三十七話 メイドだなんてもったいない!? 8
エスピリカはスライムの存在を知った途端に取り乱し、奴を排除せんと必死に手を動かし続けた。
そしてそれ即ち。今こそが好機という事なのである……彼女には悪いが。
「よし、今だ!!」
そうして俺は側にいた魔物を蹴り、跳ねるように上へ飛んだ。
エスピリカへと敗北をくれてやるため。
……しかし、本当に何故エスピリカはあそこまで狼狽えているのだろうか?
スライムには触れるというのに。それ自体を嫌っているという訳でもなかろうに。そこにスライムがいては困る何かしらがあるとでもいうのだろうか?
というか、あのスライムもスライムだ。確かに下は戦場と化しているとはいえ、何故アイツはそこまでしてエスピリカに執着するのだろう?
いや、待てよ…………ああ。なるほどそういう事か。
そうか、そうだったのか。
ならば、これは正確に言えば好機などではなく。〝あの時〟から、勝利へと続く単なる一本道に過ぎなかったという訳か。俺にはそれが見えていなかったというだけで。
そう、〝あの時〟から……あのスライムが、彼女の頭上へと移動を終えたその時から。
俺の勝ちは、運命は決まっていたのだ……とにかく。
俺は彼女へと徐々に近付いて行った。
「こら!!いい加減にしなさいよぉ!!あっち行け!!こらぁ〜!!」
だが一方で、彼女はまだ俺の存在には気付いていない、というかそれ所ではないらしく今も尚スライムを追い払おうと大慌てだ。
最早そちらにしか目は向いておらず、ゴーレム達への指示も滞っているという有様である。
まあ、こちらにとってはその方が都合が良い。
彼女のばら撒いた浮揚石のうち一つに着地した俺は銅の剣を懐に収め、今のうちにとエスピリカの背後で〝ある物〟を次々に回収してゆく。
彼女に動きがあったのは、それから数秒後の事であった。
「ハァ、ハァ……しつこかったですが、何とか追い払えましたねぇ……」
どうやら無事にスライムを叩き出す事に成功したようで、彼女は荒い息をしながらもその顔には僅かに余裕の表情が戻っていた。
残念ながら、既に勝利までの下準備は全て終わっていると言うのにも関わらずな。
俺は背後から、エスピリカへと語り掛けた。
「エスピリカ、お前の真なる天敵はドラゴンでもサラマンダーでもなく、あのスライムだったんだな。
お前が想像以上に狼狽えていたのは何故だろうと気になっていたが、漸くその訳が分かったよ」
「な、ななな!?お、お前は教育係の……!?いつの間に!?」
「お前の術に必須であるこの浮揚石。こいつは確か魔物の肉を素材とし、そのガスを利用して浮かんでいるんだったな?
そして、そのガスとは腐敗によるもの……それを餌と誤認したスライムがやって来たからこそ、お前はあそこまで取り乱してしまった。そうだろう?
こうして、俺に背後を取られた事にすら気付かぬ程にな……何せ、それが餌だろうが何だろうが、とにかく腹に入れると言うのが悪食であるスライムの生まれ持った性なんだ。焦る気持ちは分からんでもない」
「お、お前、何故それを!?……い、いや!!例えそれが分かった所でお前に何が出来るというのですかぁ!?
この場でアタシに勝てるとでも!?いいえ、そんなはずはありません!!この浮揚石さえあれば、アタシは…………あれ?
ふ、浮揚石が……浮揚石が無いぃ!?」
俺との会話を続けるうち、エスピリカは再び狼狽え始めたかと思えば、今度はまたすぐに無言のまま顔を青したりと、とにかく色々と忙しない様子であった。
まあ、無理もない。何故ならば彼女の相棒とも言える浮揚石は既に俺と彼女の乗るモノ、ただの二つしか有りはしなかったのだから。
残るは全て我が懐、マジックバックの中だ……それは何故かと言うとだな。
「ああ、あれか。あのままスライムに喰われてしまっては良くないと思ってな、俺が全て回収しておいた。
せっかくお前が寝る間も惜しんで開発したものだ。それを魔物の餌にするなどあまりにも〝もったいない〟からな」
今言った通りだ。そう、先程俺が〝ある物〟と呼んだ浮揚石は、あの時に全て回収済みなのである。
……すると、それを聞いたエスピリカが。
「!?……い、今、〝もったいない〟と言いましたか?まさか本当に、お前は……いや!!
あ、アナタ様は…………!!」
ただでさえ青白い顔をしているというのに、お次はその手足を。そして、最終的には全身をわなわなと震わせ始めた。
また、それは悪寒や痙攣などではなく。十中八九、先程俺が放った常套句(?)をきっかけとしたものであろう。
そう、エスピリカはある真実に気付き始めているのだ。よって彼女の体調を心配する必要は一切として無いのである。
……なんて冗談はともかくとして。
なあエスピリカよ、説得よりもその一言の方で気が付くとはどういう事なんだ?……俺は一体、彼女にどう思われているのだろうか……?
いや、それよりも。
それで気付くのならば、もっと早く言っておいた方が良かったというか、そうすればここまで状況が悪化せずに済んだのではないだろうか……?
ま、まあ良い、もう終わった話だ。ひとまず今は会話を続けるとしよう。
「ああ、その通りだ。だが、今一度名乗らせてもらおう、この俺こそがアルス・アルキミアだ。エスピリカよ、これでやっと分かってくれたか?」
「あ、あぁ……お、お師匠様!!本当にお師匠なのですね!!あ、アタシはお師匠様に何て事を……
お師匠様!!このエスピリカ、お師匠様にとんでもないご無礼を働いてしまいました!!
本当に申し訳ございません……どうか、どうかお許し下さいまし!!」
「ボソリ(まあ、さっきからずっと本人だと言ってたんだがな……)、じゃなくて。
よく聞けエスピリカ。確かにお前はとんでもない過ちを犯した。
ただし、俺に対しての言動はこの際どうでも良い。間違いなど誰にでもあるからな、水に流すとしよう。
しかし、お前は無関係の者達を悪戯に傷付けただけでなく、連れ去り、危険に晒し、無理矢理に傀儡とまでした……それは決して許される事ではない。一歩間違えば死人が出ていたんだぞ?」
「は、はい、全くもってその通りに御座います、お師匠様……ですからこのアタシ、エスピリカは。いかなる処分もお受けする覚悟に御座います……」
「ああ、お前には必ずやその罪に相応しい罰をくれてやらねばならないだろう……だがな」
「え?」
「それは暴挙に他ならぬとは言え、不器用な我が愛弟子が師のためとした事だ。だからエスピリカ、安心しろ、その罪は俺も共に背負わせてもらう……お前一人に苦しい思いをさせるつもりはない」
「お、お師匠様……!!」
「フッ……それにしてもエスピリカ、お前随分と成長したな。それに、こうして顔を合わせるのも約二年振りか……さあ、こっちにおいで。今までずっと一人で寂しかったろう」
「……お師匠様ぁ!!お師匠様ぁ!!うわ〜ん!!すみませんでした!!本当にすみませんでしたぁ!!」
「全く、仕方のない奴だな……だがエスピリカよ、泣くのにはまだ早いぞ?そうするのは自分の不始末をきちんと片付けた後だ、出来るな?」
「はい!!勿論ですお師匠様!!この不肖エスピリカに全てお任せ下さいまし!!」
「いいや、後始末は二人でだ。さっきも言っただろう?お前一人に苦しい思いをさせるつもりはないと。
よし、では始めるとしようか」
何だか後半に少し、釈然としないような気分となってしまったが……とにかく、とにかくだ。
こうして戦いは俺達の勝利に終わった。
……終わり良ければ全て良し、なのである。
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