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いつか全てが終わる場所

ある日世界は、唐突かつ理不尽で、絶対的な終わりを迎えた。

 ぼくは一人、人のいなくなった町を歩いていた。そう、いなくなったのだ。

 ある晴れた日の朝、唐突に街中の、いや、世界中の人間が消えてしまった。走っていた車はエンジンが止まり、付いていた電気はプツンと消えた。

 そんな街中に一人、記憶を失ったぼくは立っていた。

 どうしてこんな場所に立っているのか分からないが、唯一分かったことがある。

 証拠もなにもないけど、確信だけはある。

 それは、これが世界の終わりだっていうことだ。

 そして……。

「君ものこされちゃったんだね」

 そんな終わってしまっ世界でぼくは、彼女と出会った。



「はじめまして、私は白雪」

 白雪と名乗ったその少女は、口元に優しい笑みを浮かべ、一台の原付バイクを押していた。黒い髪と白い肌が対照的な、優しそうな少女だ。病的なまでに白い肌が、名前の通り雪みたいだった。

 車も完全に停止したゴーストタウンみたいな街中に一人、白いワンピースを風に揺らす。

 なんていうか、非現実的な風景を描いた一枚の絵みたいな現実感の無さだ。思わず自分の目をこするが、やはり彼女はそこにいる。

 ひどく、存在自体が儚い。迂闊に触れたりしたら、夢だったみたいにあっさりと消えてしまうのではないかと思わせる。

 垂れ気味の目を細め、彼女はぼくに言う。

「君も残されちゃったんだね、この世界に」

 世界に残されるって表現は正しいような気がした。なるほど、ぼくは世界の終わりから取り残されたのか。

 記憶がないからか、それとももとよりこういう性格なのか、特に寂しいとか怖いとか、感じない。

「君はどうしてそんな所に立ちつくしているの?」

「分らない。ぼくは記憶がないからね」

 そう答えると、白雪は驚いたような顔をする。

「記憶がない? 本当に? 私、記憶喪失の人って初めて見るよ。自分の名前も分からないの?」

 そう言われて気づいた。ぼくの名前はなんだっけ?

 一切合財覚えていないのに、あまり気にならないのは、こんな世界じゃあ、名前なんて役に立たないからだろう。

 むしろどうしてぼくはここに残っているのか……。

 ぼくはゆっくり首を振る。彼女はそんなぼくの返答につまらなそうにふぅん、と呟いた。

 それから、何を思ったか、いきなり花が咲いたように笑う。なんとも表情豊かな人だ。

「名前、わからないのよね? それは面白いとおもうんだけど、でもそれじゃあ呼びにくいね。いろいろ不便だと思うし。ねぇ、私が白雪だから、黒ちゃんって呼んでいい?」

「別に構わないけど……でも、意味ないんじゃない?」

 どうせ他の人なんていないのだ。名前に意味があるとは思えない。

 ていうかどうして黒ちゃんなんだろう? まぁ恐らく自分の名前が白だから、それに掛けたんだろうけど。

 黒と白か。

 白雪はフッと寂しそうに笑う。

「うん、意味ないかもね。どうせ私たち以外に誰もいないよ。しばらく歩いてみたけど、誰もいない」

 それはぼくもなんとなく分かっていた。気配がしないのだ。人も、動物も、虫も。

 だから、そんな中に当たり前みたいに立っている彼女は、どこか特別に見えのだ。

 立ってるだけならぼくもだけど、彼女はなんというか雰囲気が浮世離れしていた。

 何も動いていない街で一人、バイクを押しながら歩くその姿が。

 そこにいるのに、どこか遠い。

 ところで、なんでバイクなんて押しているのだろう。

「それ……」

「ん?」

「それ……。そのバイクは?」

「あぁ、これ?」

 彼女は押していた、青いバイクを撫でる。

「鍵がついてたから持ってきちゃった。これで旅に出ようと思ってたんだけど、どうしてだろう。エンジンかからないんだよね。黒ちゃんは原因分かる?」

 黒ちゃんと言われて、自分のことだと理解するのに若干の時間がかかった。

 ていうか、旅? こんな世界でどこを目指すというのだろう?

「ねぇ黒ちゃん、エンジンかかるかな?」

 そう言ってぼくの手にバイクの鍵が握らされる。

馴れ馴れしいなと思いつつも、ぼくは、バイクのエンジンをかけた。原付はブレーキを握りながらでないと、エンジンがかからないのだ。どうしてこんなことは覚えているんだろうか?

 バイクのエンジンが、ブルルンと車体を震わせる。上手くいったようだ。

「へぇ、すごいね黒ちゃん」

 白雪が感心したように笑った。こんな世界になっているっていうのに楽しそうだね、この娘。

「すごくはないと思うけどね。ところで君、どうして旅に出ようとしてるの」

 一度エンジンをストップさせて鍵を返す。雪みたいに白い手でそれを受け取ると、彼女はなにかいたずらを思いついた猫みたいに口を噤んでンフフフと、笑う。

「そうだね。黒ちゃんが私と旅に出てくれるなら教えてあげるよ?」

 そう言われた瞬間、何もなかったぼくに目的が生まれた。

 このまま何もせずに世界の終わりを眺め続けるのは御免だ。

 ここに立ちつくしていたって何かが変わるとは思えない。

 こうしてぼくは、白雪と一緒に旅に出ることにした。理由? そんなもの彼女の笑顔が魅力的だったからで十分だろう?

 なんて、本当は興味が湧いたんだ。こんな世界でも笑ってられる彼女に……。

 これは、世界の終わりから始まった、終わるための旅の話。



「私はね、病気なんだ」

 風の音に混じって、白雪の鈴みたいな声が鼓膜を震わす。

 旅に出てすぐに、彼女は約束通り旅の目的を教えてくれた。

 道路に停まっている車を避けながらぼくらは街を走る。時速三十キロのゆっくりした旅だ。

 旅に出ると約束してから、ぼくが任されたのはバイクの運転だった。記憶はないが、体は覚えているのだろう。バイクの運転はなんとか出来た。

 ふうっと、耳に白雪の息がかかる。運転ミスしそうだから、止めてほしい。

「病気?」

「そう、病気。それもとびっきり重たいやつでさぁ、余命一年だって。フフ」

 ぼくがそう訊き返すと白雪は笑う。

「余命一年? その割には元気そうだね。病人ってのはもっとグッタリしてるものだと思ってたよ」

「私もそう思うよ。でもさ、これでもずっと入院してたんだよ?」

 それもまぁ、何となく分かっていた。白すぎるくらい白い肌や、伸びっぱなしで風に舞っている長髪が、あまり活動的な印象を与えなかったからだ。

 ちなみにヘルメットは被っていない。どうせ取り締まる警察もすでに居なくなっている。事故は怖いけど、気を付けて運転すれば問題ないだろう。

「ていうかさ、白雪。病人なら寝てた方がいいんじゃないの?」

「飽きた」

 飽きたって……。

 そんなもんなんだろうか? 

「もう十年以上病院にいたんだよ? いまさら寝たまま最後を迎えるなんてゴメンだよ」

「はぁん。まぁ分からんでもないかな」

 ぼくだって十年以上も入院してたら寝てるのも嫌になるかもしれない。

 しかし、それがなんで旅に出るなんてことになったんだろう?

「それで? なんで旅に出ようって?」

「それはね、死に場所を探すためだよ」

「死に場所?」

 アッサリとそんなことを言われて、耳を疑った。

 前を向いたままそう訊き返すと白雪は、そう来ると思ってましたとばかりに説明を始めた。用意されている答えを言うみたいにスラスラと言葉が紡がれる。

「そう、死に場所。私は病気に殺されるのは嫌。時間に殺されるのも嫌。私は私の死にたい場所で、死にたいときに死ぬの。人間ってさ、自由じゃないといけないって思うのよね。でも私はもう十年以上自由を経験してないのよ。白いベッドに白いカーテン。とうとう肌まで真っ白になって。薬に食事。就寝時間。検温、入浴、散歩にお見舞い。全部テンプレートがあるみたいに毎日毎日同じことの繰り返し。飽きて飽きて飽き飽きしてて、いい加減病院から飛び出そうかと思ってた矢先に、世界がこんなになっちゃった。こうなったらもう私の自由じゃない。自由になんでも出来るじゃない。でももう時間がない。寿命が短い。だから最後にできる一番の自由はなにかと考えた結果、自由に死ぬことだと思ったわけ。実際今まで延命措置やらなんやらでさんざん無理やり生かされてきたからね。だから最後くらい自由に終えてやろうって思ったよ。だから君は、それを見届けて」

 どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。正直、お断りしたい内容ではある。早い話が自殺の補助じゃないか。

 かと言って、今更一人でほっぽり出すのも、自分ひとりでこの誰もいない世界を歩き回るのも嫌だしなぁ・・・・・・。

「聞いてる? 黒ちゃん?」

「聞いてる」

 聞いてるけど、コメントし辛い。

 どうしようか、なんてぼくが迷ったのは少しの間だけだった。彼女に興味がある。ぼくは彼女のやりたいことを、彼女のやり遂げようとしていることを見届けたい。

「ま、いいか。どうせ誰もいないんだ。死に場所を探すのもいいかもしれないね」

「そうだよ。どうせこんな世界じゃあそんな何年も生活できないでしょ? それとも私たちでアダムとイブの真似ごとでもしてみる?」

「魅力的なお誘いだけどね。今はいいや、運転中だし」

「ふぅん。じゃあいいけどね。もっとスピードでないの?」

「知ってるか? この道路って制限速度が四十キロなんだよ?」

「誰がとりしまるのよ。そんなの」

 なんて、軽口を叩き合いながらぼくたちはバイクを飛ばす。もうじき街の外れに出るらしい。そろそろ行先を考えるべきか……。

 しかし、本当に誰もいないな・・・・・・。

 道路も、家や店の中も、学校のグランドにも誰もいない。ゴーストタウンにしか見えない。さっきまで、誰かしら居たはずなのに。いつも通り生活していたはずなのに。この綺麗な街並みも人の手が入らなければ、一年もすると廃墟みたいになるんだろうか?

 トンと、背中に白雪の頭が押し付けられた。

「おかしな話よね……」

 楽しそうに白雪は言った。

「他の人より早く死んじゃうはずだった私がこうして残っていて、私が死んだ後も生き続けるはずだった人たちが先に消えちゃったんだよ?」

「それは、そうかもね」

 おかしいといえば彼女もたいがいだと思うけど……。

 余命一年か。想像もできないが、どんな気持ちなんだろう。

「てか、今更だけどどうして世界はこうなったんだろうね?」

「うん? さぁ? 分からないけど、そうだね……、世界はリセットされたんだって考えたらどうかな?」

「リセット?」

「そう」

 世界はリセットされちゃったんだよ、と少し寂しそうな彼女の声。後ろを向いて表情を確認しようとしたけど、ぼくの背中に額を押し付けているため、どんな顔をしているか見えない。

 見えなくてもいいか。ぼくたちには言葉がある。伝えたいことは言葉が運んでくれるだろう。

「世界は私たち人間が調子にのり過ぎたから、一回人間も動物も全部消して、リセットしようとしたんじゃない? でも、たまたま私はそのリセットから取り残された。砂漠の砂から一粒選ぶような適当さでね。で、黒ちゃんは中途半端に消されそうになったから、記憶がないんじゃない?」

「なにそれ?」

 記憶だけがリセットされたって? ていうか、それじゃあぼくは忘れ物じゃないか。今まで生きてきた記憶だけを消された、ぼくという存在の抜け殻……。

 夏場に見つける蝉の抜け殻があるじゃないか。あんなイメージだ。

 そう考えたら、自然と口元に笑みが浮かんだ。白雪と話すのは楽しい。

「はは、ほんとうになにそれだよね? でもそう考えた方が楽しくない?」

「まぁ、楽しいけどさ」

「なんかもう、なにもかもどーでもよくならない?」

 どーでもいいっていうか、どうにもならないって感じだけど。だって人間がいないんだもん。ぼくらに残されたのは、このままズルズル生き続けるか、どこかでバッタリ野たれ死ぬかだ。なるほど、そう考えたら白雪みたいに死に場所を探すのもわるくない。

むしろいいかもしれない。

「ま、考えても仕方ないか。白雪は死に場所を探しに行くんだっけか? どんなところがいい?」

「んー、楽しそうなところかな。これから探すよ」

「目的地未定でブラブラするってこと? 行き当たりばったりだな」

「そ、だからとりあえずなにもいい思い出なんてないこんな街出ちゃおうよ?」

 バンザーイ! と、白雪がぼくの後ろで両手を挙げる。実に楽しそうだ。つられてぼくもバンザイしたくなっちゃうじゃないか。やったら事故るのは目にみえてるけどさ。

 ぼくも多分この街の人間だったんだろうけど、記憶ないからなんの感慨も湧かない。この街にたいした思い出がないのはぼくも白雪も一緒か。

「この街を出て、どっか行こうよ黒ちゃん。二人だけの逃避行ってやつ?」

「なにから逃げんのさ?」

「んー? 世界の終わり、とか?」

「すでに終わってんじゃないか? この有様」

「もしかしたら消し忘れを消しにかかるかもしれないよ?」

「はぁん。じゃあそれに消されないように逃げるの?」

 ってことで、ぼくたちは「世界の終りからの逃避行」に出発したのだった。

 持っているのは、バイクと若干の食糧のみ。

 どこまで行けるか分からない。どこが終わりか分からない。

 そんなあてのない旅も、楽しいかもしれない。

と、しばらくすると街を抜け、海に出る。

「海に出たねー! 入院してたから海なんて見るの久しぶりだよ」

「ぼくは覚えてないから始めてかも知んない。広いなこれ! とりあえず叫んでみる? 楽しいかも知らんよ?」

「いいね。叫ぼう。せーの」

「「海、イエ―い!!」」

 二人して拳を空に突き上げて叫ぶ。海イエ―いってなんだ? なんかぼくたち、馬鹿みたいだ。

 でも馬鹿みたいだって笑うやつはいないんだよなー。

 だから、ぼくと白雪は自分たちで自分たちを盛大に笑い飛ばしてやった。

「ありがとね、一緒に来てくれて」

「ありがとうは、最後でいいよ」

「………そっか」

 旅は、始まったばかりなんだから。



 旅バンザーイ、とか海イエ―い、とか言いながら街を出て一月くらい経った。その間夜はそこら辺にある家に勝手に泊まって、燃料が切れたらガソリンスタンドで勝手に給油して、ぼくたちはどこか分からない山道を走っていた。

 季節はすっかり秋になって、木々の紅葉が目に眩しい。幸い白雪の病気も進行したりしないで、ぼくたちの旅は概ね順調と言えた。

 もっとも、ぼくの記憶ばっかりは全く戻ってこないのだけど。

「しっかし、風景変わらないね」

「山だしねー。私は楽しいよ?」

 真っ赤っか。見てて楽しいっていうか眩しい。

 なんとなく空気にも色が付いているような気すらしてくる。

「いやぁ、色づく野山を見ながら一カ月。その間白雪は全く日に焼けないね?」

「それも病気のうちだからねー。本当なら紫外線は避けなきゃだめなのよ」

 ・・・・・・・・・初耳だ。大丈夫かよ。

 とか思うけど、本人が気にしていないならそれでいいか。

「でも、いいな。私夢だったんだ。こうやって紅葉狩りに行くの」

 ハラリと降ってきた落ち葉を掴みながら白雪は言う。バイクは現在安全運転中だ。

 木の香りがする山道を、のんびりと走っている。

「ねぇ黒ちゃん。もっとゆっくり走らない? なんだかもったいないよ」

「もったいない? 紅葉なんてま……」

 また来年も見に来ればいい、と言いかけて止める。白雪に来年はないのだ。

「幸せだな」

 ポツリと、そう言ったのが聞こえた。たぶん独り言。だからぼくは聞こえなかったふりをする。

 その幸せは、期間限定のものなのだ、とそう思った。

「白雪。今日はこのまま山の中で野宿する?」

 バイクの横に括りつけたテントを叩いてそう提案してみる。一カ月前と違っているのは、装備が充実してきているって所。野宿した回数も一度や二度ではない。ちなみに適当なスポーツ店からパクッてきたものである。誰もいないからやりたい放題だった。店ん中でテニスとかやったしね。

 白雪が肩に顎を乗せて、ぼくの顔を覗き込む。

「野宿?」

「そ、紅葉狩りだよ。気にいったなら、ここを死に場所にしてもいい」

「ううん、死に場所か・・・…それはまだいいかな。もっと見たい物もあるし……。でも紅葉狩りは楽しそうだから、ぜひしましょ」

 という訳で、適当に開けた場所を見つけると、バイクを停めてテントの準備をする。

 丁度大きな紅葉の木の真下で、地面には赤い絨毯みたいに落ち葉が積もっていた。

 大きな石に座って、白雪は降ってくる紅葉を眺めている。テントの準備は男の仕事なんだそうだ。その代わり料理は白雪の仕事。って言ってもほとんど缶詰だけど。

「夜までなにする?」

 テントを張ったはいいが、夜までまだまだ時間がある。秋の夜長とはいえ、昼間は昼間でそこそこ長い。

「んー? 森林浴でもしてればいいんじゃないかな?」

「退屈じゃないか?」

「やってみようよ」

 ポンポンと、白雪が自分の隣を叩くのでぼくはそこに腰掛けた。肩が触れそうで触れないそんな距離。ここ一カ月で分かった、ぼくらの適切な距離間。

 そのままお互い無言で、ボーっと降ってくる葉っぱを眺めていた。ハラハラハラリと、紅い葉っぱや黄色い葉っぱ。途切れることなく落ちてくる。

「なるほど……。」

 たしかにこれはいい。なんとなく和む。

 隣に座る白雪が、口元に笑みを張りつけたままぼくを見た。

「そうやって黒ちゃんが楽しいって言ってくれると、私も嬉しいよ」

 パタンと、二人して石の上に寝そべって、降ってくる紅葉を眺め続けた。

 


「ねぇ黒ちゃん」

 夜になって気温が下がってきたのでぼくたちはテントの中に入った。そろそろ寝ようと明かりを消したのだが、白雪が話しかけてきたので目を開けて白雪の方を向く。暗くて顔は見えないけれど。

「なんかさ、かっこ悪くない?」

「………なにが?」

「死に場所って」

 いや……。

「それは白雪が言い出したんじゃないの? 探すのやめるか?」

「やめないけどさ。そうじゃなくて、呼び方」

「呼び方? 死に場所じゃあダメなのか?」

「可愛くない」

 男には分からない感覚だ。たぶん今の白雪はアヒルみたいな口をしてるだろう。暗くて見えないけど、なんとなく分かる。

「じゃあどうするのさ? 呼び方なんてどうでもよくない?」

「んん? 分かってないなぁ」

 呆れたように笑ったのが、気配で分かった。一カ月も一緒にいると、かなり相手のことが分かってくるな。もちろん分からないことも多いけど。たぶん白雪も、ぼくがいまどんな顔をしているか分かっているだろう。

「例えばさぁ、その死に場所を終着(ゴー)点っ(ル)て言い換えてみようよ」

 暗闇の中、白雪が動いた。たぶん人差し指を立てたのだろう。

 言われた通り、死に場所を終着点と言い換えてみた。ここを終着点(ゴール)にします、とか?

「お! なんかかっこよさげ?」

「でしょ? だから私は考えました。今日から死に場所じゃなくて(全てが終わる場所)と呼ぶことにします」

 全てが終わる場所……。なるほど。

 たしかにかっこいい……ような気がする。可愛くはないけれど。

「全てが終わるんだよ。私の人生も、この旅も、それから世界も……。どう?」

「どうって言われてもね」

 いいんじゃない、としか言えない。

 っていうか純粋にいいと思う。

「じゃあ、明日から(全てが終わる場所)を探す旅に目的を変更! リスタートです」

「了解。なら明日に備えて早く寝ようぜ」

「はーい、オヤスミ。うん、入院してたころもこれくらい早く寝てたなー」

 病院には就寝時間があるらしいからな。

 とまぁ、ぼくらの旅は概ね毎日こんな感じ。終わった世界での日常ってやつだ。

 その晩ぼくは、白雪がいなくなる夢を見た。

 いつか、白雪もいなくなる日がくるのだろうか? それは自分の意思で? それとも病気で? そうなったら、ぼくには一体何が残る? 何を残せる?

 なんて、考えてみたところで今のぼくには答えが出せない。まだまだ時間はあるんだから、旅の中で答えをみつければいいか。

 少なくとも笑えているうちは幸せだよね。

 だからまぁ、ぼくの日常は概ね幸せってことだ。

 これは、出発から一カ月くらい経った、ある秋の夜の出来事である。



 楽しい時間っていうのは、なかなか忘れないものだ。

 ぼくにとってそれは、白雪との旅だった。

 何でもないことで笑って、騒いで、はしゃいで。毎日すっごく楽しかったんだ。

 例えば冬の間は、雪で原付が滑るので旅を一時中断して、世界が終る前は高校だった場所の一室を借りてのんびりしていた。今どき宿直室なんてあるのにびっくりだったが、おかげでだいぶ助かった。

 せっかくだから、ということで夜の校舎で肝試しをしてみたりした。脅かす役なんていないし、ただ校舎を歩いただけだったがそれでも十分楽しかった。

 例えばある春の日。満開の桜を見つけて花見をしたりした。

 今まで花見をしたことがなかったという白雪は、おおはしゃぎで地面に散った花びらを集め、そしてばらまいた。あはははは、とか笑いながら気付けばぼくも花びらをばら撒いていた。花見はいつの間にか花捲きに変わっていた。花捲きってなんだ? なんでもいいか、楽しかったし。終わるころには二人とも花びらまみれの薄紅色だった。

 それが白雪に会って半年くらいの出来事だ。白雪の話に嘘偽りがなければ、残りの寿命は半年を切っていたのだが、そんな様子は微塵も感じさせなかった。

 このままずっと一緒にいられるような、そんな気がしていた。


 でも、その残り時間も一日一日と減っていく。

 原付バイクと同じ時速三十キロで、白雪は死に向かっているのだ。

 そしてそれは、旅の終わりを意味する。

 楽しい思い出が多ければ多いほど、別れが辛くなるのはぼくも白雪も分かっていたハズなのに、二人ともそんなこと気付かないふりをしてはしゃぎまくった。

 それこそ、辛い現実から目を逸らすように、ぼくたちは必死で楽しんだ。笑った。

 楽しい旅だ。幸せな旅だ。終わらせたくない。だけどいつか終わりはくる。いつか全てが終わる日が来る。一度来ているんだ、それは。

 あの日、世界が終わった日に、本当ならぼくも白雪も終わってるハズだったんだ。

 今の時間が、気まぐれに与えられたロスタイムみたいなものだというのは分かってる。

 分かっていて、あえて分からないふりをしている。

 だってぼくらは人間だ。人間は自由じゃないといけない。白雪はそう言った。

 だから、自由だって思うことにした。そう思いながら旅をしてきた。

 毎日毎日、全力で楽しんできた。

 旅の終わりはそう遠くない未来に訪れるって分かっていたんだけどな。

 でも、そんなのはぼくらに限ったことではない。

 終わりは唐突に来るものだ。

 この世界みたいに。

 あるいは、消えてしまった人たちみたいに、唐突に終わることだってある。

 そもそも人間は生きているだけで終わりに向かって行っているんだ。

 今日を無事に生き残れたということは、一歩一日死に近づいたってことだ。生きるためには死に向かって歩かないといけない。そんな絶対的な終わりを、ぼくたちは生まれた時から宿命づけられている。

 そのことに気付かないふりをして、生きているんだろう。

 せめて幸せに終わるために、毎日必死に働いて、必至に楽しんでいるんだ。

 終わり終わり、何をするにもそれは付きまとってくる。始まった瞬間に終わりが見えるんだから仕方ない。

 この旅の出発点は世界の終わりだったけど、それでもこの旅の終わりは分かっていた。

 初めから、白雪が死を迎えるまでの期間限定だったじゃないか。

 あの秋の日に決めたことだ。(全てが終わる場所)を探すと、そう決めた。

 世界のリセットに取り残されたぼくたちがせめて幸せに終わるための旅だ。

 白雪の目的に興味があった。

 白雪の目的を聞いて興味を持った。

 白雪の目的を聞いて、いつしかその目的はぼくの目的にもなっていた。

 ぼくら二人、同じゴールを目指していたんだ。

 旅人気取りで旅をして、その実ただの自殺志願者だった。

 笑えるほどに、初めから終わった旅だったんだよ。

 だけど笑ってくれる人は、もうみんな消えてしまっていたから、ぼくたちは毎日、自分たちで自分たちを精一杯笑い飛ばしてここまで来た。

 終わるために。幸せな終わりのために……。

 秋を超え、冬を超え、春を超え、そして夏にやってきた。

 なかなか忘れない。いつまでも心に残る。いつまでも浸っていたい。

そのくせ、すぐに過ぎるんだ、楽しい時間は……。

 時速三十キロで、笑いあった毎日は過ぎていった。

 そうして……。

 ぼくたちは、今、大きなひまわり畑に辿り着いていた。



「もうそろそろかな……」

 白雪が、ひまわりに囲まれてそう言った。なにがそろそろか、なんて聞かなくたって分かっていた。

「たのしかったなぁ・・・・・・」

 しみじみとそう呟く。

 一面のひまわり。その中に立ち尽くす白雪。

 それはまるで、一枚の絵みたいだった。

 そこにあるのに、触れられないようなそんな絵だ。

そういえば、初めて見たときもそんな風に感じたんだった。

「いろいろあったなぁ・・・・・・」

 一歩、絵の中の白雪が進む。

 どこか手の届かない場所に行ってしまうようで、ぼくはどうしようもない寂しさを覚えた。今この瞬間を、絵でも写真でもいいから永久に閉じ込めてしまいたい。

 だけど、彼女はそれを望んでいないだろう。

 だって、彼女は自由だから。

「黒ちゃんに会ったのは、道路の真ん中だったねぇ……」

 白雪に会ったのは、道路の真ん中だった。

 動くものがない街で、唯一動いていたのが彼女だった。

 どうして自分がそこにいるかも分からないまま立ち尽くしていたぼくに、微笑みながら声をかけてくれたのだ。今でもよく覚えている。

「旅に出てからも色々あったねぇ……」

 太陽の光をさえぎるように、白雪は手の平を上に向けてまっすぐ手を伸ばす。

 手を精一杯伸ばしてもひまわりの花には届かない。

 そんなひまわりも、太陽には遠く届かない。

 この世には届かないものがたくさんあって嫌になる。努力しても届かないモノが多くて嫌になる。

「秋に紅葉狩りをしたり、冬に肝試しをしたり、春にはお花見をしたりしてさ……。楽しかったよねぇ」

 ぼくは返事をしなかった。

 白雪がそんな、ここで終わり、みたいな話をするのが嫌だった。

 ひまわりの花が風に揺れる。ザワっと波打つみたいにして黄色い花が首を振る。

「自由だったなぁ」

「そっか……」

 やっと、返事が出来た。

 絞り出すような声音になってしまったけど、これがぼくの精一杯だ。

「ねぇ黒ちゃん。結局黒ちゃんはなにか思い出したの?」

「いいや。なにも思い出さない。最初から記憶なんてなかったんじゃないかってくらいサッパリだ。でも……」

「でも?」

「いや、何でもないよ」

 でも、それでもいいと、そう思ってしまった。

 きっとぼくの記憶が無いのは、白雪との思い出を沢山記憶する為なんだ、なんて口にはしないけど思ってる。

「もしもさ、もしも黒ちゃん。もしも、世界が終ってなかったら、何がしたい?」

「ぼくは……」

 ぼくは何もないから……。記憶がないから……。

 なんて、答えようとして、それがいいわけにすぎないと気付く。ぼくが0だったのは白雪に会ったあのときだけだ。あれから1年近く経った。その間、ぼくはたくさん楽しい想いをして、たくさんの思い出を手に入れてきたじゃないか。

 だから……。

「世界が終って無かったら、ぼくは白雪を探しに行くよ。同じ街に住んでいたんだろう? だったら今度はぼくから会いに行く。今度はぼくが探しに行くよ」

「探して、どうするの?」

「見つけてから考える。また一緒に旅に出るのもいいんじゃないかな?」

「…………そうだね。また、旅がしたいね」

 まるで、もう旅ができないと、そう言っているようだった。

 ゆらゆら揺れるひまわりの中を、白雪は進んでいく。ぼくもそのあとに付いて行った。

 ひまわり畑の真ん中。一面の黄色。押し寄せる夏の香り。

 汗でシャツが張り付く。

「ここは空が近いね」

 上を見上げて、そう呟いたのが聞こえた。

 ぼくも空を見上げた。そこにはこれでもかってくらい己の存在を主張する夏の太陽があった。手を伸ばせば届きそうなくらい大きくて、だけどそれは気のせいで、いくらぼくたちが手を伸ばしても、届くはずはない。

「山も、木も、電線もないから、そう感じるんだよ。ぼくたちの上には空しかないね」

「空しかないのは、いつもでしょう?」

「そっか……」

 しばらく二人で空を眺める。

「約束」

 ポツリと、白雪がそう言った。

「え?」

「約束したからね? 今度会ったら、また一緒に旅にでるの」

「白雪………?」

 なんで、そんなこと言うんだよ。

 今度会ったら……なんて。

 今君は、そこに居るじゃないか。

「白雪……。な、なにかやりたいことってないの? 行きたいところは? ぼくでよければまた運転するからさ」

「なにも……ないよ」

 声が、震えていた。

 何もない、なんて、そんなワケないじゃないか。十年以上、やりたいことがなにか、ずっと考えていたから、こうして世界の終わりに旅に出ようなんて考えたんだろう。

 やりたいことを、叶える為に。

「黒ちゃん、ありがとうね」

 いきなり、白雪はぼくにそう言った。

 ぼくは一瞬意味が分からずに、停止する。ありがとう? どうして?

 だって、それは最後に言う言葉だろ?

「もうね、あんまり長くないよ」

 なにが、とは訊けなかった。訊かずとも分かっている。

「だからさ、黒ちゃん。私は、私はここで最後を迎えたいと思います。あまり苦しいのは嫌だから、睡眠薬でも飲むことにするよ」

 ポケットから取り出したのは、旅の途中で見つけた睡眠薬の瓶だった。

 たぶん、そういう用途に使うんだろうって分かっていたけど、ぼくは彼女がそれを回収するのを止めなかった。

 だって、この旅はそういう旅だったから。

「だからさ、最初に頼んだ通り、黒ちゃんは見届けて」

 そう言って、瓶の蓋をひねる。

 錠剤がじゃらっと音を立てるのが耳に届いて、すっと目の前が暗くなったような気がした。

 終わり? これで? こんなところで? 終わる?

「………んで。・・・・・・して」

 口から、声が漏れる。

 次の瞬間には、関を切ったようにぼくは思いを吐き出していた。

「どうしてだよ! どうしてそんな、諦めちゃうんだよ! 自由なんだろ! 病気なんかに負けて、何が自由だよ!」

 白雪が寂しそうに笑って、ぼくを見る。

 なんで、なんで君まで泣きそうな顔してんだよ。

「……黒ちゃん」

「気になってたんだ、ずっと。どうして君はいつも笑ってんだよ! 諦めてたんだろ、最初から! 何が自由だよ。逃げてただけじゃないか! ほんとは、本当は辛かったんじゃないのか! ずっとなにか溜め込んでたんじゃないのかよ! 無理やり押さえ込んでたんじゃないのかよ! 無理して笑ってたんだろ! いつ死んでも楽しかったって言えるように! もういいじゃん! 頑張ったじゃん! 最後だって言うなら、最後くらい本当のこと言ってみろよ!」

 声を枯らして叫んでいた。ひまわり畑に、ぼくの声が空しく響く。

 言いたいこと言って、勝手なこと言ってるって分かってるけど、それでも言わずにいられなかった。

 だから言った。

 そうしたら涙が溢れてきて、それを白雪に見られたくなくてぼくは俯いた。

 ポタポタと涙がこぼれおちる。

 ぼくが漏らす嗚咽だけが、ひまわり畑に響いて、消えた。

「…………………………………………たい」

「…………………え?」

 白雪が何か言って、ぼくは顔をあげた。

 トンと、白雪がぼくの胸に頭を押し付けるみたいにして寄りかかってきた。

「……たい。生きたい、生きたいよ! 死にたくない、まだ生きていたい。まだやりたいことはたくさんあるし、もっと黒ちゃんと旅だってしたい。」

 初めて……。初めて笑顔以外の表情を見た気がする。

 たぶん、きっと、ずっと無理して笑ってたんだろうな。

「やっと自由を手に入れたのに、私の身体はボロボロで、時間がなくて……。怖かった、ずっと。あの日。起きたら皆がいなくって、消えちゃってて……。私も消えるんだって、いつかいなくなっちゃうんだって思ったら怖かった」

「うん……」

 怖かった。ぼくも、ずっと怖かった。

 一人は怖い。なにもないのは怖い。

 人は一人では生きていけないんだって、思い知った。

「怖かった、怖かったよ。黒ちゃんと一緒にいるのは楽しかったけど……。楽しかったんだよ、本当に。あんなに楽しかったのは初めてだった。だけど、それでもずっと怖かったんだよ。楽しければ楽しいほど、さよならするのが怖かったの。どうしよう、どうしたらいい? 私はどうしたらいいの? 助けて、助けてよぉ」

 白雪の言葉がぼくの心に直接浴びせかけられたみたいだった。土砂降りの雨みたいに本物の願いが叩きつけられる。ぼくはそれが嬉しくて、悲しかった。

「だったら生きろよ。生きたいんだろ? 死ぬのが、いなくなるのが怖いんだろ? 生きたいんなら生きていいんだ! 欲しいなら願っていいんだ。自由なんだから。君は自由なんだから」

 それから、ぼくたちは泣いた。

 ひまわり畑の真ん中で、泣きつかれるまで、日が暮れるまで泣いた。

 これでもかってくらいに弱音を吐いて。

 これでもかってくらい泣きごとを言って。実際泣いて。

 泣き疲れたから、弱音を吐いたから、逃げるのに疲れたから。


 これでやっと、ぼくたちは進める。



 瞼を赤く腫らして、白雪はぼくにもたれかかるようにして眠っている。

 泣き疲れたんだろう。

 ぼくは、そんな白雪の隣で空を見上げていた。

 生憎と流れ星は見えなかったけれど、それでも星に願ってみたりして……。

 もっと、ずっと、長く長く、叶うことならばいつまでも、白雪とこうして泣いたり笑ったりできますように……と。

 叶うことなら、終わりなんて来ませんようにと。

 どうせ一回は終わった世界だ。だったらぼくたちくらい見逃してくれたっていいじゃないか。

 もっとしたいことがある。

 もっと行きたい所がある。

 もっと見たいものがある。

 ぼくはもっと白雪の笑顔を見ていたい。

 ぼくはもっと旅を続けたい。

 助けてと白雪は言った。

 今のぼくには、白雪を助けることはできない。

 だったらどうする? 諦めるか? 冗談じゃない。諦めてたまるか。逃げてたまるか。止まってたまるか。

 ぼくは白雪を助けたいんだ。

 これが、ぼくの願いだった。



「準備はいい?」

「問題ないよ、黒ちゃん」

「ひまわりは十分見た?」

「また来年来るから、今年はもう十分だよ」

 次の日、ぼくと白雪は再びバイクに跨って旅に出ることにした。

 (全てが終わる場所)を探す旅は、昨日で終わった。

 結局ここは全てが終わる場所ではなかった。

「じゃあ、出発」

 ひまわり畑がだんだん遠くなっていく。

 すぐに見えなくなって、ぼくたちは溶けるような熱を発するアスファルトの上を行く。

 ふいに、後ろに座っていた白雪が両手を上に向けた。

「久し振りにやろうよ」

「久し振り? ・・・…あぁ」

 すぐに何のことか分かった。

 せーの、と息を合わせてぼくらは叫ぶ。

「「旅、バンザーイ!!」」

 いつかと同じように、笑った。

 憂いなんて何も無いかのように。ただ幸せだけを込めて。

 


「なんかさぁ、白と黒って横断歩道みたいじゃない?」

「言いだしたのは白雪でしょ?」

「そうだけどさ。なんか横断歩道って、決められたレールって気がしない?」

「まぁ、そうかもね。自由って感じじゃないけど……」

 でも、白雪もぼくも自由だ。

「だけど、いいんじゃない? ぼくらには関係ないよ。横断(きめられた)歩道(レール)なんて」

「だね。私はもう諦めないから。最後まで諦めないで生きるよ」

 それを聞いて嬉しくなった。涙が出そうになったけど、昨日十分に泣いたからもう泣かない。

 だから、笑った。

 ぼくらはこの終わってしまった不完全な世界で、これからも旅を続けられる。

「稀に、病気の進行が止まることもあるらしいの」

 ポツリと、白雪が言った。

「進行が止まる? なにそれ? 奇跡かなにか?」

「奇跡なんじゃない? うん、奇跡だよきっと。軌跡は起きるんだよ」

「ぼくたちがここにいるのも、奇跡みたいなものだよね。考えてみれば」

 本当なら、きっとあの日に、消えている筈だったんだから。

「いいじゃん奇跡。一回起こったなら、二度目もあるかもだから、私は奇跡を信じるよ」

「そだね。ぼくも奇跡を信じよう」

「じゃあ、奇跡を信じて……」

「「しゅっぱーつ!」」

 ぼくらの声は、あっという間に風に紛れて消えてしまった。

 それでいい。それでも、ぼくらの願いは残り続ける。

 奇跡だって、きっと起こる。それが、たったひとつの願い。

 

 これは、世界の終わりから始まった、終わらないための旅の話。                      


         



END



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