表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・グリッチ ~運営に「永久BAN」された俺が、バグだらけの異世界を「仕様(ルール)」ごとねじ伏せるまで~  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第2話 堕ちた英雄と、泥沼の契約《バグ・アライアンス》

 森の奥へ進むにつれ、世界は解像度を失っていく。


 木々の葉は一枚ごとの描写をやめ、緑色の板状のポリゴンへと簡略化された。風の音は途切れ途切れになり、まるで傷ついたレコード針が溝を飛び跳ねているようだ。


 ここは管理区域外アウト・オブ・バウンズ

 正規のマップには存在しない、データの継ぎ目だ。


(……座標、X:9902, Y:4040, Z:-50)


 俺は視界の端に常駐させている座標表示(デバッグ・ウィンドウ)を確認し、巨大な岩陰へと滑り込む。

 この先に、俺の「隠れ家」がある。運営の監視プログラムすら届かない、マップの裏側だ。


 その時だった。

 金属と金属が激しく衝突する、硬質な音が鼓膜を叩いた。


「ハァッ……ハァッ……! クソッ、なんで発動しねぇんだ!」


 男の怒号。

 そして、湿った肉が裂ける音。


 俺は足を止め、音源へと視線を向ける。

 そこには、かつてこのサーバーで「希望の象徴」と呼ばれた男の、無様な末路があった。


          ◇


 全身を白銀の甲冑フルプレートに包んだ騎士が、泥まみれで這いつくばっている。

 レオン・ハルハート。

 ギルド『円卓の騎士』のマスターであり、全サーバーランキング1位に君臨していた聖騎士(パラディン)だ。


 その輝かしい姿は見る影もない。

 彼の周囲を取り囲んでいるのは、三匹の『グリッチ・ウルフ』。

 通常の狼ではない。胴体が引き伸ばされ、首が奇妙な角度で折れ曲がったまま固定された、バグ汚染個体だ。


聖なる十字(グランド・クロス)ッ!!」


 レオンが剣を掲げ、必殺のスキル名を叫ぶ。

 本来ならば、天から極光が降り注ぎ、周囲の敵を浄化するはずの最強スキルだ。


 しかし。


[SYSTEM ERROR]

> Skill ID: 1054 (Grand_Cross)

> Reference: NULL

> Connection to Divinity Server... TIMEOUT.


 剣先から小さな火花がパチリと散っただけ。

 何も起きない。


「なっ……!?」


 レオンが絶句する隙を、狼たちは見逃さなかった。

 一匹が背後から飛びかかり、白銀の鎧ごと肩口を食いちぎる。


「ぐアアアアアッ!!」


 鮮血のエフェクトが舞う。

 レオンのHPバーが、すでに残り1割を切って点滅していた。


 当然だ。

 聖騎士というクラスは、その強さの9割を「神聖魔法」というシステム支援に依存している。防御力補正、自動回復、範囲攻撃。それら全ては、管理サーバーとの通信があって初めて機能する。

 サーバーが死んだ今、彼はただの「動きにくい金属の塊を着た人間」でしかない。


「う、嘘だろ……俺は世界一位だぞ……こんな、雑魚モブに……」


 レオンが剣を杖にして、無様に後ずさる。

 狼たちが、獲物を甚振るようにゆっくりと包囲網を縮める。

 AIが学習しているのだ。「この獲物は反撃してこない」と。


 死ぬな。

 俺は冷ややかに分析した。助ける義理はない。こいつはかつて、俺のような「仕様の穴を突くプレイヤー」を徹底的に弾圧し、運営に通報しまくっていた急先鋒だ。

 ここで野垂れ死ぬのも、因果応報というやつだろう。


 だが。

 俺の思考ロジックが、別の計算結果を弾き出した。


(……待てよ。こいつの「硬さ」は使えるか?)


 スキルは死んでいても、装備しているレア度創世級(ジェネシス)の鎧自体の「物理防御数値」は生きている。

 俺には知識があるが、打たれ弱い。

 こいつには知識がないが、異常に硬い。


 使える《・・・》。

 俺は草むらを掻き分け、無防備な足取りで戦場へと踏み出した。


「よォ。随分と情けないダンスを踊ってるじゃないか、英雄サマ」


「――ッ!?」


 レオンが驚愕に目を見開いてこちらを見る。

 俺の顔を認識した瞬間、その表情が屈辱に歪んだ。


「お前……ナギ、か!? あの追放者(BANプレイヤー)の……!」


「生きてて光栄だよ。ま、お前はあと十秒で死ぬけどな」


 俺が指差した先。

 三匹の狼が同時に跳躍の体勢に入っていた。

 連携攻撃コンビネーション。回避不能の死の舞踏。


「くっ、来るな! 俺に構うな!」


 レオンが剣を構えるが、その手は震えている。

 俺はため息をつき、インベントリから「あるアイテム」を取り出した。


 それは武器ではない。

 ただの『木の板』だ。建築素材として店売りされている、価値1ゴールドのゴミアイテム。


「よく見ておけ。これが『仕様』との対話だ」


 俺は狼たちが飛び掛かる軌道上の地面に、木の板を三枚、素早く並べた。

 ただ置いたのではない。

 互いに数ミリずつ重ね、微妙な段差を作るように。


 その瞬間。


 ガガガガガッ!


 先頭の狼が、何もない地面で急停止した。

 まるで、見えない壁に激突したかのように。

 いや、止まっているのではない。その場で猛烈な勢いで「足踏み」をしている。


「は……? なんだ、あいつら……動かないぞ?」


経路探索(パスファインディング)のエラーだ」


 俺はポケットに手を突っ込んだまま解説する。


「このゲームのAIは、段差が5ミリ以下だと『平地』と認識する。だが、物理エンジンは『障害物』として判定する。その矛盾した情報が連続すると、AIは『進めるが進めない』という無限ループに陥って、処理落ちするんだ」


 三匹の狼は、俺が置いたただの木の板の前で、痙攣するように足踏みを続けている。

 攻撃判定すら発生していない。完全に無力化されたオブジェクト。


 俺は動けない狼の横を通り抜け、レオンの目の前に立った。


「さて、相談といこうか」


「そ、相談……?」


 レオンは脂汗を流しながら、俺と、固まった狼を交互に見ている。

 俺は地面に転がった彼の最高級ポーションを拾い上げ、目の前で振ってみせた。


「俺はこれから、このクソったれな世界を攻略する。だが、ソロじゃ限界がある。肉壁タンクが必要なんだ」


「肉壁だと……!? 俺は誇り高き騎士だぞ! 貴様のような卑怯者と組めるか!」


「そうか。じゃあ、さよならだ」


 俺は踵を返し、足元の木の板を一枚、蹴り飛ばした。


 ガッ。


 障害物が消え、AIのループが解除される。

 狼たちの目に、再び殺意の光が宿った。


「グルルァッ!!」


「ひっ、ま、待て!!」


 レオンが叫ぶ。

 プライドと死の恐怖。その天秤が激しく揺れ動き――ガシャン、と音を立てて崩れ落ちた。


「わかった……組む! 組めばいいんだろ!! 助けろォッ!!」


「素直じゃないなぁ」


 俺は再び板を戻し、狼をロックする。

 そして、まだ震えているレオンの襟首を掴み、無理やり立たせた。


「勘違いするなよ。俺たちは仲間じゃない。共犯者だ」


「……クソが」


 レオンは血を吐くように悪態をついたが、その手は俺の差し出したポーションをひったくるように掴んだ。


          ◇


 狼たちを「放置」したまま、俺たちは岩陰の隙間へと身体を滑り込ませた。

 そこは、世界から切り離された空白地帯。

 俺の拠点だ。


 狭い洞窟の中には、俺が集めたジャンクパーツと、外部電源で無理やり駆動させているサーバー端末が鎮座している。

 モニターの青白い光が、レオンの絶望に沈んだ顔を照らし出した。


「ここは……なんだ? こんな場所、マップには……」


「俺が作った。座標データの書き換えで、岩の中に空洞を定義したんだ」


 俺は端末のキーボードを叩き、エリアのセキュリティを起動する。

 これで、外の化け物たちは入ってこられない。


 レオンは重い鎧の音をさせて、冷たい床に座り込んだ。

 その瞳から、かつての覇気は消え失せている。

 自分が信じてきた「強さ」が、システムという砂上の楼閣だったことを思い知らされた男の顔だ。


「……なぁ、ナギ」


 しばらくの沈黙の後、レオンが掠れた声で問いかけた。


「世界は、どうなっちまったんだ。運営は……神は、俺たちを見捨てたのか?」


 俺は椅子に深く座り直し、天井を見上げた。

 そこには、テクスチャの貼られていない、灰色の虚無が広がっている。


「見捨てたんじゃない。あいつらは逃げたんだ。バグだらけのこの失敗作を、俺たちごと削除(フォーマット)するために」


「削除……?」


「ああ。この世界はもうすぐ終わる。だが、俺は座して死ぬつもりはない」


 俺はニヤリと笑い、レオンの方を向いた。


「俺たちは『バグ』だ。システムが排除しようとする異物だ。だったら、とことん異物らしく振る舞ってやろうぜ。世界のルールを書き換えて、運営の喉元に牙を突き立てるまでな」


 レオンは俺を睨み返した。

 その瞳の奥に、小さな、しかし確かな「熱」が戻ってくるのを感じた。

 それは正義感ではない。自分をコケにした世界への、昏い復讐心だ。


「……いいだろう。その企み、乗ってやる。だが覚えておけ。いつか必ず、俺がお前を超えてやる」


「ハッ、せいぜい頑張るんだな、元・一位様」


 俺たちの間に、友情などという温かいものはない。

 あるのは、泥沼のような利害の一致と、背中合わせの敵意だけ。


 だが、この腐った世界で生き残るには、それで十分だった。


[SYSTEM NOTICE]

> Party Formed.

> Member: Nagi (Glitcher) & Leon (Paladin)

> Synergy: UNKNOWN


 こうして、最悪で最強のパーティが結成された。

 俺たちの反撃は、ここから始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ