十四話 退屈だなんてもったいない!!
「…………すまないヨルダ。少し熱くなってしまったな。だが、これでお前も気付いたはずだ。
俺は弟子を取らないのではない。正確に言えば『取る資格が無い』という事にな。
だからこそ、ユーデリアにはあくまでも教育係として接するつもりだ。悪く思わないでくれ」
漸く、話し終えた。
時間にすれば一分にも満たないのだろうが、体感としては数十分、数時間にも思えた程だ。
やはり、反省というのは胸に来るものだな。それが人一人の命を奪った事に対する戒め、後悔となれば尚更にだ。
胸痛のせいか、自身の表情が酷く醜いものに移り変わろうとしているのが手に取るように分かる。
もう間も無く、悲哀に塗れた顔が浮かび上がるだろう。それが俺の望みでなくとも、どう足掻いてもだ。
そんな顔、ヨルダに見られたくはなかった。惨めにも程があるし、何より彼女のした質問のせいでこうなったと思わせてしまうのは真っ平御免だ。
俺は身を翻し、今度こそ彼女の元を離れる。
「では、今度こそ失礼する……」
「アルス!」
「ん?」
「その、何だ……色々とすまなかった。だが、お前の気持ちはよく分かったよ。話してくれた事に感謝する……そして、お前を無理矢理に連れて来てしまった事に対しても謝らせて欲しい。本当にすまなかった」
「……気にするな。姉がたった一人の妹のためを想いした事だ、俺が何を責められるものでもない」
最後に短く、ヨルダとそのようなやり取りを交わした後。
全く、一介の錬金術師を相手にわざわざ隊長殿が謝罪するとは随分とまた律儀なものだ。
だがお陰でほんの少し、気分が晴れた。ヨルダ、お前には礼を言わなくてはならないな。
ひとまず今は胸中のみでとさせてもらうが。
翌朝、俺の目覚めはあまり良いものとは言えなかった。
どれもこれも、俺が部屋に戻った直後にルームメイトであるサブリナが奇行を始めたせいだ。
昨晩は確か、また壁の隅でぶつぶつと何やら呟いていたかと思えば。今度は急に「でも、アルスと一緒にいられて嬉しい……」などと言って俺のベッドに潜り込み。直後にまた「ヤダ、私ったら……!!」と顔を赤くして壁に隅に戻るという事を繰り返していた。
お陰ですっかり寝不足だ。朝を知らせる暖かい陽光でさえも、この瞼を完全に開き切る事は出来ぬ程に。
その一方で、サブリナはまだ夢の中だ。彼女は未だ壁とベッドとの間に転落したまま寝息を立てている。俺とは裏腹に、その瞳を闇に沈めたまま。
と言うか、意外と寝相悪いなコイツ。いや、昔のままと言った方が正しいか。
はぁ、人の睡眠時間を奪っておいてこれとは。全くもって素晴らしいものだな。サブリナよ、お前には使用人の才能があるぞ。
勿論、色々な意味でな……まあ皮肉を言うのはここまでにして、いい加減彼女を起こしてやるとしようか。
俺は眠りの谷という名の壁際に落下した彼女を掬い上げるようにして手を伸ばし、声を掛けた。
「おいサブリナ、おい起きろ、もう朝だぞ。今日はこれから使用人の仕事とやらを教わるんだろう?そんな所に挟まってないで早く起きろ」
「う〜ん何よもう、人がぐっすり寝てるって言うのに……ってアルス!?ど、どどどどうしてアルスがここにいるの!?」
するとサブリナは覚醒した途端に騒ぎ、赤面を始めた。もぞもぞと隅で動く様はまるで芋虫のように、ただし真っ赤なその顔だけはまるで太陽が如く。
ダメだ、ご覧の通りまだ寝ぼけているらしい。時間は刻一刻と過ぎていくというのに……仕方ない、俺がどうにかするしかないな。
「はぁ、ほらサブリナ。いいから準備するぞ」
「あ、ちょ、ちょっとアルス!!もう起きたから!!起きたから離して!!ねえちょっと、恥ずかしいから離してってば!!」
そうして俺はサブリナを抱きかかえるとそのまま洗面台の前へと彼女を運び、洗顔、歯磨き、身だしなみの整えを共に全て終わらせるのだった。
そう、本来は使用人であるはずの彼女とそのようにして。
使用人の使用人という需要があるのかも分からぬ仕事を終え、俺は屋敷の中を歩き進めていた。
サブリナとは途中で別れた。アイツは先も言ったように、これから先輩メイド達にこの屋敷や使用人としてのあれこれを教わるのだと言う。
「……ほんの少し、サブリナが羨ましいな」
すれ違うメイド達に顔を隠すのも兼ねて会釈し、周囲の彫刻や装飾品等に目をやる。その最中呟いたのは何となしにではあるが、一応理由はある事にはあった。
……実はだな。
今現在、俺には何の当てもなければ目的もない。ただただこうして、ぶらぶらと歩行しているだけであるのだ。
その原因は勿論、ユーデリアの一件である。
彼女に突っぱねられ、ヨルダの説得も難航し、斯くして教育係を保留されている今。俺は無職と呼んでも過言ではないような状態に置かれているのだ。
まあ、前にも言っているのだから分かるとは思うが……しかし、なかなかどうして悩ましいものだな。
何せものの見事に、一切として、これっぽっちも為すべき物事が存在しないのだから。暇も暇、これぞ退屈の極致である。
もういっその事、勝手にボランティアと称してこの屋敷内に錬成した物を色々と配置してみるか?
いや、やっぱり素材がもったいないから止めておこう。それに、『こらアルス!妙な物を屋敷に置くな!持ち込むな!』などと言ってヨルダに叱られる恐れもあるしな。
さて、どうしたものか……
「……おや?」
と、そんな時だった。
庭から屋敷の裏手に回ろうとしている、一人の娘の姿がこの目に入ったのは。
それはまた随分と気の強そうな娘だった。纏められた赤髪の下に覗くその目付きは鋭く。眉間には常にあるのだろう、皺が寄せられているのが遠目からでも分かる。
あれではせっかくの端麗な容姿が台無し……とまでは言わないが、それでも自ずと評価は下がってしまうであろう事は言うまでもない。
恐らくだが、彼女こそがユーデリア・ヒルデガルンなのだと思われる。
庭師のような道具も持たずそこにいて、尚且つ使用人達とはまた異なる服装をしているのだ。むしろそうでないのならば不審者か侵入者のうちどちらかであろう。
しかし、意外だった。初対面(対面はしていないが)は当然として、それ以降一度も姿を見せずにいたからてっきり彼女は部屋に引き篭もっているのだとばかり思っていたが、そうではなかったんだな。
まあ、それはともかくとして。一体彼女は何処に行くのだろうか?
確か屋敷の裏手には、やや草臥れた小屋のようなものしかなかったはずだが……?もしや、そこは彼女のアトリエか何かなのか?
……ついて行ってみようか。ヨルダにも彼女の事は気に掛けておくと宣言してしまったのだからな。
そうして、漸く暇潰……今為すべき事を彼女の背に見出した俺は、屋敷の外へ出て行くのだった。
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