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第1話 音外れ

形なき翼 ~世界の果てで、僕は夢を見た~

世界が歌でできていた頃の話だ。


空の青さも、岩の重さも、冬の冷たさも——もとは誰かの声だった。


大昔——今では名前すら残っていない時代——最初に声を上げた者がいる。その声は何の形も持たなかった。音程もなく、言葉もなく、ただ「在る」というだけの音。だがその声が空気を揺らしたとき、何もなかった場所に最初の光が生まれた。光は広がり、熱を持ち、やがて大地に変わった。雨が降り、川が流れ、木が生え、命が息を吹き返した。


世界は声から産まれた。


それが、この地の人間たちが語り継ぐ創世の話だ。眉唾だと笑う者もいる。だが今でも、正しい声で正しい音を紡げば、枯れた畑に雨を降らせることも、岩山をひとつ崩すことも、できる。


声で世界に触れられる者を、「詠み人」と呼ぶ


彼らが使うのは「音の筋」——世界に張り巡らされた、目に見えない音の通り道だ。適切な音程で歌えば、音の筋は声を世界の深い部分まで届けてくれる。熟練の詠み人ならば、地の底を揺さぶることさえある。詠み人になることは、この世界で最も誉れ高い生き方だった。


そして——レン・ファルクは、その道を三度、弾き返されていた。


王都アルセリアの朝は、鐘の音で始まる。


高台の礼拝堂にある大鐘は、夜明けと同時に七回鳴らされる。その音は石畳を伝い、石造りの壁に反響し、眠っている人間の骨の奥まで届く——とされている。アルセリアで生まれ育った者は皆、その鐘の音と体の奥が共鳴する感覚を知っている。まるで、鐘が自分の一部であるかのように。


だが、レンにはわからなかった。


鐘が鳴るたびに、他の人間が遠い目をする。胸に手を当てる者もいる。何かを感じているのが、横から見ていてもわかった。だがレンの胸には何も響かない。骨は骨のままで、音は空気を伝わってくるだけだ。十七年間、ずっとそうだった。


今日も同じだった。七つ目の鐘が空に溶けた頃、レンは評議院前広場の片隅に立っていた。


広場は人で埋まっていた。百人以上——いや、もっとかもしれない。皆、よそゆきの服を着て、ぴんと背を伸ばして、石板を見上げている。長旅をしてきた者もいる。遠い地方の訛りが、あちこちから聞こえる。中には、親らしき大人に肩を抱かれている若者もいた。


三年に一度の、詠み人選定試験。


合格すれば、王立詠歌院への入学が確約される。詠歌院を卒業すれば、正式な詠み人として国から認定され、一生仕事に困ることはない。農村では詠み人ひとりが領主より影響力を持つこともある。だから誰もが必死だった。


レンは、その必死さの少し外側に立っていた。


人込みの端、噴水から一番遠い場所。十七歳、背はそこそこ高いが体が細い。昨夜ほとんど眠れなかったので、目の下に薄く隈が出ている。旅装でも礼服でもない、普段着のままだ。


石板に光が灯ったのは、朝日が地平線をはっきりと超えた瞬間だった。


広場全体が息を呑む。文字が浮かび上がる——合格者の名前が、ゆっくりと、石板の表面に刻まれていく。青白い光が石に溶け込んで、消えない。


周りから声が漏れ始めた。歓声。嗚咽。誰かが名前を呼ばれて膝をつく。別の誰かが隣の人間に抱きついている。


レンは目を細めながら、自分の名前を探した。


(第2話へ続く)

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