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貴族の次男として入学したら、社交部に囲われました  作者: 仮眠


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9/16

閑話 甘い約束

普段より少しだけ早い時間。

社交部の部室には、いつもと違う匂いが漂っていた。


「ーー甘味の気配」


フィオレが、

鼻をひくひくさせる。


「まだ出来てませんよ」


アルトリアは、

エプロンの紐を結びながら言った。


机の上には、

計量された材料と、

借りてきた簡易オーブン。


「約束、ですから」


その言い方は、

どこか少しだけ硬い。


フィオレは椅子に腰掛けて、

足をぶらぶらさせた。


「うんうん」


「約束は大事」


「楽しみにしてたよ」


アルトリアは、

分量を確認しながら作業を進める。


粉をふるい、

卵を割り、

静かに混ぜる。


その手つきは、

妙に慣れていた。


「アルト」


「はい」


「お菓子、よく作るの?」


一瞬、手が止まる。


「ーーたまに」


「へえ」


フィオレは、

それ以上踏み込まない。


代わりに、

材料を覗き込む。


「これ、何になるの?」


「クッキーです」


「甘いやつ?」


「甘いです」


即答。


フィオレは嬉しそうに頷いた。


オーブンに入れて、待ち時間。


フィオレは、

机に頬杖をつく。


「ねえ」


「はい」


「昨日のこと」


アルトリアは、

一瞬だけ身構える。


フィオレは、

すぐに続けた。


「別にさ」


「無理に直さなくていいからね」


アルトリアは、

少し考えてから答える。


「ーーでも」


「気をつけることは、

できると思うので」


フィオレは、

ふっと笑った。


「真面目。約束もすぐ果たしに来るし」


「でも、まあ」


「それもアルトっぽい」


オーブンが、

小さく音を立てる。


焼き上がり。


アルトリアは、

慎重に天板を取り出した。


「ーーどうぞ」


差し出されたクッキーを、

フィオレは一枚つまむ。


一口。


また一口。


「ーーおいしい」


次々と消えていくクッキー。


「ちゃんと甘い。合格」


「ありがとうございます」


ほっとした声。


フィオレは、もう一枚取る。


「じゃあ」


「これで、黙ってるね」


アルトリアは、

思わず聞き返す。


「ーーいつまで、ですか」


フィオレは、

首を傾げる。


「隠す必要がなくなるまで?」


「でも、言うことはないと思うよ」


根拠のない断言。


でも、

不思議と不安はなかった。


フィオレは、

クッキーをかじりながら言う。


「隠すのってさ」


「疲れるでしょ」


アルトリアは、

小さく頷く。


「でも」


フィオレは、

何でもないことのように続ける。


「甘いものあると、

ちょっと楽になるよ」


それは、

慰めでも助言でもなかった。


ただの経験談。


アルトリアは、

ほんの少しだけ笑った。


「ーー次は」


「別のものも、作れます」


自然とそんな言葉が出ていた。


フィオレの目が輝く。


「ほんと?」


「じゃあ、次はケーキ」


「チョコたっぷりのやつで」


要求は多い。


でも、嫌な気はしなかった。


部室の外では、

いつも通りの学園の日常。


その中で、

小さな約束だけが増えた。


誰にも知られない、

甘い秘密として。

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