3話 噂
噂というものは、
本人の意思とは無関係に広がる。
アルトリア・フォスティアは、
それをこの日、身をもって理解することになった。
「ねえ、知ってる?」
「社交部に、新しい人が入ったんですって」
朝の回廊。
令嬢たちのひそひそ声が、やけに耳に入る。
「伯爵家の次男らしいわ」
「でも、すごく変わってるってーー」
(ーー嫌な予感がする)
アルトリアは、表情を変えずに歩調を早めた。
教室に入っても、空気は同じだった。
好奇と期待の入り混じった視線が、妙に多い。
「フォスティア様」
「ーーはい?」
「社交部に入ったって、本当ですか?」
「お手伝いしているだけです」
即答だった。
「でも、令嬢の相談に完璧に答えたってーー」
(もう尾ひれがついている)
「誤解です。
私は特別なことは何もしていません」
「それが特別なんですよ」
なぜか感心したように言われ、
アルトリアは言葉を切った。
ーー昼休み。
旧校舎へ向かう途中、
今度は令嬢二人に呼び止められる。
「フォスティア様ーー社交部ってーー
誰でも相談できるんですか?」
「部長の判断次第です」
二人は顔を赤らめ、去っていった。
その背後から聞こえる声。
「ほら、あの距離感」
「王子様系じゃないのがいいって噂よ」
(ーー完全に、良くない方向に話が傾きつつある)
ーー《社交部》部室。
「アルト! 聞いたぞ、君、評判じゃないか!」
満面の笑みで迎えたのは、
社交部部長ーーレオンハルト・ヴァルムシュタイン。
王家外戚、公爵家嫡男。
容姿・魔力・家柄、すべてが規格外。
本人は本気で「皆の王子様」を名乗っている男だ。
「人気ではありません。誤解です」
「またまた謙遜を!」
「していません」
その様子を、
机の奥から冷静に観察していた青年がいる。
セリウス・ノクティル。
社交部の副部長にして参謀。
帳簿と噂、両方を把握する現実主義者だ。
「事実確認をしよう」
眼鏡を指で押し上げ、淡々と言う。
「現在の噂は
“社交部に、そっけないが妙に心を掴む男がいる”
というものだ」
「ーー誰が流したのですか」
「自然発生だ。
最も厄介な類だな」
そこへ、楽しげな声が割り込む。
「「ねえねえ、アルト」」
名門伯爵家の双子、ルカとノア。
人の反応を玩具のように扱う、小悪魔的存在だ。
「“冷たいのに”」
「“優しい”って言われてるよ」
「理解できません」
「「理解できないところが一番おいしいんだよ」」
双子は目を合わせ、くすくす笑う。
その横で、
ソファに沈みながらケーキを食べていた少女が呟いた。
フィオレ・リュミエール。
見た目は幼いが、
中身は学園最強格の剣士だ。
「気づいてないのは、アルトだけだね」
「何にです?」
「もう“雑用係”じゃないってこと」
アルトリアは、少し考える。
(社交部に入っただけ。
相談に応じただけ)
「私は、目立つつもりはありません」
「知っている」
セリウスが即答した。
「だから、対処が必要になる」
その言葉に、
レオンハルトはなぜか楽しそうに頷いた。
「大丈夫だ!アルトは俺が守る!」
(ーー守られる覚えはない、というか巻き込んだのはあなたでは?)
その日の放課後。
掲示板の前に、人だかりができていた。
《社交部 来週の対応担当》
そこに書かれている名前。
アルトリア・フォスティア
「勝手にーー」
「名誉なことだよ!」
レオンハルトは満面の笑みだった。
約束が違う。いくら借りがあるとはいえ、これは訂正しなければ。
だがーー。
遠くで、小さく頭を下げる令嬢がいた。
リュシアだ。
少し胸を張り、
前より確かな足取りで歩いている。
アルトリアは視線を逸らしつつ、
胸の奥がわずかに温かくなるのを感じた。
(ーーまあ、これも悪くはないか)
その小さな妥協が、
さらに大きな変化をもたらすことも知らずに。
こうしてーー
社交部の新人の噂は、
静かに、しかし確実に学園中へ広がっていった。




