三十二話 メイドだなんてもったいない!? 3
「おや……アタシの仮面、割られてしまいましたか。流石はヨルダ様、と言った所でしょうか……ムヒヒ」
陽光届かぬダンジョン最奥にあれど、漸く白日の下に晒される事となったエスピリカの素顔、それは。
夜と、宵っ張りを好む彼女だからこそ、『そこにある事それ自体』がまず平常である青黒い眼下のクマ。
また何処か不安定な輝きを発したまま、真っ直ぐにこちらへと向けられているその瞳の中には、黒色かつ開き気味の瞳孔が存在している。
(ちなみに、それもまた目下のクマと同様、寝不足を原因としたものだ)
そして最後に、その下にある口元はと言うと。
上半分がまるで猫のようなカーブを描いていて、何というか、ええと……そう、まるで『ω』のようであるという。
とにかく。よく覚えのあるそれらは確かに、確かに。
俺の知るエスピリカ、それが彼女本人だと認めざるを得ない何よりの証拠であった。
とはいえ、俺かて薄々は勘付いていたが。
だが、それでもだ。それでも本当に、本当に驚いた……まさか、彼女が生きていたとはな……まさに青天の霹靂。そうとしか喩えようがない。
しかし、気になる点が一つも無いかと言えば嘘になる……が、それらは多少なりとも冷静となれた今となっては、容易に推察が可能だった。
例えば、前にも言ったが彼女の持つ白髪がそうだ。
以前のエスピリカは、今のそれとは対極にある黒色の髪をしていたはず……なのだが。
よくよく考えてみれば俺自身も長年の錬金術の使用によって髪色が変化しているのだ。彼女もそうである可能性など十二分にあると言えよう。
それに先程、左目に装着している鑑定透鏡で確認した彼女のステータスもだ。
[ Lv ]78
[ 体力 ]6453
[ 魔 力 ]768
[ 攻撃力 ]576
[ 防御力 ]654
[ 俊敏性 ]803
そのステータスは上記した通り非常に高く、以前の数値とは比べ物にならない程である。
とはいえ、こちらも『長年の経験が彼女をここまで連れて来た』と考察すればすぐにでも納得出来よう。
何せ死亡説まで囁かれていたのだ。だとすれば彼女は使用人期間を除いた二年間ずっと、街の外で一人野営でもしていたのかもしれないし……それに。
元々、非戦闘職としては珍しく戦いの才があった彼女だ。その野営とは魔物達と戦い、居場所を、食料を。それらを勝ち取りながら繰り返される武者修行同然の日々であっても何ら不思議ではない。
などと予測すれば、尚更にな。
……と、そうして俺は徐々にではあるが。
エスピリカの再来が事実であるとそう自身に言い聞かせるかのようにして、少しずつ彼女の存在を認めつつあった。
加えて、その間に新たな策をも見出した。
それは、『彼女がエスピリカ本人であるのならば、俺の名を使えば誰一人傷付く事なくこの場を収められるだろう』という、新たなる策……
つまりは俺が自身の名を、正体を明かし。彼女を説得すればそれだけで済むと考え付いたのである。
さて、そうと決まればぼんやりとしている時間が惜しい。さっさと行動に移すとしようか。
「さあさあ!もっと抵抗しても良いんですよヨルダ様ぁ!これまで自分の罪とも碌に向き合わずのうのうと生きてきた貴女には、その方がよりたっぷりと苦痛を味わわせる事が出来るでしょうからねぇ……
さあ、キメラゴーレム!!ヨルダにこれでもかと言う程の斬撃をくれてやるのですよぉ!!」
エスピリカも動き出そうとしている事だしな。
「ユーデリア!そこを動くなよ!」
「えっ!?ちょ、ちょっと先生!?」
という事で、俺はすぐさま彼女等とヨルダとの間に差し入りゴーレムの剣を素手で受け止めると。
「ア、アルス!!」
「……お前ぇ、邪魔するつもりですかぁ!?」
流石、俺の一番弟子と言った所だろうか。ヨルダから斬り付けられた時もそうだったが、臆するでもなく怯むでもなく、こちらへと威圧的な眼光を飛ばすエスピリカ……
そんな彼女を説得すべく、俺は語り掛けた。
「待てエスピリカ!もし、お前の師匠が今この場にいて、ヨルダに贖罪の必要は無いと言ったらお前はどうする?」
「何ですかぁ?手前がそうだとでも言いたいんですかぁ?
そんな訳ないでしょう!!今や『国崩し』となられたお師匠様は、お上を相手取って戦いの日々を送っていられるのですよぉ!?そのように多忙なお師匠様がこんな所にいるはずがないでしょうが!!」
しかし、エスピリカは語りもまだ冒頭であるというのにかなり興奮している様子だ。
例え話がすぐに俺自身の事だと気付いた時の察しの良さから、初めは冷静であるように見えたのだが、そうではなかったのか……?
いや、もしかすると。師匠の話を持ち出したのが逆効果というか、彼女の激高のトリガーとなってしまったのかもしれないな。
「い、いや、別に戦いに明け暮れているとかそういう訳ではないんだが……」
「だから!!お前に何が分かると言うんですかぁ!?お師匠様がそうするのにはきっとご崇高な考えがお有りなのです!!それが分かったらもう二度とお師匠様を語らないで下さい!!不愉快です!!」
「ま、待てエスピリカ!!落ち着け!!とにかく、すぐには信じられないだろうが正真正銘……」
そうして、俺が名乗りを上げようとしたまさにその時。
「ア、アルス!!それ以上は……!!」
何故だか焦るヨルダが、背後から俺の肩を掴み言った。
一体何だと言うのだろう?すまないが、今は彼女と話している場合ではないのだが……いや、気にしている暇も無いな。
「ヨルダ、悪いが後にしてくれ……とにかく聞いてくれエスピリカ!!この俺こそが『国崩し』、アルス・アルキミアなんだ!!
そして俺は、あの時追放された事を恨んでもいなければ、ギルドの者達に復讐しようなどともこれっぽっちも思っていない!!当時の俺はまだ未熟だった!!そうなるのも仕方がないんだ!!
だからエスピリカ、バカな真似はすぐに止めるんだ!!今ならまだ間に合……」
「いいえ止めません!!確かに今のお前はお師匠様と同じような事を言っていますけどねぇ……その話をする時のお師匠様の横顔はいつも悲しそうでした!!きっと何かを堪えているのでしょう!!耐え続けて来たのでしょう!!
ああ、なんとお優しい事か……でも、もうその必要はないんです!!執行人はこのアタシ、エスピリカが引き受けたのですからねぇ!!
そうだ、こうしちゃいられません……さあ偽物!!いい加減そこを退きなさい!!そうでないのならばヨルダ諸共斬り刻んでくれますよぉ!!」
……ダメだ、このままでは埒が明かない。
それどころか、これ以上彼女を刺激しては戦闘が避けられない事態となるでろう。
しかし、無言でいてはどの道……ええい、仕方がない。
こうなれば、すぐにでも信じてもらうため仮面を外すとしよう。というか、もっと早くからそうすべきだったな。
そうして、俺は仮面に空いた片方の手を掛けた。
背後にて狼狽えるヨルダに気付かぬまま。彼女の言葉の真意にも気付かぬまま。そして。
「せ、先生が……国崩し……?」
一町程離れただ一人こちらを見遣る、ユーデリアに俺の正体が露見してしまったという事にも。
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