九話 離れるなんてもったいない!! 3
…………終わった。
ドルガを守るためとは言え、視察団の隊長殿に顔を晒してしまう事になるとは。
「お前、よくも……!?お、お前!?国崩し……いや、アルスか!?」
しかもそれだけでなく、ヨルダは俺の事を覚えているというおまけ付きだ。もう終わりだ。本当にもう、何もかも終わりだ。
一体、俺はこれからどうしたら良いのだろう?この際だから開き直って全員を撃退してしまった方が良いのだろうか?
いや、すぐにでもここを立ち去るべきか。
ああそうだな、それが良い。
「ドルガ。突然だがここでお別れだ。お前とこの村の人々は、皆俺に脅されて仕方なく滞在を許していたという事にしておいてくれ。皆に迷惑を掛けたくはないからな」
「ア、アニキ!!そんな……!!」
「それと、悪いが俺に代わってサブリナに謝罪しておいてくれないか?挨拶の一つも無しに村を去るこの甲斐性無しをどうか許してくれ、とな……」
「待ってください!!アニキー!!」
そうして俺は素早く顔を手で覆い、ドルガとヨルダをすり抜けるようにして村の外へと駆け出す。
……はず、だったのだが。
そんな俺を止めたのはヨルダだった。
「待って!行かないでくれアルス!」
「ヨ、ヨルダ!?お前何を」
「会いたかった……」
「!?」
「頼む、そのまま聞いてくれ」
突然にもヨルダからの抱擁を受け、彼女の赤髪が顔に掛かるその中で。そんな言葉を耳にした俺は、思わず静止してしまう。
訳が分からず、思考までもが停止した今。最早そうする事しか出来なかったのだ。
それから数十分が経過しただろうか。俺は漸く解放され自宅へと戻って来る事が出来た。
にも関わらず、今は寝室にて身支度を整えているまさにその最中であった。
それは……ヨルダ・ヒルデガルン。間近にて囁くように発せられた、彼女との取引に応じたからだ。
『正体を伏せておく代わりに、彼女の元へ行く』という、俺は首を縦に振る事しか出来ないそのような取引に。
まあ良い。もう受け入れてしまったのものは仕方がない。と言うか、どの道この村に長居するつもりはなかったのだ。むしろこれで良かったのかもしれない。
それで後は隙を見てヨルダの元から抜け出せば、放浪の旅へと戻る事が出来るだろう。
居場所など、また探せば良いのだ。どうせ今だって、そんなものはないも同然なのだから。
……すると、その時。
自室の戸が開け放たれるのが見えたかと思うと、そこからサブリナが飛び込んで来た。
「アルス!!視察団の隊長と何処かに行くって言うのは本当なの!?」
「な、お前一体何処でそれを……うわっ!?」
彼女は勢いのまま抱き付いて来た。そのせいで俺はよろめき、サブリナと共にベッドの上へと倒れ込んでしまう。
「とにかく、落ち着いてくれサブリナ。これには訳が」
「準備……してたの。じゃあやっぱり、あの話は本当だったのね……どうして!?どうしてなのアルス!?」
だがそれでもサブリナの興奮が収まる様子はなく。彼女は俺に顔を近付けると声を荒げそう言う。
「私、アナタが戻って来てくれて、凄く嬉しくて、なのに、それなのに……」
かと思えばその声には次第に嗚咽が混ざり始め、数秒後俺の頬には大粒の雨が降った。
彼女の泣き顔など、見たくはなかったが……しかし、最早後戻りは出来ない。
ならばいっその事、サブリナには一秒でも早く俺を諦めてもらうために包み隠さず話すとしようか。
もう、二度と会えないという事も。
俺は口を開いた。
「サブリナ、何処でその話を聞いたのかは分からないが、それは本当だ。俺は視察団と共にこの村を出て行く」
「だから……どうしてなのよ!?」
「顔を見られてしまってな。それで、俺の事を知っていた視察団の隊長と取引したんだ。正体を伏せておく代わりに、彼女の言う通りにすると」
「…………」
「とは言え、行った先で何をされるか分からん。だから隙を見て抜け出すつもりではあるが、俺はもうこの村に近付く事は無いだろう。そうすれば村人やパームさん、それにお前にも危険が及ぶかもしれない。サブリナ、分かってくれ。すまないがここでお別れだ。」
「…………」
「……なあサブリナ。お前にはきっと」
そこで漸くサブリナは動いた。
彼女は出し抜けに唇を重ねる事で俺の言葉を遮り。そしてまた不意に起き上がると。
「私はたった一つだけ……アルスが側にいて欲しいって願っただけなのに……どうして神様はそんな事も許してくれないの……?」
そう言って、家を飛び出して行った。
涙声で、振り絞るように。まるで絶望の淵で紡がれたかのように……彼女の声は、そのようにして俺の耳に入り込み、胸を締め付ける。
「…………サブリナ、本当にすまない」
別れのキスは、涙の味がした。
サブリナ。彼女が想うように、俺にもまたその想いが伝わったのだろうか。
その時の俺は、久方振りに覚えた悲哀という名の感情に思考を邪魔され。
暫くの間、ただベッドの上で天を見上げていた。
そして、これもまたそのせいであろう。
そのために、悲哀のために。俺は自宅の外で聞き耳を立てるヨルダに気が付く事など、出来はしなかった。
「……そうはさせんぞ」
旅立ちの朝、軽く自宅を掃除しそこを後にした俺を村人達は思いの外暖かく出迎えてくれた。
彼等もまたヨルダと同じく、俺の正体を知っているにも関わらずだ。どうやら色々と奉仕活動をしていたのが功を奏し、そしてその思いが村人達へと伝わったという事なのだろう。
俺は彼等からの餞別や謝辞の言葉を受け取った後、村の入り口へと向かい歩き始めた。
道中、ドルガとその仲間達にも出会った。彼等もまた俺に礼を告げ、皆で働いて得た金で買ったという銅の剣を手渡してくれた。
だがそれにしても、僅かな期間で随分と慕われたものである。最早その中に敵意を向けて来る者など皆無であり、むしろ笑みを、白い歯を溢す者達ばかりだった。
ただ一人、何処か申し訳なさそうに佇むドルガを除いて。そんな奴を見、気になった俺は声を掛ける。
「どうしたドルガ?お前にはこの村を任せたんだ。そんな辛気臭い顔ばかりしていては村人達が不安になってしまうぞ?」
「いえ、その……さ、最後にどうしても謝らないといけない事がありまして。すみませんアニキ!!サブリナさんにアニキが出て行くって話したの、実は俺なんです!!」
ドルガはまるで、悪戯をした幼子がそれを白状するかのように言った。普段は豪快かつ真面目な彼がこうもじもじとしているのは初めて見たような気がする。
「本当にすみません、アニキ……でも、あれだけ俺やアニキに良くしてくれたサブリナさんが何も教えられないだなんて。そんなの、あんまりだと思って……」
「ドルガ」
「は、はい!?」
「大丈夫だ、怒るつもりなんてないさ。サブリナと、そして俺の事を思ってお前はそうしてくれたんだろう?分かってるよ、ありがとうドルガ」
そして、そんな彼を俺は許した。ドルガのその行為に悪意など微塵も無く、むしろそれは善意の上で行われたものだというのは明白だったからだ。
「ア、アニキ……!!」
「もう一度言うが、この村はお前に任せた。これからはお前がこの村の人達を守るんだ。頼んだぞ、ドルガ」
「は、はい!!任せて下さい!!」
そうしてドルガとは最後に固く握手し、彼等を背に俺はまた歩き出す。
さて、そろそろヨルダが痺れを切らしてしまわぬとも限らない。急ぐとしようか。
向かった先でヨルダは俺を乗せるのであろう馬車を引き連れ、門前にて待ち構えていた。そこにいた唯一の村人、パームさんと共に。
つまり、サブリナはどうやら最後まで顔を見せてはくれぬという事らしい。まあでも、それはむしろ当然とすら言えるだろう。
あんな別れをしてしまったのだから……いや、これで良い。これで良かったんだ。
だからサブリナ。お前は俺の事など忘れてさっさと他の男を見つけるんだ。その方がきっとお前にとっても幸せだろうから、な。
俺は胸中でそう独りごち、門前へと近付いて行った。
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