5話 甘い条件
廊下の窓から、午後の光が差し込んでいた。
社交部の活動が終わり、
それぞれが帰り支度をしている時間。
アルトリアは、
部室の隅で棚の整理をしていた。
特に頼まれたわけではない。
手を動かしていた方が、落ち着くからだ。
「アルト」
背後から、少し高い声。
振り向くと、フィオレが立っていた。
いつもと同じ、ふわふわした笑顔。
「なにか忘れ物?」
「ううん」
フィオレは首を振って、
少しだけ首を傾げる。
視線が、
アルトリアの手元に落ちた。
「ーーねえ」
ちょっとした間。ひそめられる声音。
嫌な予感がした。
「アルトってさ」
フィオレは、
ほんの一瞬だけ考える素振りを見せてから、
あっさり言った。
「女の子?」
空気が、止まる。
アルトリアは、
反射的に何も言えなかった。
否定の言葉も、
言い訳も、
どれも間に合わない。
「ーーどうして」
ようやく、それだけを口にする。
フィオレは肩をすくめた。
「なんとなく」
理由にならない理由。
「そういう感じがしただけ」
それで話は終わり、と言わんばかりに
窓の外へ視線を向ける。
(なんとなく、で見抜かれた?)
(それなら、他の人にもーー)
無意識に、自分の襟元に手が伸びる。
フィオレは、それをちゃんと見ていた。
「ーーああ」
小さく、納得した声。
「何がミスってたか、気になるんだね」
アルトリアは、
はっとして顔を上げる。
「他の人に、ばれないように」
図星だった。
否定も肯定もできず、
沈黙が落ちる。
フィオレは、
困ったように眉を下げた。
「そんなに気にする必要ないよ」
軽い調子。
だが、続く言葉は少しだけ真剣だった。
「でも、しいて言うならーー」
指を折りながら、思い出す。
「立つときの重心」
「接触しそうなとき、避け方が早すぎるとこ」
「あと、怪我してる人に触るときの距離とか」
一つ一つ、責めるでもなく、淡々と。
アルトリアは、言葉を失った。
そんなところから見抜かれるものだとは思わなかった。
「ーー直した方が、いいですか」
思わず、そう聞いてしまう。
フィオレは、即答しなかった。
少し考えてから、ふっと笑う。
「ううん、別に」
「今のままでも、困らないと思うよ?」
フィオレは、
くるりと背を向ける。
「このことは、言わないよ」
「言う意味、ないし」
数歩進んでから、ふてくされたように振り返る。
「信じてないでしょ」
指を一本立てる。
「じゃあ条件、出すね」
アルトリアは、また身構える。
フィオレは、にこっと笑った。
「後で、お菓子ちょうだい」
「甘いやつ」
一拍。
「それで、黙っといてあげる」
拍子抜けするほど、甘い条件。
「ーーそれだけ、ですか」
「うん」
「取引の方が、安心するでしょ?」
その言葉に、返す言葉が見つからない。
フィオレは、満足そうに頷いた。
「じゃ、約束」
「期待してるから」
一人残された部室で、
アルトリアは小さく息を吐く。
見抜かれた。
暴かれた。
でも、不思議と最初に感じた嫌な感じは消えていた。
棚の上に粉砂糖を見つけて、
アルトリアは思う。
(ーーお菓子)
隠すための努力が、
誰かの楽しみになるなら。
それは、
少しだけ悪くない取引だと思えた。




