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貴族の次男として入学したら、社交部に囲われました  作者: 仮眠


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4話 比較

とある教室の一角にてーー


「さすが○○さんの妹ね」


その言葉は、褒め言葉の形をしていた。

だからこそ、誰も悪意がない。

だからこそ、エステルは笑って頷くしかなかった。


教室の中心で、姉の名が飛び交う。

成績、功績、人脈。

話題の端に、必ず「妹」が添えられる。


エステル自身の名前は、

話の主語にならない。


(また、だ)


ノートを閉じたとき、

胸の奥に、小さく鈍い音がした。


ーーーーーーーーーー


「今日は、彼で遊ぼうか」


旧校舎の部室で、ルカがそう言った。

ノアは同時に、意味ありげに笑う。


「うん。アルトを使って遊ぼうか」


「ーー聞こえてます」


アルトリアは資料から顔を上げた。

資料には、本日訪れる予定のご令嬢に関する情報として、簡単なプロフィールなどがまとめられていた。


「安心して」

「今日は“お客様付き”だから邪魔はしないよ」


その言葉通り、ほどなくして令嬢が一人、部屋に通された。


扉が閉まる音は、必要以上に静かだった。


入ってきた少女は背筋を伸ばしている。

立ち居振る舞いは完璧だが、どこか硬い。

ーー失敗しないために、身につけた姿勢。


(ああ)


双子は視線を交わす。


(これは)

(面白そうだ)


名はエステル。

由緒ある子爵家の令嬢だが、表情に余裕はなかった。


「噂のーーフォスティア様、ですね」


「酷い噂じゃないと有り難いですね」


アルトリアが答えると、双子は何も言わず部屋の端へ下がった。


「今日は見学」

「ちゃんと見てるから」


(絶対に、見てるだけじゃないな)


アルトリアはそう思いながら、エステルに向き直る。


「それで」

「今日は、何についての相談ですか」


エステルは一瞬だけ言葉を探し、指を組んだ。


「ーー私の悩みは」


「姉と、ずっと比べられることです」


少し、意外だった。

恋愛でも、婚約でもない。


「どこへ行っても“さすが○○さんの妹”って言われるんです」


「何かを修めてもーー

見られているのは私じゃなくて、

姉の影ばかりな気がして」


アルトリアは、すぐには答えなかった。


「その状況で、あなたはどうなりたいんですか」


「私はーー姉を超えたいわけじゃありません」


エステルは、はっきりと言った。


「ただ、妹じゃない私を見てほしい」


「それは、難しいですね」


即答だった。


エステルの肩が、わずかに強張る。


「あなたが姉と同じ場所にいる限り、周囲は比べます」

「比べた方が、余計な事を考えなくて済むからです。誰々の妹というわかりやすさ。秀でているのは血筋のおかげ。こう捉えることは周囲にとって楽なんです」

「だから、あなたの努力の問題ではありません」


「ーーでは、私は」


アルトリアは指を二本立てた。


「目立つか、降りるか」


「降りるーー?」


「ええ、姉と同じ土俵から降りるんです」


沈黙。


双子が、同時に身を乗り出す。


「それって」

「逃げじゃない?」


エステルの代わりに、双子が茶々を入れてくる。


「逃げです」


迷いのない声だった。


「ただし、自分を守るために必要な逃げです」


「評価される場所に残るのも、離れるのも自由」


「“選ばない”という選択も、あります」


エステルは、すぐには答えられなかった。

だが、視線だけは下げなかった。


「ーーありがとうございます。少し考えてみますわ」


深く一礼して、部屋を出ていく。


扉が閉まる。


しばらく、誰も声を出さなかった。


軽口も、拍手もない。


アルトリアは何事もなかったように資料へ視線を戻す。


「ーーねえ」


ノアが先に口を開いた。


「今の、さ」


ルカが続ける。


「慰めてないし、答えもあげてない」

「でも、突き放してもない」


「ズルくない?」


アルトリアは首を傾げた。


「事実を言っただけです」


「評価されないの、慣れてる感じ」


ノアの声は、少し低かった。


「ーーそうですか?」


「うん」


ルカが笑う。


「僕たちさ、“比べられる側”なんだ」


「双子だから」

「同じ顔だから」


アルトリアは二人を見る。


「勝った、負けた、上だ、下だ。それで、楽しいですか」


双子は、答えなかった。


「比べられ続けるのが嫌なら、比べられない関係を選べばいい」


「でも、それって」


「双子をやめることじゃありません」


静かな声だった。


「“双子であること以外”を、持てばいいだけです」


その言葉は、

刃物のようでもあり、

救いのようでもあった。


「ーーやめよう」


ノアが言った。


「今日は、これ以上」


「そうだね」


二人は、アルトリアから一歩離れる。


アルトリアは、何も言わなかった。




そのまま、部室を出る。


廊下には、まだ微かに人の気配が残っていたが、

追いかけてくる足音はなかった。


旧校舎の外階段に出ると、

夕方の空気が、少し冷たい。


彼女は、そこに腰を下ろした。


使われなくなった階段。

評価も、役割も、理由もない場所。


鞄からノートを取り出す。

表紙に名前はない。


提出する相手も、

出来がいい必要もない。


ページを開く。

途中で止まった式。

書きかけの日記。

消されなかった走り書き。


ーー降りたのではない。


「降ろされた」


言葉にすると、

少しだけ正確になる。


選んだわけじゃない。

戦う余地がなくて、

そこから外されただけだ。


それなのに。


「目立つか、降りるか」


口にした自分の声を、思い出す。


まるで、自分は選んできたかのような言い方だった。


アルトリアは、ノートから視線を外した。


抗わなかった。

理由を問わなかった。

言われるがまま、席を空けた。


他人にあんな選択を迫るような資格を、

本当は、自分は持っていない。


(偉そうだったな)


声には出さない。

出せば、言い訳になる。


ノートの余白に、

彼女は一行、書き足した。

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