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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第二章

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第43話 ギルドの面々③~暮明の雌獣~

 ◆


「銀狐亭」の窓硝子を叩く雨音が酒場の喧騒に不規則な拍子を刻んでいる。


 春の長雨が始まって三日目の夜であった。ラスフェルの石畳は水を吸って黒く光り、軒先から落ちる雫が小さな川となって側溝へと流れ込んでいる。こういう夜は表通りを歩く者も少なく、冒険者ギルドの裏手に佇むこの古びた酒場には常連客ばかりが顔を揃えていた。


 奥まった席に陣取った四つの影がある。


 受付嬢のマリアが麦酒のジョッキを傾け、その隣では依頼カウンター担当のベルトランが腕を組んで何やら難しい顔をしている。向かいには新規登録窓口を任されるカティアの姿があり、その隣の席には珍しくアレッサンドラの姿もあった。渉外担当という肩書きを持つこの黒髪の女が飲み会に顔を出すのは稀なことでマリアなどは彼女が席に着いた時から何度も物珍しそうな視線を送っている。


「今日は何の風の吹き回し?」


 マリアがアレッサンドラに尋ねた。


「仕事の延長よ。情報収集」


 アレッサンドラは涼しい顔でそう答えると、運ばれてきた麦酒を一口啜る。その切れ長の目がちらりとベルトランの方を見た。


「何か気になることでもあるの、ベルトラン。さっきから難しい顔をして」


「ああ、まあな」


 ベルトランは組んでいた腕を解き、テーブルの上で両手を組み直した。四十がらみの彼の顔には普段の無骨さに加えて、何か腑に落ちないものを噛み締めているような渋さが滲んでいる。


「実は今日、妙な報告があった」


 ◆


 雨音が一際強くなり、酒場の扉がきしんだ音を立てた。


 新たな客が入ってきたわけではない。ただ風が吹き込んだだけだ。カウンターの向こうで主人が黙々とグラスを磨いている。この店の主人は客の話に一切口を挟まない。それがこの酒場が職員たちの溜まり場として重宝されている理由のひとつでもあった。


「妙な報告って?」


 カティアが身を乗り出す。真偽の瞳の持ち主である彼女の琥珀色の目がランプの光を受けてわずかに揺れていた。


「新人冒険者のパーティが襲われた」


 ベルトランの言葉に、三人の女たちの表情が変わる。


「襲われた? 依頼中に魔物にってこと?」


「違う。人間にだ」


 沈黙が落ちた。


 酒場のざわめきが急に遠いもののように感じられる。マリアがジョッキを置き、カティアは眉をひそめ、アレッサンドラだけが表情を変えずに麦酒を啜り続けていた。


「詳しく聞かせて」


 アレッサンドラが静かに言う。その声には職員としての関心を超えた、諜報員特有の鋭さが混じっていた。


「三日前のことだ」


 ベルトランは記憶を辿るように目を伏せながら語り始めた。


 銅級の新人パーティ。四人組。男二人に女二人という構成で登録してからまだひと月も経っていない若者たちだ。ケリガンの森の浅層で薬草採取の依頼をこなした帰り道、街道沿いの林の中で何者かに襲われたという。不意打ちだった。木陰から飛び出してきた人影に気づいた時にはもう遅く、先頭を歩いていた男が殴り倒され、後続の三人も次々と組み伏せられた。


「でどうなった」


「全員負傷したが死者はいない」


 ベルトランは首を横に振った。


「荷物は奪われた。採取した薬草も、路銀も、装備の一部も。だが命は取られなかった」


「強盗……」


 マリアが呟くように言う。


「ただの強盗なら珍しくもないわ。街道筋で旅人を狙う輩はどこにでもいる」


「ああ、そうだ。だがな」


 ベルトランの声が低くなる。


「おかしな点がいくつかある」


 ◆


 ラスフェル近郊において、冒険者が人間に襲われるという事態は実のところ極めて稀であった。


 その理由は単純明快である。冒険者を襲うことは割に合わないのだ。


 まず第一に、この街を拠点とする冒険者たちは一様に実力者揃いというわけではないが少なくとも身を守る術は心得ている。駆け出しの新人であっても武器を携え、多少の戦闘訓練は積んでいる。一般の旅人や商人を襲うのとは訳が違う。反撃される危険を冒してまで得られる報酬が見合わないことが多いのだ。


 第二に、冒険者ギルドの存在がある。ギルドは所属する冒険者に対して一定の保護を提供しており、冒険者を襲撃した者は組織的な報復の対象となり得る。個人の恨みを買うのとは規模が違う。ラスフェルに住まう冒険者の総数は数千人に及び、その中には王国の軍隊さえ手を焼くような化け物じみた実力者も含まれている。そんな連中の眼前で同業者に手を出すなど、よほどの馬鹿か、よほどの自信家でなければ考えもしない愚行であった。


 第三に、ラスフェル周辺の街道は議会の管理下にあり、定期的に巡回が行われている。犯罪者が潜伏できる場所は限られており、仮に一度は逃げおおせても、いずれは捕縛される可能性が高い。捕まれば待っているのは厳罰だ。自治都市ラスフェルには流刑地がない代わりに、重罪人に対しては容赦のない処断が下される。


「要するに、この辺りで冒険者を襲うのは馬鹿げた選択ということだ」


 ベルトランは麦酒を一口飲んで続けた。


「にもかかわらず、それをやった連中がいる」


「赤札かしら」


 カティアが呟いた。


 赤札。それは冒険者ギルドにおいて犯罪を犯した冒険者を指す俗称である。窃盗、詐欺、傷害、殺人。理由は様々だがギルドの規約に著しく反した者は登録を抹消され、その名と顔は各地のギルドに手配される。かつて白い冒険者証が赤く塗りつぶされることから、そう呼ばれるようになったという。


 赤札となった者は冒険者としての活動を禁じられるだけでなく、賞金首として他の冒険者や賞金稼ぎに追われる身となる。その報奨金は罪状の重さに応じて設定され、生死を問わずという条件が付くことも珍しくない。


「可能性はある」


 ベルトランが頷く。


「だがそれだけじゃ説明がつかない点がある」


「何よ」


「襲われた新人たちはな、気を失う前に妙なことを聞かれたらしい」


 ◆


 酒場の喧騒がまるで潮が引くように遠のいていく。


 四人の周囲だけが異質な静寂に包まれていた。


「聞かれた?」


 アレッサンドラの目がわずかに細くなる。


「ああ。『男と女の二人組の冒険者を知らないか』と」


 沈黙。


 マリアとカティアが顔を見合わせる。その視線の交錯にはある種の了解が含まれていた。この街で「男と女の二人組」といえば、思い当たる者がいないわけではない。


「続けて」


 アレッサンドラが促す。


「特徴も聞いてきたらしい。男の方は黒髪で剣を使う。女の方は亜麻色の髪で知性的な顔立ち。二人とも若く、どことなく貴族のような雰囲気がある、と」


 ベルトランの言葉が途切れる。


 雨音だけが沈黙を埋めていた。


「それで」


 カティアが口を開く。


「新人たちは何て答えたの」


「知らないと。そもそも登録してひと月も経ってない連中だ。他の冒険者の顔なんてろくに覚えちゃいない」


「襲った連中は?」


「それ以上は何も言わずに去ったそうだ。荷物だけ奪って」


 ベルトランは麦酒を飲み干し、空になったジョッキをテーブルに置いた。その音が妙に大きく響く。


「おかしな話だろう。単なる強盗なら、わざわざそんな質問をする必要がない。それに、質問の内容が妙に具体的すぎる」


「誰かを探している、ということね」


 アレッサンドラが静かに言う。


「そしてその誰かは冒険者として活動している可能性が高い」


 ◆


 マリアが新しい麦酒を注文し、店主が黙ってそれを運んでくる。


 四人はしばらく無言で杯を傾けていた。それぞれの脳裏に、同じ二人組の姿が浮かんでいることは疑いない。シャルとセフィ。登録からまだ日は浅いがすでに評判になりつつある、あの素性の知れない男女である。


 だがそれを口にする者はいなかった。


「犯人の心当たりは」


 カティアが尋ねる。


「分からん。襲った連中の顔は覚えていないそうだ。暗かったし、覆面をしていたらしい」


「人数は」


「三人。男ばかりだったという」


「三人で四人の冒険者を襲って、誰も殺さずに去った」


 アレッサンドラが指を組んで考え込む。


「手慣れているわね。殺すつもりがないなら、最初から急所を外して攻撃したということでしょう。それができるだけの技量がある」


「ああ。素人じゃないな」


 ベルトランが頷く。


「だからこそ、赤札を疑ってる。それも、そこそこ腕の立つ連中だ」


 赤札の中にはかつて相応の実力を持っていた冒険者も少なくない。何らかの事情で道を踏み外し、犯罪に手を染めた者たち。彼らは戦闘の技術を持ちながら、まっとうな依頼を受けることができない。結果として、強盗や傭兵まがいの裏仕事に手を出すことになる。


「でも、赤札がわざわざ人探しを?」


 マリアが首を傾げた。


「誰かに雇われているのかもしれないわ」


 アレッサンドラが言う。


「赤札を雇って人探しをさせる。そういう依頼を出す者がいてもおかしくない」


「誰が何の目的で」


「それは分からない。ただ……」


 アレッサンドラは言葉を切り、窓の外の雨を見つめた。その横顔には何かを推し量るような影が差している。


 ◆


 冒険者ギルドには表向きの業務とは別に、裏の仕事というものが存在する。


 それは公式には認められていないが古くからの慣例として黙認されている領域であった。情報の売買、要人の護衛、時には暗殺や誘拐といった非合法な依頼。そうした闇の仕事がギルドの外縁で静かに動いている。


 赤札となった冒険者たちの一部はそうした裏の世界へと流れていく。表の依頼を受けられなくなった彼らにとって、それは数少ない生きる術だからだ。報酬は高いが危険も大きい。だが追われる身である以上、選り好みなどしている余裕はない。


「議会への報告は」


 カティアが尋ねた。


「明日、正式に上げる。ただ、今の段階では情報が少なすぎる」


 ベルトランは肩をすくめた。


「犯人の特定もできていないし、動機も不明だ。議会も動きようがないだろう」


「巡回の強化くらいは要請できるんじゃない?」


「できるだろうな。だがそれだけで解決する問題かどうか」


 ベルトランの目が暗く沈む。


「もし本当に誰かを探しているなら、巡回を増やしたところで諦めるとは思えん。別の手段を講じてくるだけだ」


「街の中で動くかもしれない、ってこと?」


「あり得る話だ」


 マリアの顔に不安の色が浮かぶ。


 ラスフェルの街中は比較的治安が良い。それは冒険者ギルドと議会の連携による警備体制が機能しているからであり、また、住民たちの間に一種の相互監視の意識が根付いているからでもあった。だがそれでも街中での犯罪がまったく起きないわけではない。


「ギルドマスターには報告した?」


 アレッサンドラが聞く。


「まだだ。明日の報告書と一緒に提出する」


「そう」


 アレッサンドラは頷き、麦酒を飲み干した。


「私の方でも少し調べてみるわ。赤札の動向について、何か掴めるかもしれない」


「助かる」


 ベルトランが礼を言う。


 諜報員としてのアレッサンドラの情報網はギルドの表の業務では辿り着けない領域にまで及んでいる。彼女が動けば、何かしらの手がかりが得られる可能性は高い。


 ◆


 話題が途切れ、四人はしばらく黙って酒を飲んでいた。


 雨はいつの間にか小降りになり、窓の外には雲の切れ間から月の光が差し込み始めている。酒場の客も少しずつ減り、店内は先ほどよりも静かになっていた。


「ねえ」


 マリアが不意に口を開いた。


「もし、その探されてる人が本当にいるとして」


「うん」


「私たちはその人を守るべきなのかしら」


 沈黙。


 ベルトランとカティアが顔を見合わせ、アレッサンドラは無表情のまま杯を見つめている。


「それは」


 ベルトランが口ごもる。


「状況によるとしか言えんな」


「ラスフェルは来る者を拒まない」


 カティアが言った。


「それがこの街の原則でしょう。誰であれ、ここに来た者は保護される」


「原則はそうだ。だが現実はもっと複雑だ」


 ベルトランの声に苦さが滲む。


「もし探されてる人物が何か重大な罪を犯していたら? それでも守るべきか?」


「罪を犯しているかどうかは私たちが決めることじゃないわ」


 アレッサンドラが静かに言った。


「少なくとも、外部の勢力がこの街に手を伸ばしてきているのなら、それには対処しなければならない。理由がどうあれ」


 その言葉には諜報員としての冷徹さと、ラスフェルの住人としての矜持が同居していた。


「まあ、今の段階であれこれ考えても仕方ないわね」


 マリアがため息をついて立ち上がる。


「私、そろそろ帰るわ。明日も早いし」


「ああ、俺もそうしよう」


 ベルトランも腰を上げた。


 四人は会計を済ませ、雨上がりの夜道へと出ていく。


 濡れた石畳に映る月光がまるで砕けた鏡のように散らばっていた。


 ◆


 マリアが銀狐亭を出たのは夜半を過ぎた頃であった。


 千鳥足というほどでもないが、ほどよく酒が回った心地で石畳を踏みしめながら歩いている。雨はすっかり上がり、空には雲間から覗く月が青白い光を落としていた。濡れた路地裏に響くのは己の足音ばかりでこの時刻になると流石の自由都市も静まり返っていた。


 ベルトランの話が頭の中でぐるぐると渦を巻いている。


 新人が襲われた。男と女の二人組を探していた。黒髪で剣を使う男、亜麻色の髪の知性的な女。どう考えてもシャルとセフィラのことだろう。あの二人が何者かに追われているらしいことは薄々感づいていたがここまで露骨に手が伸びてくるとは思っていなかった。


 路地を曲がった時である。


 気配を感じたのは本能的なものだった。長年培った勘のようなものが背筋に冷たいものを走らせた。


 振り返る間もなく、背後から二つの影が音もなく迫ってくる。


 黒いフード付きの外套を頭から被った者たちであった。


 顔は見えない。月明かりの下でも外套の影がその相貌を覆い隠している。だが手元だけは見て取れた。二人とも短刀を構えている。刃が鈍く光り、ぬらりとした殺意に濡れていた。


 ◆


「夜分に失礼」


 前に回り込んだ方の影が口を開いた。低い声。男のようでもあり、意図的に潰されているようでもある。


「少々お聞きしたいことがある」


 マリアは立ち止まった。逃げ道を探す素振りを見せることもなく、ただ二人の影を見据えている。


「何かしら」


 声は平静を装っていた。


「この街で活動している冒険者のことだ。男と女の二人組を知らないか」


 先ほどベルトランから聞いたばかりの質問であった。新人たちが聞かれたのと同じ内容。黒髪の剣士と亜麻色の髪の女。


「男の方は黒い髪をしている。剣を使う。女の方は亜麻色の髪だ。どちらも若く、どこか貴族のような雰囲気がある」


 具体的すぎる描写がマリアの胸の内に波紋を広げた。やはりシャルとセフィラのことだ。疑う余地もない。


「知らないわね」


 嘘をついた。


 冒険者ギルドの職員として、所属する冒険者の情報を外部に漏らすことは禁じられている。それが例え取るに足らない情報であってもだ。まして相手は明らかに後ろ暗い連中である。素性の知れぬ覆面の男たちに、大切な仲間の居場所を教えてやる義理などどこにもない。


「本当にか」


「ええ、本当よ。この街には冒険者が何千人もいるの。一々顔なんて覚えてられないわ」


 その言葉に対する返答は沈黙であった。


 だが沈黙の中で何かが変質していく。空気の質が変わる。先ほどまでは威圧的ながらも会話の体をなしていたものが急速に別の何かへと変貌していくのが分かった。


 殺気。


 それは明確な形を持たぬ圧力として、マリアの全身を締め付けてきた。二人の覆面の男たちから立ち昇る気配は今や隠そうともしていない。だがその殺意を浴びた瞬間、マリアの口元が奇妙に歪んだ。


 笑っていた。


 恐怖ではない。怒りでもない。ただ純粋な、何か滑稽なものを見つけた時に浮かべるような、皮肉げな微笑である。


「私を殺そうっていうの?」


 その声には不思議な余裕があった。


「やめときなさいよ。私はギルドの職員で──」


 言葉が途切れた。


 弾かれたようにマリアの身体が動き、反射的に半身になる。その頬の、髪の毛一本ほどの距離を短刀が通り過ぎていった。


 風を切る音、そして一瞬遅れて、切り落とされた髪が数本が石畳の上に落ちる。


「ふうん」


 マリアの声が変わった。


 先ほどまでの明るい受付嬢の声ではない。もっと低く、もっと冷たい。


「顔を狙うのね」


 彼女は短刀を躱した姿勢のまま、ゆっくりと向き直る。


「私の、顔を」


 月明かりの下でその表情が妖しく歪んでいる。


「舐めるんじゃあ、ないわよ」


 嗤うマリア。その瞳には獣のような光が宿っていた。


 ◆


 路地裏に静寂が戻ったのはそれから幾許も経たぬうちのことであった。


 月は依然として雲間から顔を覗かせ、濡れた石畳を青白く照らしている。だがその光が照らし出すものは先ほどとは全く異なる光景だ。


 二つの影が地に伏していた。


 黒い外套に包まれた身体は微動だにしない。石畳の隙間に染み込んでいく暗い液体が彼らの運命を雄弁に物語っている。


 マリアは荒い息を整えながら、壁に背を預けていた。


 服の一部が裂けており、左腕には浅い切り傷がある。返り血が頬に飛び散っていたがそれを拭おうともせずに、じっと倒れた二人を見下ろしていた。


 やがて別の足音が近づいてくる。


 規則正しい、だがどこか優雅な響きを持つ足音。マリアは顔を上げるまでもなく、それが誰であるか悟っていた。


「遅かったわね、アレッサンドラ」


「貴女が早すぎるのよ」


 路地の入り口から現れたのは黒髪を後ろで束ねた女であった。アレッサンドラ。ギルドの渉外担当にして諜報員。彼女は倒れた二人の男を一瞥し、それから嘆息するようにマリアを見た。


「何で殺しちゃったの」


 その声には責めるような響きがあった。


「生かしておけば尋問できたのに」


「ごめんなさい」


 マリアは両手を合わせて平謝りの姿勢を取った。先ほどまでの獣じみた気配は嘘のように消え去り、いつもの陽気な受付嬢の表情に戻っている。


「つい、ね。顔を狙われたものだから」


「顔?」


「そう。私の自慢の顔よ。傷でもついたらどうしてくれるのって思ったら、気づいたらこうなってたの」


 アレッサンドラは額に手を当てた。


 ラスフェルの冒険者ギルドにおいて、マリアが単なる受付嬢ではないことを知る者は少ない。ベルトランやカティア、そしてギルドマスターのグレン。限られた者だけがその素性を知っている。


 かつてマリアは戦場を駆けた傭兵であった。


 女の身でありながら剣を取り、血と泥に塗れた日々を送っていた時期がある。その頃に培われた戦闘技術は受付嬢として穏やかな日々を過ごすようになった今でも錆びついてはいなかった。むしろ研ぎ澄まされた刃のように、必要とあらば即座に抜き放たれる。


 ただし、制御という点においては些か問題があった。


 マリアは自分の美貌に並々ならぬ執着を持っているのだ。その顔を傷つけようとする者に対しては理性よりも先に身体が動いてしまう。それは彼女にとって一種の逆鱗であり、今夜もまたそれが発動してしまったのである。


「情報源が二つも消えたわ」


 アレッサンドラが死体に近づき、懐を探り始めた。


「せめて持ち物から何か分からないかしら」


「ごめんってば」


「謝るくらいなら最初から手加減しなさい」


「だって顔を──」


「分かったわ、分かったから」


 アレッサンドラは片手を振って話を遮った。これ以上この話題を続けても不毛だと悟ったのだろう。彼女は死体の懐から取り出したいくつかの品物を検分し始めた。


 金貨が数枚。銀貨が十数枚。それなりの路銀を持っていたらしい。だがそれ以上に目を引くものがあった。


 羊皮紙の切れ端である。


 アレッサンドラはそれを月明かりにかざして読み取ろうとしたが何も書かれていないように見えた。いや、違う。よく見ると薄く何かの紋章のようなものが透かし彫りにされている。


「これは……」


「何か分かった?」


 マリアが傍に寄ってきた。


 アレッサンドラは羊皮紙を懐にしまい、首を横に振った。


「手がかりにはなるかもしれない。後で調べてみる」


「そう」


 マリアは倒れた二人の男を見下ろした。その目にはもう何の感情も浮かんでいない。


「で、この二人はどうするの」


「始末するわ。処理班に連絡を入れておく。すぐに片付くでしょう」


「ありがと。助かるわ」


「貴女が作った死体でしょう。少しは反省しなさい」


「反省してるわよ。次からは気をつけるって」


 その言葉を信じる者がいるだろうか。アレッサンドラは再びため息をついた。



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自作の長編と短編を宣伝。長編は大体ブクマ1000~1500くらいのやつ。短編は直近二ヶ月で書いたやつをポイント降順に。

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弁護士の真司は漁師の啓二、バーテンダーの了と共に、愛する妻・莉子と暮らしている。
かつては嫉妬に狂い、互いに殺意すら抱いた男たち。
しかし奔放な妻に振り回され、同じ苦しみを共有するうちに、敵同士だったはずの三人の間には奇妙な連帯感が芽生え始める。
「オープンマリッジ」
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