12話 社交部の危機
この日、社交部は公式相談室から会合へ呼ばれていた。
公式相談室の応接室は、社交部のそれとは違い、整いすぎていた。
無駄のない調度、均等な照明、感情を挟まないための空間。
「あなたたちの最近の活動は、目に余りますな」
相談室の責任者ーー壮年の貴族が、淡々と言い放つ。
「特に」
視線が、アルトリアに向けられた。
「そこの新人が来てからは、な」
部屋の空気が、ぴしりと張り詰める。
「学園には、相談室という正式な制度がある」
「善意であろうと、勝手な介入は秩序を乱す」
正論だった。
だからこそ、逃げ場がない。
アルトリアは、唇を噛む。
(ーー私の、せい?)
思考は、すぐそこに行き着いた。
自分が来てから。
自分が、不用意に動き過ぎたから。
「私が責任をーー」
言いかけた言葉がさえぎられ、
代わりに、レオンハルトが前に出た。
「責任は、私にあります」
静かな声だった。
「社交部は、私が設立しました」
「彼らは、私の指示に従って動いただけです」
「ではーー」
責任者が、間を置いて告げる。
「選びなさい、レオンハルト殿」
「公式相談室へ戻るか」
「社交部を廃止するか」
一瞬、誰も言葉を発せなかった。
アルトリアの胸が、冷たくなる。
(やっぱり)
(居場所は、借り物だった)
レオンハルトは、少し考える素振りを見せてから、答えた。
「ーー私が、社交部を離れます」
空気が、凍る。
「部長ーー?」
双子の声も、フィオレの視線も、すべてが彼に集まる。
振り返り、社交部にだけ聞け獲るように小声で言う。
「一時的に、だ」
「公式に戻り、話をつける」
「それまで社交部は、お前たちに任せたぞ」
それからレオンハルトは一呼吸置き、堂々と答える。
「私が抜けてやるのだ。社交部には手を出すなよ」
責任者は満足げに頷いた。
「いいでしょう」
部長が抜けるーーその言葉が、アルトリアの耳に刺さる。
ーーーーーーー
会合後、部室に戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。
沈黙を破ったのは、アルトリアだった。
「ーー嘘つき」
低く、震えた声。
「いなくならないって」
「言ったじゃないですか」
レオンハルトは、困ったように笑った。
「すまない」
「すぐに戻るつもりだ」
「それまで、待っていてくれ」
軽く、いつもの調子で続ける。
「なに、君たちがいてくれるから」
「私も安心してここを任せられるというものさ」
ーーその瞬間。
アルトリアの胸の奥で、何かが切れた。
視界が滲む。
喉が、詰まる。
(だめだ)
(これは、思い出す)
“すぐ戻る”
“大丈夫”
そう言って、戻らなかった人。
気づけば、頬を伝うものがあった。
「ーーっ」
「え」
レオンハルトが、明らかに狼狽える。
「お、おい」
「泣くんじゃない」
「男の子だろーー」
その瞬間。
部室が、完全に凍りついた。
双子の笑顔が消え、
セリウスが目を伏せ、
フィオレが一歩、前に出る。
アルトリアは、顔を上げた。
涙を拭うこともせず、睨みつける。
「ーーうるさい」
声は、掠れているが、はっきりしていた。
「無理です」
「だって」
一拍、置いて。
「女ですから」
言葉が、落ちる。
世界が、止まった。
「ーーは?」
レオンハルトが、呆然と呟く。
「私、最初から」
「次男じゃありません」
「期待されない役を押し付けられただけです」
震えながらも、逃げない。
「だから、守られない前提で生きてきました」
「“すぐ戻る”って言葉も」
「信じないようにしてきた」
涙が、また溢れる。
「それなのにーー!」
声が、初めて荒れる。
「いなくならないって言ったのは」
「あなたでしょうーー!」
レオンハルトは、完全に言葉を失っていた。
冗談も、慰めも、正論もーー
どれも、今は用をなさない。
彼は、初めて知った。
守るつもりで選んだ言葉が、
一番深く、人を傷つけることがあると。




