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追放された王太子と公爵令嬢が冒険者になる話  作者: 埴輪庭
第一章

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第15話 リッキー③

 ◆


 時はやや遡る。


 その朝、シャールとセフィラは依頼を受けるべくギルドへと向かっていた。


 石畳の大通りを並んで歩く二人の姿は冒険者稼業を始めた頃と比べれば、いくらか板についてきたと言えるだろう。シャールの腰にはガッツから譲り受けた無骨な長剣が揺れ、セフィラもまた動きやすい旅装に身を包んでいる。


 朝靄が街を薄く覆い、露店の商人たちが店開きの準備に追われる光景がそこかしこに見られた。


「今日は薬草採取の依頼でも受けましょうか」


 セフィラが穏やかな声で提案する。


「ああ、そうだな。天気も持ちそうだ」


 シャールが空を見上げながら頷いた時である。


 ふと、その視線が大通りの先で止まった。


 ギルドの入り口付近に人影が見える。四人組だ。何やら話し込んでいる様子だったがその中にひとつ見覚えのある姿があった。痩せぎすの体躯に擦り切れた革鎧。リッキーである。


 仲間たちとどこかへ行こうとしているようだ。何かの依頼を受けたのだろうか。


 しかしその表情がどうにも暗い。


「シャール?」


 セフィラが立ち止まった婚約者の視線を追う。


「リッキーだ」


 シャールは静かに言った。


 リッキーは輪の中で何か言いかけては口を閉ざし、俯き加減に仲間の話を聞いているようだった。その様子には明らかな葛藤が見て取れる。


 シャールの目が僅かに細められた。


 それは何気ない観察のようでいてしかしその実、彼の視線は相手の仕草のひとつひとつを捉えていた。


 肩の強張り。視線の泳ぎ。唇を噛む癖。


 ほんの些細な動作の中に、人は往々にして本心を滲ませるものである。


 シャールとセフィラは元は貴族であった。宮廷という社交の坩堝で育った彼らは芋の剥き方は知らなくとも──さすがに今現在はそれもマスターしているが、ともあれちょっとした仕草から相手の意図を読む術には長けている。


 そういう教育を幼い頃から積んできたのだ。


 相手が何を考え、何を望み、何を恐れているのか。言葉にならない機微を掬い取る技術は権謀術数渦巻く王宮において生き延びるための必須の教養であった。


「何か良からぬことに巻き込まれようとしているように見えるな」


 シャールが呟く。


「わたくしにもそう見えます」


 セフィラが頷いた。


 リッキーの仲間らしき三人の少年たちは対照的に昂揚した様子である。特に先頭に立つ赤毛の少年は目を輝かせながら何かを熱っぽく語っていた。その表情には若者特有の無謀な自信が張り付いている。


「セフィラ」


「はい」


「彼らの後をつけてみようかと思うのだがどう思う?」


 セフィラは一瞬だけ考える素振りを見せたがすぐに小さく頷いた。


「賛成ですわ。あの表情はわたくしも気になります」


 シャールはお人よしではあるが無節操に手助けをして回るような性格でもない。それはセフィラも同様である。


 冒険者が自身の判断によって傷つき、あるいは死ぬことは仕方ないと割り切っている。それが冒険者という生き方の宿命だからだ。赤の他人を無条件で救うほど彼らは慈悲深くもない。そんな余裕はないし、そもそもそれは相手の選択と尊厳を軽んじる行為でもある。


 ただ、これは彼らの気質というよりは貴族の気質と呼ぶべきものかもしれない。


 貴族というものは(うち)に入った者に対しては存外に甘くなる。一度その庇護の傘下に入れた者、信頼の輪に加えた者に対しては驚くほどの寛容さと執着を見せるのが彼らの習性であった。


 それは打算と言えば打算である。忠誠を尽くす者を守り抜くことで、より大きな忠誠を引き出す。家門の結束を固める。そういった政治的な計算がその根底にはある。


 だが同時に、それは彼らが幼い頃から叩き込まれてきた規範でもあった。上に立つ者の責務。臣下を守る義務。貴族の誇り。そうした観念が骨の髄まで染み込んでいる。


 リッキーは幾度となくシャールと言葉を交わし、彼を「兄貴」と呼んで慕ってきた。その純粋な敬意と親しみはシャールの心のどこかに小さな温もりを灯していたのである。


 かつて王宮にいた頃、彼を慕う者などひとりもいなかった。無能の王太子として蔑まれ、疎まれるばかりであった。


 それが今、見ず知らずの少年から信頼を寄せられている。


 その事実がシャールにとってどれほどの意味を持つか、本人すら十全には自覚していないかもしれない。


 だからこそ、彼は動こうとしていた。


「お節介かもしれない。杞憂かもしれない。だが──」


「放っておけないのでしょう?」


 セフィラが微笑む。


「ああ」


 シャールは素直に認めた。


 ◆


 リッキーたち四人組はギルドで手続きを済ませると、街の東門へと向かっていった。


 シャールとセフィラは十分な距離を保ちながら、その後を追う。人混みに紛れ、時折足を止めて露店を眺めるふりをしながら、尾行の対象を見失わぬよう細心の注意を払っていた。


 尾行の技術など彼らは持ち合わせていない。王宮での教育にそのような科目は含まれていなかった。


 だが距離さえ取っていれば、新人冒険者の少年たちが背後の気配に気づく可能性は低いだろう。何より、シャールには別の手段がある。


 やがて四人組は東門をくぐり、街道沿いに歩き始めた。


 行き先は明らかだった。


 街から少し離れた森──新人冒険者向けの採取場として知られる一帯である。シャール自身も何度か薬草採取の依頼で訪れたことがある。危険度は低く、森の奥深くまで踏み入らなければ魔物に遭遇することもまずない。出てきたとしても、せいぜいが小鬼程度だ。


 街道を外れ、森へと続く細道に入っていく四人組。


 シャールとセフィラはさらに距離を取った。木々が視界を遮り、相手の姿が見えなくなる。


「シャール、こんなに離れていても大丈夫なのですか?」


 セフィラが小声で尋ねた。


「問題ない」


 シャールは目を閉じ、意識を研ぎ澄ませる。


 彼の内なる力──「意思力」と呼ぶべきものがゆっくりと外へと広がっていく。それは目に見えない網のようなものだった。極めて薄く、極めて広く。


 セフィラほどの力強さはない。だがその代わり、広範囲に及ぶ空間の中で何かが動けば、その振動が蜘蛛の巣のように伝わってくる。


「四人、まだ北東へ進んでいる」


 シャールが低く報告する。


「森の奥へ向かっているようだ」


「採取場はもっと手前のはずですわね」


 セフィラの眉がわずかに寄せられた。


 二人は足音を殺しながら、森の中へと踏み入っていく。


 腐葉土の匂いが鼻を突いた。木々の梢が陽光を遮り、視界は薄暗い。鳥の声が遠くで聞こえるがそれ以外は静寂が支配していた。


「止まった」


 シャールが囁く。


「何かを見つけたらしい」


 二人は慎重に距離を詰めていく。


 やがて、木々の隙間から四人組の姿が見えてきた。何やら囁き合っている。赤毛の少年が剣を抜いた。


 その視線の先に、小さな緑色の影がある。


 小鬼だ。


 シャールの目が鋭くなった。


 あの少年たちはまさか──


 次の瞬間、赤毛の少年が斬りかかった。


 そして森が動いた。


 頭上から矢が飛来し、茂みから次々と緑色の影が湧き出してくる。三匹、五匹、十匹。あっという間に少年たちは囲まれていた。


 罠だ。


 シャールは即座に理解した。囮の一匹で獲物を誘い込み、群れで仕留める。小鬼たちの狡猾な狩りの手口である。


 悲鳴が上がった。


 一人が倒れ、一人が血を流しながら必死に剣を振り回している。


 リッキーは動けずにいた。恐怖に竦んで立ち尽くしている。


「セフィラ!」


 シャールが叫んだ。


 その声に応じて、セフィラが一歩前に出た。


 彼女の腕が横薙ぎに振られる。


 それは剣を振るう動作に似ていたがその手には何も握られていない。


 ただ、腕の軌跡に沿って、不可視の衝撃波が放たれた。


 大気が軋んだ。


 木の葉が舞い上がり、枝が折れ飛ぶ。


 その余波を受けた小鬼たちがまるで巨人に薙ぎ払われたかのように吹き飛んでいく。五匹、六匹。地面を転がり、木の幹に叩きつけられ、悲鳴を上げる間もなく絶命していった。


 セフィラの力はシャールのそれとは異なる性質を持っている。


 シャールが得意とするのは精密な制御だ。砂粒のひとつひとつを操り、水滴で空中に文字を描く。繊細な技巧。針の穴を通すような正確さ。


 対してセフィラはより大きな力を一度に解き放つことに長けていた。物理的な破壊力において、彼女の()はシャールの比ではない。


 腕を振るという動作はその力に方向性を与えるためのものである。意志の力だけで行使することも不可能ではないがそれでは狙いが定まらない。下手をすれば、助けるべきリッキーたちもろとも吹き飛ばしかねない。腕の振りは力の指向性を定めるための所作である。


 シャールは既に駆け出していた。


 長剣を抜き放ち、生き残った小鬼に斬りかかる。一閃。緑色の首が宙を舞う。返す刀で二匹目を両断し、三匹目の突進を足払いで躱しながら、その頭蓋を踏み砕いた。


 動きに淀みはない。


 かつて王宮の書庫で読み漁った騎士譚の技。孤独な鍛錬の中で磨き上げた剣技。それらが今、実戦の中で冴え渡っている。


 だがシャールの真価は剣術だけにあるのではなかった。


 斬撃の合間に、彼の意志が周囲に干渉していく。地面の小石が浮き上がり、逃げようとする小鬼の足を絡め取る。折れた枝が槍のように飛翔し、木の上で弓を構えていた一匹の喉を貫いた。


 それはまさに嵐であった。


 剣と意志が織りなす死の舞踏。


 小鬼たちはパニックに陥った。獲物だと思っていた人間が突如として天災と化したのだ。悲鳴を上げながら四方八方に逃げ散っていく。


 だが逃がす気はなかった。


 セフィラが再び腕を振るう。逃走しようとした数匹が見えない壁に叩きつけられ、動かなくなる。


 一分にも満たない時間だったかもしれない。


 あるいは永遠のように感じられたかもしれない。


 気がつけば、森には静寂が戻っていた。


 地面には小鬼の死骸が散乱している。二十近くはいただろうか。そのすべてが絶命していた。


 ◆


 シャールは剣を振って血糊を払い、鞘に納めた。


 それから、呆然と立ち尽くすリッキーたちの方へと歩み寄る。


「……兄、貴……」


 リッキーの声は震えていた。


「怪我はないか」


 シャールの問いに、リッキーは首を横に振る。だが横では赤毛の少年──ヴァンスが地面に膝をついていた。肩に矢が刺さり、血が服を染めている。


「この傷は」


 セフィラが素早く駆け寄り、傷の状態を確認した。


「傷は浅いみたいです。命に別状はないでしょう。ですが早く手当てをしないと」


 彼女は自分の袋から布と薬草を取り出し、応急処置を始めた。調理場で学んだ知識と、採取依頼で身につけた薬草の知識が役に立っている。


 トトとミランはほとんど無傷だった。転んで擦り傷を負った程度である。小鬼に飛び乗られた時は生きた心地がしなかったが運がよかった。しかしシャールとセフィラの介入がほんの数秒遅ければどうなっていたか分からない。


 シャールはリッキーの方を見た。


「何があった」


 問いというより、確認だった。


 リッキーは俯いたまま、ぽつりぽつりと経緯を語り始めた。


 はぐれの小鬼を見つけたこと。一匹なら倒せると思ったこと。自分は止めようとしたが最終的には一緒に来てしまったこと。


「……すみません、兄貴」


 リッキーの声が途切れた。


「止められなかった。俺、弱くて……」


 そうか、とだけ短く答えるシャール。


 声色は淡々としている。


「剣には握り方や振り方がある。私が見るに、君たちはまるで素人だな。それで討伐依頼など、私には緩慢な自殺に思える」


 一切の斟酌もない厳しい言葉だった。


 だがとシャールはリッキーの肩に手を置く。


「リッキー、君は止めようとしていたように思える」


 うん、とリッキーが頷いた。


「でも、結局俺も流されちまって──」


「周囲に合わせなければならない事も、生きていればあるだろう。ただ、それで時と場所を考えたほうがいいな。自分の命にかかわるなら特に」


 シャールの視線が今度はヴァンスに向けられた。


 傷の手当てを受けながら、ヴァンスはその視線を受け止めることができない。顔を背け、唇を噛み締めている。


「なぜ助かったかわかるか? それは私がリッキーを心配したからだ。リッキー以外の三人の事は──まあ、しいて言えばどうでも良かった。もしギルドの前にいた君たちの中にリッキーの姿がなければ、私たちはこうして追ったりはしなかった」


 ヴァンスの喉がごくりと鳴る音が静まり返った森に響いた。


 彼は何かを言い返そうとしたが言葉にならなかった。肩の激痛と失血による目眩だけが理由ではない。目の前の男が放つ言葉の冷たさと重みが彼の未熟な自尊心を粉々に打ち砕いていたからだ。


「偶然だ。私たちがここへ来たのも、君たちが生き延びたのも」


 シャールは淡々と言葉を継ぐ。


「私がリッキーと知り合ったのは倉庫の解体現場だった。その次は薬草採取。どれも君たちが鼻で笑い、見向きもしなかった雑用だ」


 ヴァンスの顔が歪む。図星だったからだ。彼は銅貨数枚にしかならない地味な仕事を軽蔑していた。冒険者とはもっと華々しく、剣一本で富と名声をつかむものだと信じて疑わなかった。


「だがな、その雑用が君を救ったんだ」


 シャールはリッキーに視線を移す。


「現場で共に汗を流した。水を分け合った。他愛のない話をした。そうやって積み上げた時間だけが私を動かす理由になった」


 風が吹き抜け、梢を揺らす。


 木漏れ日が血に濡れた地面にまだら模様を描いていた。


「もしリッキーが君たちと同じように一攫千金を夢見て雑用を疎かにしていたら、私は彼と出会うことはなかっただろう。当然、今日のこの場所で君たちが小鬼の餌食になっていたとしても、私は気づきもしなかった」


 それは残酷なまでの事実の提示であった。


 英雄譚にあるような、通りすがりの正義の味方はここにはいない。


 ここにあるのはただ「縁」という名の、不確かな繋がりだけである。


 そしてその縁は泥にまみれ、地べたを這いつくばるような日常の中でしか結ばれなかったものだ。


「君が馬鹿にした銅貨稼ぎの日々が巡り巡って君の命を拾ったのだ。皮肉なものだな」


 ヴァンスは唇を噛み締めた。血が滲むほどに強く。


 悔しさがあった。惨めさがあった。だがそれ以上に、己の浅はかさを認めざるを得ない圧倒的な現実がそこに横たわっていた。


 セフィラが包帯を巻き終え、静かに立ち上がる。


「処置は終わりました。ですが傷は深いです。すぐに街へ戻り、神殿で治癒魔法を受けたほうがよろしいでしょう」


 彼女の声には慈愛が含まれていたが同時に突き放すような厳しさも秘められていた。


 ヴァンスはおぼつかない足取りで立ち上がろうとする。よろめいた彼を、トトとミランが慌てて支えた。彼らの顔からはもはや功名心などという寿命を縮めるモノは消え失せ、代わりに安堵と──畏怖が浮かんでいた。


 リッキーが慕う()()と自分達では文字通り格が違う。それを心底から理解したのだろう。


「……リッキー」


 ヴァンスが絞り出すように言った。


「お前の……おかげだ。ありがとう。シャル……さんも、助かりました。ありがとうございます」


 リッキーは戸惑ったようにシャールを見る。


 シャールは無言で頷いてみせた。


「では日が暮れる前に引き返すか」


 シャールはそう言って足元の小鬼の死骸を顎で示す。


「夜の森はまた一味違うと聞いている。別の魔物が死体に釣られてあらわれるということもあるらしい。小鬼の死骸を片付けたい所だが余り時間がない」


 一同に異論はなかった。




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