第5話 廃棄領域《ガベージ・コレクション》の反逆
指先が焼けるような熱を帯びている。
俺が触れているミナの頬から、膨大なデータノイズが逆流してきているのだ。
視界のHUDが激しく明滅し、警告音が脳内でハウリングを起こす。
[SYSTEM ALERT]
> Critical Error Detected.
> Memory Leak in Progress...
> Do you want to formatting? [Y/N]
(……へえ、面白い)
普通のプレイヤーなら即座にログアウト(できないが)したくなる恐怖体験だろう。
だが、俺には分かる。このノイズの奔流こそが、彼女の「力」だ。
「は、離してください……!」
ミナが怯えたように身を捩る。
彼女の右腕――ノイズに変換されかけていた部分が、俺の接触によって一時的に実体を取り戻していた。
「私が触れると……壊れます。データが、書き換わってしまう……」
「書き換わる? 最高じゃないか」
俺は手を離さず、逆に強く掴んだ。
「この世界はもう壊れてるんだ。お前のその力は『破損』じゃない。『上書き《オーバーライト》』だろ?」
ミナが息を飲む。
その時、頭上の瓦礫山から、無機質な機械音声が響き渡った。
『――警告。不正データ及び、汚染源を確認』
ザッ、ザッ、ザッ。
規則正しい足音が、ゴミ捨て場の静寂を踏み荒らす。
現れたのは、全身を白い防護服のような装備で固めた五人組だった。
ギルド『聖域』傘下の特殊部隊、通称『清掃課』。
「チッ、嗅ぎつけるのが早えな」
俺は舌打ちし、立ち上がる。
先ほどの検問突破が、システムの監視網に引っかかったか。あるいは、ミナの存在自体が奴らのレーダーに映っているのか。
「対象A、侵入者ナギ。対象B、廃棄物ミナ。……これより、焼却処分を開始する」
リーダー格の男が、巨大な火炎放射器のような武器――『データ焼却砲』を構える。
あれは厄介だ。HPを削るのではなく、対象の構成データを直接「空白」にする。当たれば、レオンの硬さも意味をなさない。
「レオン、前だ! あいつらの射線を切れ!」
「命令すんな! ……ちっ、やるしかねぇか!」
レオンが吼え、背中の『虚無の戦鎚』を引き抜く。
その巨体が、ゴミ山を駆け下りて盾となる。
「汚物消毒だァ!!」
清掃課の男たちがトリガーを引く。
青白い炎――に見えるプラズマ噴流が、扇状に放射された。
ゴォォォォォォッ!!
炎が触れた瓦礫が一瞬で消滅する。
煙も出ない。ただ、そこにあった情報が「無」になるだけだ。
「ぐっ……おぉぉぉッ!」
レオンがハンマーを回転させ、風圧で炎を散らす。
だが、防ぎきれない。
彼の鎧の一部――肩の装飾が、炎にかすった瞬間に消失した。
「ヤバいぞナギ! こいつらの攻撃、防御力無視だ! 俺の自慢の鎧が削れていく!」
「10秒持たせろ! いま『弾』を作る!」
俺はミナの方を向く。
彼女は震えながら、膝を抱えていた。
「ミナ、立て。仕事の時間だ」
「む、無理です……私には戦う力なんて……」
「戦わなくていい。お前はただ、『触れ』ればいい」
俺は足元に転がっていた、錆びついた鉄屑を拾い上げ、彼女の手に押し付けた。
「このゴミを、何でもいい、『爆発するもの』だと思い込め。お前の認識で、このゴミのIDを汚染しろ!」
「え……?」
「早くしろ! レオンが消えるぞ!」
前方では、レオンが悲鳴に近い気合を発しながら、必死に炎の海を耐え凌いでいる。
ミナがおずおずと、鉄屑を握りしめた。
彼女の瞳の中で、青いコードが走る。
(……怖い。消されたくない。……壊したい!)
彼女の感情が昂った瞬間。
バヂィッ!!
手の中の鉄屑が、激しい赤色に発光し始めた。
[SYSTEM OVERRIDE]
> Object ID: Scarp_Iron (Common)
> Rewriting to... High_Explosive_Barrel (Danger)
> Success Rate: 120% (Glitch)
成功だ。
ただの鉄屑が、システム上で「高性能爆薬」として誤認された。
見た目は鉄屑のままだが、内部パラメータだけが書き換わっている。
「よし、上出来だ!」
俺は発光する鉄屑を奪い取ると、清掃課の足元へ向かって全力で投擲した。
「レオン、伏せろッ!!」
俺の叫びに、レオンが即座に瓦礫の陰へ飛び込む。
清掃課の男たちは、飛んできた鉄屑を見てせせら笑った。
「なんだそれは? 石ころで抵抗か?」
リーダーが侮蔑を込めて、鉄屑を蹴り飛ばそうとした。
そのつま先が触れた、瞬間。
カッッッ!!!!
スラム街の薄闇が、真昼のように白く染まった。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!!
爆音ではない。世界そのものが悲鳴を上げるような、轟音。
鉄屑一つ分の質量が、すべて熱エネルギーへと変換されたかのような規格外の大爆発。
地面が抉れ、ゴミ山が雪崩を起こす。
清掃課の男たちは、悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだ。
爆風という物理演算の暴力が、彼らの軽い身体を空の彼方まで運んでいく。
「……は、はは。やりすぎたか」
俺は顔を覆っていた腕を下ろす。
そこには、直径二十メートルほどのクレーターが出来ていた。
清掃課の姿はない。残っているのは、地面に突き刺さった焼却砲の残骸だけだ。
「お、おい……ナギ……」
瓦礫の中から這い出してきたレオンが、顔面蒼白で俺を見ている。
「今のはなんだ……? 魔法か? いや、魔法使いの爆裂魔法より威力がデカかったぞ……」
「ただのバグだ」
俺は涼しい顔で言い、へたり込んでいるミナに手を差し伸べた。
「見たか、ミナ。これが『エラー』の力だ。お前が触れただけで、ゴミが最強の兵器に変わったんだ」
ミナは自分の手のひらを呆然と見つめていた。
そこにはもう、恐怖の色はなかった。
あるのは、自分の力が世界に干渉できたという、戸惑いと、微かな高揚感。
「私が……やったんですか?」
「ああ。お前はもう、ただのバグじゃない。俺たちの『武器』だ」
俺は彼女の手を引き、立たせる。
「行くぞ。こんな派手な花火を打ち上げちまったんだ。すぐに本隊が来る。……その前に、このゴミ山から使える『弾薬』を補充していく」
俺は周囲のゴミの山を見渡した。
今までただの背景オブジェクトに見えていたそれらが、今は宝の山に見える。
壊れた時計、折れた剣、得体の知れないポリゴン片。
ミナが触れれば、それらは全て、理不尽な世界への反逆の狼煙となる。
「……クックック。面白くなってきやがった」
レオンもまた、ニヤリと笑った。
彼は理解したのだ。このイカれたパーティなら、本当に「聖域」を陥落させられるかもしれない、と。
スラム街の汚れた空の下。
バグ使い《グリッチ・ユーザー》、堕ちた英雄、そして世界を壊す少女。
三人の反逆者が、ここに並び立った。
[QUEST UPDATED]
> Main Quest: Survive the Royal Capital
> Objective: Establish a Base of Operations.
> Party Rank: F (Wanted)
視界の端で更新されるクエストログ。
俺はそれを指先で弾き飛ばし、王都の闇へと足を踏み入れた。




