十一話 師匠だなんてもったいない!!
「アルスよ。お前には私の妹であるユーデリア・ヒルデガルンの教育係となってほしいんだ」
ヨルダはそう告げた。彼女の妹だというユーデリア・ヒルデガルンなる人物の教育係になれと。
しかも、当然ながらその役目を与えられたのはご存知錬金術師であるこの俺だ。
だとすればユーデリアの職業は俺と同じか、異なるとしてもある程度は似通ったものと見て相違ないだろう。
……ふぅ。正直ホッとした。
もっともっとキツく耐え難い、まるで奴隷のような日々を送る羽目になるかと内心ヒヤヒヤしていたからな。
それくらいなら容易いものだ。教育係と言っても所詮は家庭教師に毛が生えた程度。
(俺が行うであろう役目としてはな、多分だが)
俺が今まで培ってきた知識や経験の話を淡々としていれば、ただそれだけで済む話であろう。
懸念があるとすれば、その妹とやらがヨルダと想像以上に年が離れていて……まあ要するに、『クソガキかどうか』というくらいだな。
その相手となると流石に面倒……
「いや、お前の実力は買っている。だからもっと言えば、お前とユーデリアが師弟関係を結んでほしいというのが理想なのだが、どうだ?」
だが、続け様にヨルダから放たれた発言に。俺は途端に身震いしてしまう程の抵抗と嫌悪の感を覚え。
そして、突き放すようにこう言った。正確に言えば、自然と口がそのように動いてしまったのだ。
「その条件を呑んでくれるというのならば、報酬を更に上乗せしても構わ」
「ダメだ!!」
「!?ア、アルス……!?」
瞬間、ヨルダとサブリナの肩がぴくりと跳ねる。俺の剣幕に余程驚いたのだろう。
しかしそれで終わりではなく、俺の口からは次々と言の葉が溢れ出て来る。
「ヨルダ、悪いが無理だ。俺が今どんな状況に置かれているのかは重々承知している。だが、それでもダメだ。それだけはダメなんだ。それだけはいくら金を積まれようが首を縦に振る事は出来ない」
「ア、アルス……」
「頼む、分かってくれヨルダ。それだけはダメなんだ」
「い、いや、良いんだ。教育係としてあの子の側にいてくれるならそれだけで……私こそ、無理を言ってすまなかったな」
「……」
そして遂に俺が沈黙した時。それは、この場の静寂と同義であった。
そう、以降のヨルダは俺を問い詰めず、無理強いもせずそのままにしておいてくれたのだ。
或いは、これ以上踏み込むべきではないと考えたのかもしれないがな。
だがこれだけは、そうだという意志表示だけはしておかなければならなかったのだから、仕方がない。
俺にはもう、弟子を取る資格など無いのだ。
静寂を宿した馬車という名の揺籠に運ばれ、俺達は遂にヨルダの邸宅へと無事到着した。
そうだ、邸宅だ。つまりはお屋敷だ。ヨルダの奴、なかなか良い生活を堪能していたらしい。
まあ隊長殿と言うのだから、それなりにとは思っていたが……それでもだ。
それは俺の予想を大きく上回っていたのだ。
三階建ての屋敷は通常の民家の数倍は大きく。小ぢんまりとはしているが庭付き。しかも中には高価そうな彫刻や壺やら何やらもある癖して、そのどれもが隅々まで手入れが行き届いている。
まるで何処ぞの城主、でなくとも中流階級レベルにあるのは間違いないだろう。これはまた凄い人物に目を付けられてしまったものだ。
そこに唯一救いがあるとすれば、この邸宅の存在する場所が王都とは若干離れている事であろう。
既に俺の手配書、人相書き等は国中にばら撒かれてしまっているだろうが、ここでならばまあ、多少の平穏は望めるかもしれない。
とは言え、外出時の変装は必須だがな……そう言えば仮面も壊れてしまったのだし、またアレも作らなければならないな。
ヨルダに頼んで、明日にでもこの邸宅内にアトリエを用意してもらうとするか……
「素敵ね、こんな所でアルスと一緒に暮らせるだなんて……まるでお姫様になったみたいでドキドキしちゃうわ!ねえ、アルスもそう思わない?」
一方で、サブリナは未だ気楽と言うか、無頓着と言うか……とにかく、そんな様子でいる。
そのようにしてこちらへと向けられる、ニコニコとした彼女の笑みはさながら俺を励ます太陽のようだ。
いや、純粋無垢と言った方が良いか……まあ立場はともあれ、彼女にはむしろそうしてもらっていた方が俺の精神衛生上は都合が良い、のかもしれないな。
「……フフ、あまりはしゃぎ過ぎるなよサブリナ。あと『俺と一緒に暮らせる』というのは、また少し違うと思うんだが」
そう言い、サブリナを窘めるつもりでいたのだが。彼女からは反省に代わり殊更に眩しい笑みを寄越された。
「アルス、やっと笑ってくれたわね。良かった……これで少しははしゃいだ甲斐があるってものよ」
そうかコイツ。俺に気を遣って敢えてそうしていたのか。なら、先程の陽光は本当に俺のため発せられていたのだな。
いやでも、それにしては。
「演技の割には随分と目が輝いていたように見えたが?」
「え!?あ、いや……ま、まあ。それもそれで、全部演技だって言うと嘘になるけど……」
「慌てなくて良いさ、お前が俺を心配してくれていたのは紛れも無い事実なんだからな。ありがとうサブリナ」
「きゃっ!?ちょ、ちょっとアルス!?きゅ、急に頭撫でないでよ……他の人に見られたら恥ずかしいわ」
「もう少ししたらヨルダが戻って来るだろう。恥ずかしくても何でも良いから、そのまま大人しくしておいてくれ」
「で、でも……」
と、言う訳で無事サブリナの動きを封じた(?)俺は、彼女と共にヨルダの帰還を待つ事にした。
このお屋敷の城主様は現在、外で引き連れていたキャラバンを一度解散させているそうだからな。
そうして兵士に少しの休暇を与えた後、また彼女達はキャラバンとして視察の旅を続けるのだろう。
いや、待てよ……本当にそうだろうか?
ドルガは改心したのだ。あの付近の村落はもう賊の襲撃に怯える必要はなくなり、魔物には普段通りの対策を行えるだろう。つまり巡視の必要もまたなくなるはずであるのだ。
ならば、何故わざわざ〝一度〟の解散なんだろう。これにて視察団は終了、という訳にはいかないのだろうか?
いや、よくよく考えてみれば単純に『調査の方はまだ終わっていないから』か。
まあ、それもそうだな。国に仕える身の者達が、テキトーな仕事など出来るはずもない……
「待たせたな二人共!!それではまず、ユーデリアにもお前達の紹介を……」
などと考えていたら、漸くヨルダのお出ましだ。
「って……お、お前達、何してるんだ?」
「何って、サブリナの頭を撫でているのさ」
「ちょ、アルス!!多分ヨルダさんはそういう事を聞いてるんじゃなくて……っていうかそろそろ止めて!!」
現れた途端に困惑するヨルダ。赤面するサブリナ。唯一として平静を保っているのはこの俺だけだ。
とにかく、そうして俺達はユーデリアのいるという部屋へと、ヨルダの先導で向かい始めるのだった。
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