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貴族の次男として入学したら、社交部に囲われました  作者: 仮眠


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11話 過去を語る

夜。

部室の灯りは落とされ、机の上のランプだけが静かに揺れている。

一日の終わり、書類整理もほぼ終わり、あとは鍵を閉めるだけ――そんな時間。


アルトリアは、机に向かって最後の確認をしていた。

ペン先が少し跳ねて、インクが指に。


「ーー」


それに気づいたレオンハルトが、言葉もなく近づく。

引き出しから布を取り、自然な動作でアルトリアの手を取った。


「ほら、汚れてる」


強くもなく、急かすでもなく。

ただ、慣れた手つきで指先を拭う。


その瞬間。


アルトリアの身体が、ほんのわずかに強張った。


「ーーっ」


一歩、後ろへ下がる。


「すみません」


声が、必要以上に硬い。


レオンハルトはすぐに手を離した。

驚きはしたが、嫌な顔一つしない。


「ーー嫌だった?」


アルトリアは首を振る。

けれど、視線は伏せられたままだ。


「違います」

「ただーー少し、似ていたので」


「似てた?」


沈黙。

アルトリアはしばらく言葉を探してから、ぽつりと。


「昔ーー」

「屋敷にいた人が、こういうことをしてくれました」


それだけ言って、終わり。

止めるはずだった。


だが、言葉を口にしてしまったことで、堰が少し緩む。


「家が少し複雑でーー、それでも父と数人、味方をしてくれる侍女がいました」

「実母は屋敷にいなかったので」

「私は、その侍女と過ごすことが多くて」


淡々とした口調。

感情を削ぎ落とした、事実だけの語り。


「ーー慕っていたのだと思います」

「姉か、それこそ母のように」


一瞬、呼吸が浅くなる。


「ある日、突然」

「その方は、解雇されました」


レオンハルトは、何も言わない。

剣にも、机にも手をかけず、ただそこに立っている。


「事の仔細は、家が関わるので話せませんが、理由は、私です」

「私が寄りかかったから」

「期待したから」


アルトリアは、自分に言い聞かせるように続ける。


「だから私は」

「人に寄りかからない」

「頼らない」

「そう決めました」


ーー言い切った、はずだった。


「失うくらいなら」

「最初から、一人でいた方がいい」


その言葉に、レオンハルトは初めて声を出す。


「君はずっと一人で立ってきたんだね」


責めるでも、否定するでもない声。


アルトリアは顔を上げる。


「それが、正しいと思っていました」

「ーー今も、完全には変わっていません」


正直な言葉だった。


レオンハルトは、少しだけ間を置いてから言う。


「じゃあ」

「たまには”休憩”してみない?」


アルトリアが瞬きをする。


「頼るか、頼らないか」

「全部か、ゼロか、じゃなくてさ」

「休憩。社交部にいるとき、いや僕のそばでくらいーーさ」


一歩、近づく。

けれど、触れない距離。


「でもーーまたーー」


アルトリアの橋上はまだ暗い。


子供に言い聞かせるように、レオンハルトは語りかける。


「大丈夫、僕は」

「いなくならないよ」


誓いでも、契約でもない。

ただ、素直な今の気持ちとして。


「少なくとも」

「君がここにいる限り」

「君がすること、成すことを理由に、離れたりしない」


アルトリアは、すぐには答えない。

その代わり、ゆっくりと息を吐いた。


「ーー部長は」

「不思議な方ですね」


「そうかい?」


「はい」

「私が頼らない理由を聞いて」

「それでも、そこに立っている」


少しだけ、表情が緩む。


「ーー少しだけなら」

「寄りかかってみるのも、いいのかもしれません」


ほんの一歩。

だが、確かに距離は縮んだ。


レオンハルトは微笑む。


「十分だ」

「その“一歩”を、踏み出してくれただけで」


ランプの灯りが、二人の影を重ねる。

アルトリアはもう一度、自分の指先を見る。


インクは、もう残っていなかった。

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