閑話 相談室
それは、用事のついでだった。
特別な理由はない。避けていたわけでもない。
学院本館の長い廊下を、二人で歩く。
午後の光が高い窓から差し込み、石床に影を落としていた。
公式相談室は、その途中にある。
扉は閉じている。
何の飾りも、主張もない。
ただ、そこにあるだけだ。
レオンハルトは、足を止めた。
理由は自分でも分からない。
視線が、自然とそこへ向いただけだ。
数歩先を歩いていたセリウス・ノクティルが、立ち止まった気配に気づき、振り返る。
「ーー戻る気があるのか」
「ーーない。今は」
返答にいつもの切れがなかった。
公式相談室。
正しさのために作られた場所。
誰にでも平等で、誰の感情にも肩入れしない。
だからこそーー。
セリウスは、視線を逸らさずに言う。
「社交部は、あれとは違う」
断言だった。
「違うから、意味がある」
廊下に、静寂が落ちる。
レオンハルトは、息を吐いた。
胸の奥に溜まっていたものを、少しだけ外に出すように。
「ーー正しいければ良いと思っていたんだ」
「知っている」
セリウスの声は低い。
「だから、責める気はない。私も、同じだ」
二人は、同じ場面を思い出していた。
名前を出す必要もない。
助けを求めてきた令嬢。
制度に沿った対応。
正論だけで組み立てられた結論。
結果だけが、今も残っている。
「社交部は」
レオンハルトが、ゆっくりと続ける。
「正しくないのかもしれない」
「そうだな」
即答だった。
「だが、壊さない。少なくとも、今は」
レオンハルトは、少しだけ目を伏せる。
「ーーそれで、いいのか」
「いいかどうかはわからない」
セリウスは、淡々と告げた。
「だが、繰り返すつもりはない」
しばらく、二人とも動かなかった。
やがて、レオンハルトが小さく頷く。
「ーー行こう」
二人は、再び歩き出す。
誰も、振り返らない。
公式相談室の扉は、最後まで閉じたままだった。




