子供一人の過酷な旅の始まりでした。故郷でいろいろなお手伝いはしていたので、食べることや寝ること、獣対策に困ることはありませんでしたが、それでもいつか体力と精神力の限界が訪れます。そしてついにある雨の日、僕は歩く気力をなくし、近くの穴に落ちてしまいました」

 甲高く、短い悲鳴が上がる。

「お、落ちた!? 大丈夫だったの!?」

 穴を侮ってはいけない。深いものだと抜け出せなくなる可能性もあるし、勢いよく転げ落ちると怪我をするのは当然だ。随分昔のことなのは分かっていたが、晴香は心配になる。

 だが少年の笑顔は、実にあっさりとその不安を払しょくしてくれた。

「ええ。怪我はありませんでしたよ。だけどもう抜け出す気すらなくて、ここで死んでしまってもいいやと思っていたのです。そんな僕を拾ってくださったのが、アルバート国王陛下だったのですよ。あの日は確かよく雨の降る日で、陛下は視察ついでに観光名所の村に足を運んで、その帰りだった、とおっしゃっていました」

 ノエルを救ったアルバートは彼を近くの町の自分が泊まっていた場所まで連れ帰ると、身体を拭き、食べ物を与えた。そして彼に行く場所がないことを知ると、王城で養うことを家臣に提案したのだ。最初、家臣たちはどこの馬の骨とも知れぬ子供をつれこむのは良くないと猛反対したが、ノエルがテロリストに滅ぼされた村の生き残りであることを王自らが調べ上げて照明すると、不承不承、主の我がまま、もとい提案を受け入れたそうだ。

 それから三年間王城で養ってもらいつつ教育を施され、八歳も半ばを迎えたころ、『預言者』としての力に目覚めたらしい。それからというもの、ピエトロ王国の文官見習い兼『預言者』として働いているという。

「そんなことがあったんだ。ノエル君もいろいろと苦労してたんだね……」

 言いながら、晴香の方が泣きそうになった。どうにもこの手の話には弱いのである。そんな彼女を見てから、ノエルはそっと空を仰ぎ見た。

「あのとき陛下に拾っていただかなければ、僕は間違いなくあの場で死んでいたでしょう。本当にありがたいことです」

 彼はそう言った後、独り言のように付け加える。

「……なぜ、村が滅んだあの日、村の衆が僕をあそこまで必死に守り抜いたかは未だに謎のままですが、分かっても分からなくても良いやって今は思っています。ここで生きていて、晴香さんとこうして旅ができているということが、何よりも大切ですから」

 表情には出さなかったが、このときの晴香は、あの出会いの瞬間のようにうろたえていた。相変わらず女性を「オトす」のが上手い人だと思う。しかもこれが素だというのだから驚きだ。

「そ、そうだね」

 だがそんな感想はおくびにもださず、晴香はどうにか相槌をうつことができた。ノエルに内心を悟られなかったことにほっとした彼女は、しかし直後に話を振り返されてしまった。

「そういえば、晴香さんは独り暮らしのようでしたけど、ご家族は?」

 ぎくりとする。しかし、ノエルにあそこまで語らせて自分が何も語らないのは反則だろうと考えた晴香は、口を開いた。

「ん……とね。元々は父さん、母さん、お兄ちゃん、私の四人家族だったんだけど、父さんは物心つく前に死んじゃったんだ。仕事の関係だったらしいけど」

「お父様は、そんな危険なお仕事を?」

 そう言うノエルの顔が、少しこわばったような気がした。晴香はゆるゆると首を振る。

「分かんないんだ。なんの仕事をやってたのか、何も聞いてないから。でも、私たちが母さんの旧姓『北原』を名乗り始めたのは父さんが死んでからだったらしい」

 夫とその家族が大好きだった母は、夫が死んだからといって元の姓に戻る気はなかったらしい。しかしそれをしなければならなかった、というのはどういうことだろうかと、晴香は未だに首をかしげている。

「それで、母さんはもともとクリスタで商店をやってたけど、二年くらい前に行商に出たんだ。その二年前に、お兄ちゃんが行方不明になっちゃったから……それで、だと思う」

「行方不明?」

 再びノエルの声が割って入る。その方向を見ると、彼は大きく目を見開いていた。いつの間にそんなことが、と言いたげだった。

「うん、そう。だから一人暮らしなの」

 そう言って笑った晴香。本当はこれで話を切り上げるつもりだった。だが、気付けば話を続けていた。

「その日のお兄ちゃんに何も変わったところはなかった。ただいつものように私を起こしにきて、からかって、ごはん食べながら高等学校の話をして、それで『図書館に行ってくるわ』っていつもの調子で出てったんだ。でも、それっきり帰ってこなかった。警察に捜索してもらったけどどこにもいなくて、帰ってこなくて……」

 晴香はそこまで言ってはっとした。いつの間にか感情的になって話していたことに気付いたのだ。家族にすがらないと決めていたはずなのにとなんだか情けなくなった彼女は、しょんぼりとしてノエルに謝った。

「ご、ごめん。暗い話ばっかりで」

 しかし、ノエルはいつもの優しい顔で言ってくれた。

「いえ。晴香さんのご家族のこととか抱いていた気持ちとか、聞けただけでも満足です。僕の方こそ、つらいことを思い出させてしまってすみません」

 ノエル君が謝ることじゃない。

 そう言いたくても言えずにいた晴香に、ノエルはこんな言葉をかけてきた。

「大好きなんですね。お兄さんのこと」

 心が、揺さぶられた。

 彼は『大好きだった』と言わずに『大好きなんだ』と言ったのだ。

――私やライルと、同じ。そう考えただけで涙が出そうになる。が、こんなところで泣くべきではないと必死でこらえ、笑顔を見せた。

「うん。大好きなの。ありがとう、ノエル君」

 お調子者で、そのくせ成績が良くて、加えて妹をからかう癖がある、ちょっと腹の立つことも多い兄。だけど、その姿がときおり彼女の目にはかっこよく映った。いつもおどけいるように見えたが、本当はだれよりも、自分に厳しく優しくしてくれた。それを分かっていたからだと思う。

「私が信じなきゃね。そんでもって、頑張らなきゃ」

 呟いているうちに、昨日から感じていた重圧がすっとどこかに飛んでいく気がした。

 もちろん使命から解き放たれたわけではない。『神託の君』という立場から逃れられたわけではない。それでも、使命を果たしてやる、立場を受け入れてやる、と思えるだけの心を手に入れる、その第一歩を踏み出せたように思った。

「やっぱり、なんでも話すって大事だね!」

「……? そ、そうですね?」

 明るく言った晴香に対し、先日の彼女と王太子のやり取りを知らないノエルは、首をかしげるだけだった。

 二人は商人の男が引く荷車に揺られて一路、北を目指す。


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