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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第二章

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第57話 毒煙



 ◆


 それ以降、虫たちの更なる襲撃はなかった。


 広場には甲殻の破片と体液の焦げ跡が散乱している。腐った卵に似た臭いが鼻の奥にこびりついて取れない。冒険者と衛兵が松明を手に周囲を見張り、坑夫たちが崩れた壁の下から負傷者を引きずり出していた。


 シャールとセフィラは精錬所の前の水桶で手を洗い、宿に戻った。同じ寝台で、互いに抱き合う様にして横になるが、しっかり眠れたとは言い難い。そのまま半覚醒の様な状態で一晩を過ごすと、窓の外が白んできた。

 

 ──朝か

 

 シャールは大きくため息をつく。予定ではこの朝に街を出るはずだったが、この状況で馬車が動いているはずもない。

 

 ──かといって徒歩で帝国に向かうのもな

 

 セフィラを見てみるとまだ眠り込んでいる様だ。昨晩の戦闘でよほど集中力を使ったのだろう。シャールの胸に頬を擦り付ける様な形で眠っている。

 

 起こすか、それとも──と悩んだ所で、控えめに扉がノックされる。

 

 「なんだ?」

 

 シャールが出て行って扉越しに応えると、「ああ、起きていたか。バーヴェラの姐さんが来てるぜ。あんたらに用があるみたいだ」と宿の主人が返事をした。

 

 ◆


「ギルドで話がある。街のお偉いさんも、あとはあたしらも参加するんだけどね。あんたらにも来てほしいんだよ」


 宿の外でシャールはバーヴェラからそんな事を言われた。

 

「私たちがか?しかしよそ者だぞ」


「そんなの関係あるかい。あんたらだって戦ってくれたじゃないか。それに、外の目を取り入れるってのも大事な事なんだ。あたしらというか、街のもんばかりだとどうも血の気が多くなっちゃうからね」


バーヴェラの言葉にシャールは内心でさもありなんと納得した。街の者たちは虫に対して憤懣やるかたないといった心境だろう。皆がそういう心境でいれば、危険を度外視した策が提案され、それが採用され──といった事も十分考えられる。


「必要があれば()を冷やして欲しい、という事か」


シャールの言葉に、バーヴェラはにやりと笑った。


 ◆


 ややあって、ギルドの二階にシャールたちはやってきた。セフィラも事情を説明され、参加を快諾した──といっても、まだやや眠そうではあったが。


 十五人ほどが長卓を囲んでいた。バーヴェラ。グレイグ。冒険者が二名。ギルド受付のヘルツ。鉱山管理官のボルナー。坑夫の代表のガルフ。精錬所の親方。代官の代理。有力商人が数名。シャールとセフィラは末席についた。


 ボルナーが口火を切った。禿頭に鋸傷のある大柄な男で、卓の上に広げた地図を太い指で叩きながら喋る。


「被害だ。死者九名。負傷者は二十を超える。建物の損壊は十七棟。広場の石畳はほぼ全面やり直しだ」


 ヘルツが書き留めている。羽ペンの先が紙を引っ掻く音だけが響いた。


「虫はどこから来た?」


 代官の代理が聞いた。


「坑道からです」


 ガルフが立ち上がった。白髪交じりの壮年で、手の甲に古い火傷痕がある。


「言いにくい話ですがね。俺たちが掘り当てちまったんじゃないかと。第七坑の東側延伸で妙に柔らかい岩盤に当たった。温かい土です。掘り抜いた先が空洞だった」


「卵殻だね」


 バーヴェラが腕を組んだまま言った。


「あたしも見たよ。空洞の底に体液が溜まっていた。虫の巣だ」


「巣を掘り当てた」


 親方が呻いた。


「第七坑は今も開口部がそのままだ。塞ぐにしても虫がいる以上は近づけない」


 商人の一人が咳払いをした。毛皮の襟巻きを巻いた恰幅のいい男だ。


「放置すればまた出てくるのではないか」


「だからこうして集まっている」


 ボルナーが遮った。


「巣を攻めて根を断つか、坑口を塞ぐかだ。女王がいるなら討伐する。地脈虫は女王を失えば群れが瓦解するはずだ」


「あたしも同じ意見だ」


 バーヴェラが椅子の背に体を預けた。


「女王を潰せばいい。でもただ突っ込むってのはおすすめできないね。昨日の失敗で、連中はきっと巣の守りを固めているだろうさ」


 坑道の地図が広げられた。侵入経路と人員と装備。議論がしばらく続く。


 シャールは黙って聞いていたが、ふと思う所があった。


「ラスフェルにいた頃にギルドの書庫で読んだことがあるのだが」


 部屋の視線がシャールに向いた。


「東部辺境のソルテン鉱山で小鬼の巣が見つかり、鉱山が丸ごと止まった。討伐隊を何度送っても返り討ちで、最終的に入口から毒煙を流し込んで皆殺しにしたらしい」


 グレイグが身を乗り出した。


「毒煙ときたか。何を焚いた」


「鉱石を使った毒と書いてあった。だが今回は相手は小鬼ではなく虫だ。彼らは小鬼などよりよほど頑健だろう」


 シャールがちらとセフィラを見た。セフィラが小さく頷く。


「この街は鉱山町だ。灰蝕石は出ないか」


 ボルナーの太い指が地図の上で止まった。


「あるにはある。精錬の廃滓に混じって捨て場に山ほど積んであるが──」


「焚けば毒煙が出るが、それだけでは生ぬるい。煙を水の入った樽へ閉じ込め、水に溶かす。そして、その水を沸かせばさらに強い毒が出来る──はずだ。虫の甲殻は硬いが繋ぎ目までは覆えないだろう。濃い毒煙に晒せば甲殻の隙間から内側に入り込み、肉を侵していくのではないか?」


 卓の周りが静まりかえる。


「もう一つございますわ」


 セフィラが口を開いた。両手を膝の上で重ねたまま背筋を伸ばしている。


「彼──シャールが言っていた毒は灰蝕毒という種類の毒なのですが、これに対して更にもう一種の毒を混ぜるのです。つまり、二種類の毒煙を送り込む事になりますわね。もう一種は焦硫粉です。精錬の廃滓に混じって出るものですから、こちらにもございますわよね。焦硫粉そのものの毒性は大した事はありませんが、灰蝕毒と合わさると反応が激しくなるのですわ。灰蝕毒だけならば甲殻の隙間から肉を侵すのに時間がかかる。けれど焦硫粉の煙が触れた箇所は灰蝕の侵食が何倍にも速まりますの。云わば、本命の毒を焚きつける火種のようなものですわね」


 親方が顔をしかめた。


「嬢ちゃん、何でそんなことを知ってる」


「ええと……書で読みましたの。ええ、本当ですわ」


 嘘である。高位貴族は毒についての知識は一通りある。古来より、貴族の命、いや、人の命を奪ってきたものは剣でも魔術でもない。毒なのだから。


「だが、煙を奥まで届けなければなるまい」


 シャールが続けた。


「坑道は風が通りにくい。焚いただけでは入口で滞留するからな」


「奥まで入って焚くのか。それじゃ本末転倒だ」


「その必要はない。ガルフ殿が言った通り、第七坑の延伸部が虫の巣の空洞と直接繋がっている。空洞は地下だ。煙は暖かければ上へ向かうが、冷たい石の坑道では重い煙が下へ沈んでいく。坑口から焚いても煙は自重で下り勾配を伝って奥の空洞に溜まる。ただし最初の流れを作る必要がある。弱い風なら私が起こせる。坑口で焚いて私が入口から送る」


 これも嘘だ。シャールは風の魔術など使えない。だが()で塵を動かせば気流は作れる。最初の流れさえできれば煙は勝手に奥へ進むだろうという見立てだ。


「芸達者だね、坊や」


 バーヴェラが目を細め、一瞬自身の腕を見遣る。


「通気口から逃げてきた虫はどうする」


「地上で待ち伏せる。煙に追われた虫は混乱しているし、弱ってもいるだろう。だが出口が絞れるなら、坑道の中で戦うよりは遥かにましだ」


「蜂の巣に煙を焚くのと同じ原理かい」


 ガルフが膝を叩いた。


「蜂よりは少しばかり大きい相手ですわね」


 セフィラが穏やかに言った。


「灰蝕石の廃滓はいくらでもある。焦硫粉も備蓄がある」


 ボルナーが腕を組んだ。


「問題は既存の坑道への逆流だが」


「延伸部分との接続部を事前に塞げば防げる」


「煉瓦と粘土があれば半日でやれるな」


 ガルフが頷いた。


「それにしても、まだまだ若いってのに物騒な事を考えるな」


 ボルナーが鼻を鳴らした。


「ま、いずれにせよだ。坑道に人を入れるのは危険が大きい。毒煙でいくほうがいいだろう」


 ボルナーがガルフを見た。


「灰蝕石と焦硫粉の量を見積もれるか」


「掘り当てた連中に聞けば目安はつく」


「頼む。接続部の封鎖も並行で進めろ。冒険者には通気口の探索を任せる」


「あたしの連中を出すよ」


 バーヴェラが手を挙げた。


「そちらの二人にもお願いしたい」


 ボルナーの視線がシャールとセフィラに向いた。


「虫が出てきたとき迎え撃つ人手は多いほうがいい。それとその──風を起こせるんだったな」


 シャールはセフィラを見た。セフィラが小さく頷く。


「ああ」


「五日後の夜明けに焚き込みを開始する」


 ボルナーが立ち上がった。椅子を引く音がばらばらと続く。


 ヘルツがシャールの脇を通り過ぎる際に小声で言った。


「助かりますよ。──にしてもお二人とも、毒の話になると急にお詳しいのが少し怖いですがね」


「まあ──ちょっとした教養ですわ」


 セフィラがにこりと笑った。ヘルツは何か言いかけて口を閉じ、首を振りながら階段を下りていった。


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しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
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