プロローグ
ーー貴族の「次男」として生きる、という選択
貴族とは、生まれた瞬間に立場が決まる生き物だ。
正妻の子は家の未来となり、
それ以外は、家名にとって都合のいい場所へ押し込められる。
「ーーすまない。お前を“次男”として、貴族学園へ入学させる」
そう告げた父の声は、命令にしてはひどく弱々しかった。
アルトリア・フォスティアは、その日のことをよく覚えている。
それは相談ではなかったが、突き放すような声音でもなかった。
本来の彼女は、
伯爵フォスティア家の“次女”として生まれたはずの存在だ。
ーーだが、母は平民だった。
正式な妻ではなく、名も残らぬ妾。
その血を引いたアルトリアは、生まれつき魔力量が少なく、
何より、顔立ちがあまりにも母に似すぎていた。
そのことを、父はひどく気にしていた。
正確には、正妻の視線と感情を。
「ーーお前を屋敷に置けば、正妻の心情を刺激する」
「私の立場では、それを完全に抑えることができない」
言葉の端々に、申し訳なさが滲んでいた。
後継ぎとして完璧な正妻の長男。
政略の駒として価値のある長女。
それに比べ、
魔力量が低く、平民の血を色濃く残した自分は、
屋敷に置いておくには、あまりに扱いづらい存在だった。
幸いにも、剣の腕と魔術理論の成績だけは悪くない。
男子としてなら、名門学院の入学基準を満たせる。
だからこそーー
「娘」としてではなく、「次男」として、家から遠ざける。
それが、父なりに選び取った苦肉の策だった。
「ーー別に、構いません」
そう答えたアルトリアの声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
父は一瞬、目を見開き、
それから少しだけ、安堵したように視線を伏せた。
拒まれる覚悟をしていたのだろう。
あるいは、責められることを恐れていたのかもしれない。
期待されない立場には、利点がある。
最初から肩身の狭い存在であれば、
失敗しても落胆されない。
何者にもならなくても、責められない。
だったらいっそ、
“屋敷に置けない子”として、
“期待されない役”を引き受けてしまえばいい。
そうしてアルトリアは、
出生も性別も胸の奥に押し隠し、
伯爵家の「次男」として、
名門《アウラリア魔導貴族学院》の門をくぐった。
ーーまさかそこで、
血筋も立場も関係なく踏み込んでくる人間たちと出会い、
騒がしくて、面倒で、
それでも居心地の悪くない場所を見つけることになるとは、
この時の彼女は、まだ知る由もなかった。




