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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第一章

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第22話 幽霊屋敷②

 ◆


「出る?」


 シャールの問いにギンタマは肩をすくめてみせた。その仕草には冗談とも本気ともつかない曖昧さがある。


「幽霊がよ。アウストラ商会の亡霊が夜な夜な屋敷を彷徨うって噂だ」


 セフィラの翠色の瞳がわずかに見開かれた。幽霊という言葉に対する反応ではない。むしろその背後にある歴史的事実への興味が彼女の知的好奇心を刺激したのである。


「アウストラ商会……聞いたことがありませんわね」


「まあ幽霊が出るって話まではギルドの受付で聞いても教えてくれるだろうよ。有名な話だからな」


 ギンタマは近くの長椅子に腰を下ろし、二人にも座るよう手招きした。


「アウストラってのは元々この大陸の西の方から来た連中でな。貴族だったらしい」


「貴族が商人に?」


「正確には元貴族だな。西方諸国連合ってのがあるだろう。あそこの政争に巻き込まれて追放されたんだとよ」


 ギンタマの語り口は淡々としていた。他人事を語る時特有の軽さがある。だがその内容は決して軽いものではなかった。


 百年ほど前のことである。


 西方諸国連合においてアウストラ家は中堅の貴族として知られていた。領地は肥沃とは言い難かったが代々の当主が堅実な経営を続け、それなりの繁栄を築いてきた家柄である。だがある時、宮廷内の権力闘争に巻き込まれた。詳細は今となっては不明だがおそらくは派閥争いの犠牲になったのであろう。領地は没収され、爵位は剥奪され、一族は国外追放の憂き目に遭う。


 流れ着いた先がこのラスフェルであった。


 自治都市ラスフェル。いかなる国家にも属さず、いかなる権力の介入も拒む自由の砦。追われる者にとってこれほど都合の良い場所はない。アウストラ家の当主は残された財産を元手に商売を始め、再起を図ろうとした。


 だが現実は甘くなかった。


 貴族として生きてきた彼らには商いの才覚がなかった。帳簿の読み方も知らなければ、相場の見方も分からない。そこに付け込んだのが街の悪徳商人たちである。彼らはアウストラ家の世間知らずぶりを見抜くと、言葉巧みに接近してきた。


 最初は親切な助言者として。やがては共同経営者として。そして最後には債権者として。


 気づいた時にはアウストラ家は莫大な借金を背負わされていた。担保として差し出した屋敷も、商品も、家財道具の一切も、すべてが他人の手に渡っていく。残されたのは返済の見込みのない借用証書の山だけであった。


 追い詰められた一家はある冬の夜、揃って首を括った。


 当主と妻、そして五人の子供たち。最年少はまだ五つにもなっていなかったという。


「それ以来、あの屋敷には誰も住まなくなった」


 ギンタマの声が低くなる。


「借金の形に屋敷を取り上げた商人がいたんだが入居した翌日に発狂して飛び降りたそうだ。次に買い取った者も一週間と保たなかった。三人目は屋敷に足を踏み入れた瞬間に心臓が止まったって話だ」


「それで幽霊が出ると」


 シャールの声は平坦だった。


「ああ。夜になると子供の泣き声が聞こえるとか、首を吊った姿のまま廊下を歩き回るとか、そういう噂が絶えない。もう誰も近づかなくなって、廃墟同然になってる」


 セフィラは顎に手を当て、思案顔を浮かべていた。


「ですが清掃の依頼が出ているということは誰かがあの屋敷を使おうとしているのでしょう?」


「そこなんだよ。ここからが銀貨一枚分の情報だ」


 ギンタマの声がさらに低くなった。周囲を窺うように視線を巡らせてから、身を乗り出す。


「依頼主が分からねえんだ」


「分からない?」


 シャールの眉が動く。


「ああ。あの依頼を出している奴らはこの街のどこにもいない。名前は分かる──依頼主の名前が木札に書いてあるからな。だがそいつらはこの街のどこにも住んでいない、まあ俺の知る限り、だが」


「そんなことがあり得るのですか」


 セフィラが驚きを隠さずに問う。


「普通はあり得ねえんだけどな」


 ギンタマは肩をすくめた。


「俺も気になって受付に聞いてみたことがあるんだが、職員は何も教えてくれなかった」


 沈黙が落ちた。


 シャールとセフィラは顔を見合わせる。


「まるで……」


 セフィラが言いかけて、口を噤んだ。


「ああ、そうだ」


 ギンタマが彼女の言葉を引き取る。


「まるで、屋敷の中にいる連中が自分で依頼を出したみてえな話だよな。よくある怪談みてえにな」


 冗談めかした口調だったがその目は笑っていなかった。


「まあ俺から言わせりゃ、受けるべき依頼じゃないってことになるな」


 ギンタマの言葉にシャールの眉が動いた。


「なぜだ」


「いいか、シャル。この街にはな、こういうヤバい依頼ってのがいくつかあるんだ。ギルドが意図的に残してる依頼ってやつがな」


「意図的に?」


「ああ。旧アウストラ家の屋敷の清掃だってそうだ。依頼人の素性がろくにわからねえものをなぜギルドが残している? まあ俺の情報収集が甘い可能性もあるがね、俺以外の冒険者だってそれなりにちゃんと調べたんだぜ? でも何もわからなかった。明らかに厄い依頼だ。俺たちはそういうのを『爆弾依頼』って呼んでる」


 爆弾依頼。


 その言葉の響きには不穏なものがあった。シャールは黙ってギンタマの次の言葉を待つ。


「冒険者ってのはな、星の数ほどいる。毎日のように新人が登録して、毎日のように誰かが死んでいく。そういう世界だ」


 ギンタマの目がわずかに細くなった。


「でもな、中には困った連中ってのがいるんだよ。実力もないくせに態度だけはでかい奴。自分は特別だと思い込んでる奴。警告を無視して無茶をする奴。そういう連中が増えすぎると、ギルドの運営に支障が出る」


「それで、爆弾依頼か」


「察しがいいな」


 ギンタマは頷いた。


「ギルドはそういう手に負えない連中を『健全に入れ替える』ために、わざと危険な依頼を掲示板に残しておくのさ。報酬は高く設定してある。だが内容は曖昧で、何がどう危険なのかは書いてない」


「罠、ということか」


「罠っつうか……まあ、ふるいだな。分別のある奴は怪しいと気づいて手を出さない。だが自信過剰な馬鹿は高報酬に釣られて飛びつく」


 ギンタマは肩をすくめた。


「結果どうなるかは言わなくても分かるだろ。まあ、死ぬか再起不能になるかして、二度とギルドの手を煩わせることはなくなるってわけだ」


 セフィラの表情が曇った。


「それは……随分と非情な仕組みですわね」


「非情かもしれねえが合理的ではあるだろ? 馬鹿の面倒を一々見てたら、ギルドの職員が何人いても足りねえからな。それに、そういう連中を野放しにしておくとまともな冒険者まで巻き込まれて死ぬことがある。だったら、早めに淘汰しておいた方が全体のためになるって寸法だ」


 シャールは木札を見つめたまま、しばらく沈黙していた。


 やがて静かに口を開く。


「つまり、この依頼を受けるべきではないと」


「ああ、そういうことだ」


 ギンタマは立ち上がり、じろりとシャールの顔を覗き込み──シャールの肩を軽く叩いた。


「良い判断だな、シャル」


「何がだ」


「依頼を受けるかどうかまだ決めてねえだろ。その時点で正解だ」


 シャールは眉を寄せる。


「どういう意味だ」


 ギンタマは満足げに頷いた。


「情報を集めて状況を整理して、それから判断しようとしてる。冒険者として一番大事な姿勢だ」


 シャールは無言でギンタマを見つめる。


「まあ、最終的にどうするかはあんた次第だがな。俺からの助言は一つだけだ」


 ギンタマは歩き去りながら、振り返らずに言った。


「危ない橋は渡るな。だが渡らなきゃ見えない景色もある。そこの見極めができるかどうかが長生きできるかどうかの分かれ目だ」


 その背中が人混みに消えていく。


 シャールとセフィラは顔を見合わせた。


「どうなさいますか」


 セフィラの問いに──シャールは答えなかった。



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