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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第二章

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第51話 山越えの朝

 ◆


 翌朝、馬車は夜明けと共に出発した。


 クレイン宿場を発ち、再び街道を東へ進む。昨日よりは道が良い。山を越えて下り坂に入ると、揺れも穏やかになった。


 車内には昨日と同じ顔ぶれがいた。ゴルツ、老婆、若い男。そしてシャールとセフィラ。


 ゴルツが帳面を開きながら言った。


「今日は天気がもちそうですな。昼過ぎには次の町に着くでしょう。そこで乗り換えて、夕方にはマルディンだ」


「マルディンね……」


 老婆が呟いた。


「最近は物騒だと聞くよ」


「ご存知でしたか」


 セフィラが尋ねた。


「娘が向こうに嫁いでおってな。手紙で聞いた。虫が出たとかで、鉱山が止まっておるそうじゃ」


「そのようですね」


「うちの娘婿は坑夫なんじゃよ。仕事がなくなって困っておる。早く何とかならんかのう」


 老婆は溜息をついた。


 シャールは黙って聞いていた。地脈虫の討伐。もし成功すれば、それなりの報酬が期待できるだろう。だが、失敗すれば命はない。


 ◆


 午前も半ばを過ぎた頃、窓の外に奇妙な光景が見えた。


 草原の中に、巨大な岩が点々と立っている。高さは人の背丈の三倍ほど。不規則な形をしており、まるで誰かが意図的に配置したかのようだった。


「あれは……」


 セフィラが身を乗り出した。


「巨人塚ですな」


 ゴルツが言った。


「この辺りの名物でしてね。古代に巨人族が住んでいたという伝説がありまして、あれはその墓標だと言われておる」


「巨人族の墓……」


 セフィラの目が輝いた。またあの顔だ、とシャールは思った。


「文献では読んだことがございますわ。巨人塚の周辺には、古代の遺物が埋まっていることがあるとか」


「おお、詳しいですな。確かに、時折盗掘者が現れては領主に捕まっておりますよ。あの辺りは立入禁止でしてね」


「残念ですわ。近くで見てみたかったのですけれど」


「お嬢……いや、奥さん。あなたは本当に珍しいものがお好きですな」


 ゴルツは訂正しながら言った。昨晩の一件を覚えているらしい。


「知識欲と呼んでいただきたいですわ」


「ははは、失礼した」


 シャールは窓の外の巨人塚を眺めた。確かに不思議な光景だ。自然にできたものとは思えない規則性がある。


「シャール」


 セフィラが小声で言った。


「いつか、ああいう場所も調査してみたいですわね」


「依頼があればな」


「依頼がなくても、自分の足で行ってもいいのですわ。わたくしたちは自由なのですから」


 自由。その言葉がシャールの胸に響いた。


 確かに、今の自分たちには何の制約もない。王子でも公爵令嬢でもない。ただの冒険者だ。行きたい場所に行き、見たいものを見る。それが許される立場だ。


「……そうだな」


 シャールは頷いた。


「いつか行こう」


 セフィラは嬉しそうに微笑んだ。


 ◆


 昼過ぎ、馬車は中継地の町に到着した。


 ここで乗り換えだ。マルディン行きの馬車は別の停留所から出る。


 二人はゴルツと老婆に別れを告げた。


「ではな、お二方。マルディンでは気をつけなされよ」


 ゴルツは片手を挙げた。


「虫の話、大げさなものかもしれませんが、油断はなさるな」


「ああ。忠告に感謝する」


 老婆も手を振った。


「若いもんは無茶をするもんじゃよ。命を大事にしなされ」


「ありがとうございます、お婆様」


 セフィラは丁寧に頭を下げた。


 若い男は何も言わず、人混みに消えていった。最後まで口を開かなかった。


 ◆


 マルディン行きの馬車は、先ほどより小さかった。


 六人乗り。乗客は二人のほかに、中年の夫婦が一組だけ。彼らは最初から最後まで互いに話すばかりで、シャールたちには見向きもしなかった。


 馬車は街道を南東へ進んだ。風景が変わっていく。草原が途切れ、荒れ地が増えてきた。遠くに採掘場らしき煙が見える。


「鉱山が近いようですわね」


 セフィラが言った。


「ああ。あと二刻もすれば着くだろう」


 夕日が傾き始めていた。空が茜色に染まり、雲の端が金色に輝いている。


「シャール」


「何だ」


「この旅、悪くありませんわね」


 セフィラは窓の外を見ながら言った。


「新しい土地を見て、新しい人と会って、新しいことを知る。それがこんなに楽しいとは思いませんでした」


「……そうか」


「シャールは楽しくありませんか」


「楽しいかどうかは分からん。だが……」


 シャールは言葉を探した。


「君が楽しそうにしていると、私も悪い気分ではない」


 セフィラは少し驚いた顔をした。そして、くすりと笑った。


「それ、愛の告白ですか」


「違う」


「そうですか。残念」


 からかっている。シャールは溜息をついた。


「……君は時々、意地が悪い」


「あら、そうですか。生まれつきですわ」


 セフィラは悪びれもせずに言った。


 馬車は揺れながら、マルディンへと進んでいった。


 ◆


 夕暮れ時、馬車はマルディンの町に入った。


 第一印象は、煙と土埃だった。


 町の至るところから煙が立ち上っている。精錬所の煙突から吐き出される黒い煙、鍛冶場から漂う白い煙。空気は埃っぽく、喉がいがらっぽくなる。


 建物は石造りが多いが、どれも煤で黒ずんでいた。道行く人々の服装も質素で、労働者然とした者が多い。ラスフェルの自由で華やかな雰囲気とは対照的だった。


「これが鉱山町か」


 シャールが呟いた。


「ええ。産業都市というものは、どこもこのような雰囲気なのでしょうね」


 馬車が広場で止まった。二人は降りて、周囲を見回した。


 夕暮れの広場には疲れた顔の男たちがたむろしている。坑夫だろう。仕事がないのか、所在なげに座り込んでいる者も多い。


 一人の男がこちらに近づいてきた。四十過ぎに見える、がっしりした体格の男だ。禿頭に傷跡があり、眼光が鋭い。


「お前さんたち、冒険者か」


 単刀直入だった。


「ああ」


「仕事を探しているなら、ギルドに行け。虫退治の依頼が出ている」


「知っている」


「そうか。なら話は早い。報酬は弾むぞ。ただし……」


 男は声を低くした。


「……腕に自信がなければ巣には近づくな。うちの鉱夫もすでに五人死んでいる」


 それだけ言うと、男は去っていった。


 シャールとセフィラは顔を見合わせた。



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