煙の香り
現代において、煙草というと他の嗜好品とは逸脱しているものとして扱われる。
喫煙している本人だけならともかく、周りの人へも副流煙、臭い、火災の心配など、無関係な人へも何かしらで害を及ぼすものだからだ。
そのため地域差はあるが路上での喫煙は街の景観を損ねたり吸い殻をポイ捨てされることが多いため罰金処置をされたりなどどの面でも白い目を向けられることが多い────。
そんな昨今でもやめられずに煙草のフィルターを咥える男が、仕事終わりの喫煙場で一服をしようとライターをポケットから取り出した。
金属が弾ける音が響き、火打石が擦れる。
乾いた葉に火が吸い込まれ、少し青み掛かった煙が立ち上る。
フゥ───。
火をつける時に吸い込んだ主流煙を吐き出す。
あぁ今日も1日が終わるな、今日の夕飯は何にするか。
そんなことを考えながら壁を見ていた目線を横にずらすと、何故か非喫煙者がいる。
「仕事終わりの一本、美味しいですか?」
先輩。と声をかけられる。
「あぁ、うまい。それにしても珍しいな、君がここにいるのは。煙草を吸わないのに喫煙所にいても大丈夫なのか?」
そういいつつもお構いなしに煙草のフィルターを咥えてゆっくりと煙を吸い込み、吐き出す。
その様子を見ている後輩は帰ろうともせず、とても興味深そうに眺めている。
少し気まずい、そんなに珍しい物なのか?
煙草の匂いとか煙とかは……、まあ大丈夫だからここにいるのだろう。そう思い直してまた視線を自分の正面へ戻す。
「自分の周りで煙草を吸う人って少ないのと、先輩が煙草を吸うってなんか意外だったのでつい来てしまいましたが、邪魔でしたか……?」
いや、そんなことはない。と返事をする。
そんなこともあるのかと珍事に内心で戸惑いつつも棒からジリジリと音を鳴らす。
ハァー、うめぇ。
「まあ、不思議かもしれんな。最近だと高いし、健康被害もあるのに煙草を吸うのって馬鹿みたいだという意見が多いしな。」
吸わないならそれに越したことはない。
俺は吸うが。
「喫煙者でもそういう意見なんですか……。そう思う先輩の煙草を吸うきっかけってなんだったんですか?」
話したくないならおっしゃらなくても大丈夫ですが。と添えられる。
配慮が垣間見える聞かれ方をされたが、別に聞かれたくないことでもないからと自分も話しだす。
「まぁ、どこにでもある話で、友人に誘われたんだよ。俺に質問している君と同じ好奇心でな。」
複数人で酒と肴を持ち寄って、一人暮らしの友人宅で飲み会をした夜。
みんなが帰るなり寝落ちなりした時だった。
その友人は1人で海外へ遊びにいくようなアクティブな人間で、面白いものがあるんだ。と小さな箱を取り出した。
「なにそれ?やたらとグロテスクな写真が印刷されているけど。」
その写真は人の口内で、歯がボロボロと崩れて無くなったものだった。
「旅先で買ったんだ。まて、法に触れるようなもんじゃない。コンビニでも売ってるような普通のタバコだよ。」
そう言われつつ見せられた箱の側面には吸引時のタールとニコチンの量がかかれている。
よく買ってきたな、空港とかで止められたりとかめんどうなことになりそうな気がするがと考えたが、海外旅行をしなければ見ることがない珍しい物を目の前にしている。
「へぇー、海外のタバコはこんな写真が印刷されてんだな。」
興味深くその箱を見つつ自分のイメージが覆った様子を見て共感したであろう友人は気分が上がっていた。
「そうだよな、海外とかはもっと法に触れるようなものを吸ってるイメージがあるから意外だよな。」
嬉しそうに自分の様子を見る友人は、手慣れた様子でビニールの包装を剥き、中身を一本取り出す。
吸ってみるか?といいたげに差し出してくるのをみて、恐れ半分好奇心半分な心持ちで煙草を取る。
年齢は二十歳超えているので恐れるものはないのに、戸惑いがあったのを今でも覚えている。
火の付け方はわかるか?といつのまにかライターを持っている友人は自分の分のタバコに火を入れた。
ライターを借りて友人を真似をするがうまく火がつかずにいた。
吸引しながら近づけるんだと教わり、そこに二本の煙が立ち上がった。
懐かしい思い出が溢れてきたが、そんなことをツラツラ話してもしょうがないとすべては話さず、友人から一本貰って吸い始めた。
そのままいろんな種類の煙草を吸ったらやめられなくなったというと後輩は納得したようだった。
「やっぱりやめられなくなるものなんですか?」
まるでエビ煎餅みたいに?と聞かれる。
なんだその例えは。と思わず、口からブワッと白煙が破裂した。
「それ以上にやめられなくなるねぇ〜、全種類吸う前に自分に合う煙草を見つけてしまったから余計に。」
だから吸わない方が身のためなんだと改めて伝える。
「じゃあここで煙草をくださいっていっても……?」
オイオイ、このご時世になんてことを言い出すんだ。
「流石に職場の喫煙所で先輩が吸ったことない後輩に煙草を渡したらパワハラを疑われるからダメだよ。」
質問には答えるし会話はしてて楽しいが、後輩の好奇心で立場を悪くするのはごめん被る。
そうですよね。と返ってきたので一安心した。
会話の中で吸い続けた煙草が根元まで燃えたのでモミ消して吸い殻入れに捨てる。
帰るかと2人でタイムカードへ向かい、後輩と別れて帰路につく。
普段、こんなに人に自分のことを話すことはないのでなんか楽しかったな。
そんなことを思いながら帰宅ラッシュの波に揉まれる。
翌日、喫煙所で話していた後輩が加熱式の煙草を吸い始めた。
嫌な予感がしながらその日を過ごすと、業務時間の終了間近に上司から、その後輩を可愛がる女性社員から先輩から強要をされたのでは?と発言があったために事実確認をされる。
「昨日の喫煙所で2人で一緒にいたからと疑われているようだ、君のことだからそんなことはないんだろうけど、どんな様子だったんだ?」
内心恐れていたことが起きたのでハァと心の中でため息をつく。
「後輩の周りで喫煙者が居なかったからと、いくつか質問に答えただけでした。」
「勧めてはいないんだな?ならいい、さすがにパワハラとか起こされるとこちらも困るからな。」
と話は終わったので誤解が解けたようだ。
ふと疑問が浮かんだ。
「すみません、自分が入社直後、数年前は煙草を吸われていらっしゃいましたよね?現在吸われていないのでしょうか?」
そう、この人は煙草を吸っていた。
普段は違う喫煙所で吸っていたのであまり同じ喫煙所で吸う機会がなかったが。
自分もやめようと思う時は何度かあったが、やめるにやめられないため禁煙成功者はどんな苦行をしたのかと想像してしまう。
「え?あぁ、いやぁな。2年前に孫が産まれて、娘からやめるようにと怒られてな。」
その流れでニコニコと孫について話したい気持ちが溢れていた。
「すごいですね、自分はたった2時間でも煙草を吸わないとやってられないんですが……。これもお孫さんを思えばこそなんでしょうか?」
「まあな、君もそのうちわかると思うぞ。」
ハハハハハハ!と大笑いながらその場を去る上司。
凄いなぁと思いつつ、そのうちわかるもなにも、孫の前に恋人もいないんだが。と心の中で苦笑いをしていた。
ともかく誤解が解けてよかったと胸を撫で下ろす。
業務終了後、いつものように帰宅前の煙草を吸いに喫煙所へ向かう。
火をつけようとしたタイミングで後輩がやってきた。
ひょっこりと現れたその顔は子どものイタズラが成功したような笑みを浮かべていた。
「えへへ、買っちゃいました。」
と加熱式煙草の1セットを見せてくる後輩。
後輩の笑みを見て共犯者のような気分になった自分も口角が徐々に上がっていく。
「おっ煙草、やめらんなくなるぞー。」
と煙草に火をつけながら返事をする。
そんなことをいいながら、喫煙者にとって逆風な世の中で仲間が増えるのは嬉しい自分。
「いいじゃないですか、自分だって20歳超えてるんですから、吸う吸わないは個人の自由です。」
一応自分の気持ちを汲んでもらっているようだが、口頭で否定に入っていることに反論しつつ、加熱式煙草を吸おうと後輩は紙タバコよりも小さな円柱を機械の穴に入れて電源も入れた。
「初めて吸ってみた時の感じはどうだった?」
自分的には気になるのはそこである。
「うーん?なんか、こんなもんかって思いました。」
まだ吸い慣れてない様子でフゥーっと吸った煙を吐いている。
「紙の方がもっと味が深いって聞きますが、どうなんですか?」
軽く焦げたような甘い香りがその場を漂い始める。
紙煙草一本で来ている自分には難しい質問だった。
「俺は加熱式は吸ったことないからなぁ、切り替えた人は紙の方が味が複雑で美味いとは聞くけど。」
自分の主観や偏見だが、なかなか現代で珍しいな。
興味で金だけかかる嗜好品を率先して体験するというのは。
印象や不利益でブレーキをかけたり、そもそも目に入れない人がいっぱいいる中で好奇心から飛び込む様子は後輩を眩しく感じさせた。
「加熱式ならメンソール系とか吸ってみると面白いかもしれないよ。」
煙草のおすすめとかされるとは思わなかったらしく驚いた顔をしている。
「メンソールですね、……えっと、今スマホで検索したのですが、どれですか?」
画面を見せられ、いくつかのフレーバーが出されてたので指差しでいくつか指を刺す。そのブランドのパッケージの色合いや説明書きで予想される味と好みならこうじゃないか?と伝える。
参考になるかはわからないがと締めくくるとありがとうございますと返された。
「それにしても食事後、仕事終わりのタバコ、美味しいですね。」
そうだな───。と返す。
こればかりは喫煙者にしかわからない、なんとも言えない心地よさがある。
そうこうしているうちに煙草が燃え尽きる。
帰るか。といい、喫煙場を後にしようと歩き出す。
「吸ってみて思ったんですが、先輩って本当に煙草が美味しいと思って吸っているんですね。」
喫煙所から出ようかとしたところに、突然当たり前なことを言われ、自分はキョトンとした顔を向ける。
案外面白い顔だったらしく後輩の口角が少し上がっていた。
腑に落ちないが後輩から見てあまりにも美味しそうに煙草を吸っているように見えたのだろうとそう思うようにした。
あっ。と声をあげる。
喫煙所から出る前に思い出したことがあった。
振り返り後輩に目をやった。
「あれ、煙草吸う時に場所を気をつけてな。下手に変なところで吸ったら警察に止められるし、嫌な目で見られるから気をつけてな。」
はい、気をつけます!と気持ちいい返事が返ってきた。
わざわざ言わなくてもよかったか?と思いはしたが、先輩の余計な親切心である。
後輩が持つ電子タバコの向きがひっくり返しになっており、こちらに吸える残りゲージが見える。
「吸い終わったら一緒に打刻するか?」
そう聞くと「もちろんです!」という声が返ってきた。
若いからなのか、後輩の気質なのか、全く眩しく感じる。
後輩も吸い終わってタイムカードを押しに行く。
道中に携帯電話が震える。
後輩と別れた後に内容を見ると呑みの誘いだった。
平日のど真ん中にそんな誘いをするのか?と思ったがこちらも用事があったので場所と時間を質問する返事をした。
早足で帰宅して、機械油の匂いが染み込んだ体を洗い流しに風呂場へ入る。
機械油や汗を流して風呂場から出たら送ったメッセージの返事が返ってきていた。
内容は『1時間後の駅前のビアー専門店に』とのこと。
「コンビニで胃腸薬やら買って飲んでおくか。」
とりあえず明日に響かない程度にしなくては。
と家を出てコンビニへ向かい、肝臓や胃の働きをよくする栄養ドリンクを呑み一緒にゼリー飲料を摂る、アルコールの吸収が穏やかになるはず。
店に向かうと時間ピッタリについた。
中に入って店員に聞くと先に中で待っているとのこと。
店内は落ち着いているが、清潔感にあふれていて小洒落た印象を感じる。
案内についていくとテーブル席に案内された。
中には不機嫌な女が1人。
遅い!と怒られる。
時間ピッタリなはずなんだがな……。
「1人おっ始めてるならいいじゃないか。」
「うるさい」
席についてから店員に黒ビールを注文すると同時にお通しが目の前に出てくる。
中身はガーリックトーストが。
お待たせしました。と黒ビールが入った大きなグラスが目の前に優しくコースターに置かれる。
乾杯。と言いながら相手にグラスを向けて持ち上げると女も同じく白みががったビールグラスを持ち上げた。
「上司に『先輩が後輩にタバコを強要している』って嘘ついたのおまえだろ?」
そう告げると女は「突然何言いだすかと思えば、なんで?フフフ。」と悪い顔をした。
「頭の中で思い浮かべたけど、俺にわざわざちょっかいかける女性陣はお前しかいないだろ。」
グラスを持ち上げて口から胃に、肝臓に黒ビールを流し込む。
舌から喉から泡と鋭い刺激と独特な苦味が洪水となって押し寄せてくる。
うめぇなぁ。
「ひどいなぁー、そんな言いがかりであたしに疑いかけるなんてねぇ。」
まあいいけど。と俺が来店する前に注文していたチョリソーを齧り、クイッとビールを飲み干して店員さんを呼んでおかわりを頼んでた。
「まあ、目をつけてた後輩が悪い先輩に悪いことを教わってたら咎めたくなるじゃん?」
それをきいてめんどくせぇなぁと思った。
仲良くなりたかった後輩がタバコ吸い始めたことを絶対に妬んでやがる。
俺が勧めたわけではないことをわかってていってやがる。
「目をつけてたって意味がアッチじゃなければ俺も謝る気が起きるんだがな。」
ガラスの底に張り付いた黒ビールを飲みきり俺もおかわり、そして生ハムと3種のチーズ盛りを白ビールを運んできた店員に注文する。
「そういえば、工場から帰ってお風呂入ってきたんでしょ?煙草のくっさい臭いがしないし……この後、どう?」
テーブルに泳がせてた俺の左腕をススっと軽く指の腹
で撫でられる。
「なしで。」
もう片方の手で相手の手を払いつつ、齧ったガーリックトーストを一気に口の中へ片付ける。
なんでよ!と憤慨している様子。
嫌なものは嫌なのである。
「そんなんだから経験なしで今まできてるんでしょ!?女の誘いを袖にしまくって何様のつもりよ!」
「どうせならもっと俺がベロンベロンに酔ってから誘えばワンチャンあったかもな。」
心の中でまあないがな。と呟く。
「ない理由だが、経験がない俺には深くはわからんが、当てつけや誇示、自傷みたいなことを自分でされたら自分に都合いいこともよくなくなるだろ?」
だからだ。と伝える。
テーブルの反対に座る友人は白ビールをがぶ飲みしはじめる。勢いよくグラスをテーブルに置き、怒り顔を勢いでむけてくる。
「何も知らないくせにわかった様なことを言いやがって!このゲイ!ペドフェリア!」
「なっ……根も葉もないこというんじゃねぇ!この両刀女がァ!」
「アァ!周りに内緒にしてることを店で大きな声でいいふらすことないじゃない!!鬼!悪魔!」
ヒートアップしてきたところで店員さんから黒ビールと頼んでいた料理がテーブルへ静かに置かれる。
「お客様方、申し訳ありませんが他のお客様もいらっしゃるのでご配慮頂ければ幸いです。」
その声で2人してハッと我に返る
「「すみません。」」
こちらの謝罪に対して微笑んで、ごゆっくりどうぞ。と店員が去る。
他のテーブル席には老夫婦がイチャイチャとひとつの皿の料理をつっついている。
その様子を遠まきで眺める、完全にできあがっている女。
「あーあ、あたしもシワシワになっても愛してくれる人がいればなぁ。」
いいなぁとチョリソーを齧りながら漏らすその言葉にフフッと少し声が漏れる。
「あ、今『お前には無理だ』って思ったでしょ。」
流石にひどい被害妄想だな。
「いや、そんなの理解があって愛してくれる人を見つければいいだろ。」
返事にフン!と鼻を鳴らしてくる。
「そんな簡単に見つかるわけないじゃない。」
それはそうと。と焦点が合わなくなり始めた目で直視され話題を変える前振りが出てくる。
「あなたから後輩ちゃんについてどう思うか聞きたかったのよ。」
本当の主題はこっちか……とアルコールが混ざった脳内を回転させる、さながら洗濯機の様に。
「所属は同じだけど、班は違うからな。実際仕事だと少し顔を合わせるくらいで、喫煙所に後輩が来るまでなにもなかったはず。」
白いチーズをかじり咀嚼した後に黒ビールを流し込む。
チーズのくさみとビールの相性は抜群だな。
それで?と続きを催促されるが特にない。
「それだけ?自分が吸ってるわけでもないのに、煙草を吸ってる人に近づいて自分も煙草を吸いはじめるなんて話、客観的に見て何か思うところはないの?」
うーん。頭を悩ませつつビールを飲むと深々とため息が聞こえてくる。
「えー、煙草に興味があってたまたまいたのが俺だったとか?」
生ハムを口に含み、塩気を味わう。
ほかには?と声が聞こえてくる。
「あー、先輩に目をかけてもらえれば出世だとか待遇が良くなる……とか?」
聞き手は口に含んだビールを出しそうになりながら肩を震わせていた。
「あんたね、だったら別の人を探すでしょ?こんな微妙な立ち位置の先輩より、えー、自分の班長だとか、役職ついてないけどバリバリ実績上げてる、あなたの同期の早見くんとか。」
難しいな……。と漏らすと、あんた本気で言ってる?と返ってくる。
「あー年上として兄みたい……とか?」
耐えきれなかった様で大笑いしている。
「いやぁ、だったら樫葉さんとかのガタイもいいけど温和な雰囲気を出してる人を探すんじゃない?」
それはお前の趣味だろとも思ったが、まあ見当違いか。わからん。
「何かしらであんたに興味を持ったってことだから、もっと仲良くなって聞き出すなり……なんなりしなさいよ。」
酒の勢いで忘れよう。
半分ほど減ったグラスの中身を飲み干した。
今ここの会話で脳が正常な判断をくだしたら色恋に疎い自分は今後うまく動けない気がする。
「変なことを言わないでくれ、俺にとって大事なのは荒風荒波になる様な生活じゃなくて、みんな滑らかになるスムーズな生活だ。」
変に意識して壊したくない。
流石に味変したくなったのでメニューの中のクラフトビールを注文した。
「飲むビールは変えるのに自分のスタンスは変える気にはなれないのね。」
馬鹿な奴と相席は料理を平らげた。
スッと自分の注文したぴったりな額をテーブルに出して苛立ちながら退店する。
クラフトビールと料理を三角食べの様に平らげて自分も退店する。
さっさと寝るかと帰路に入る。
翌朝、いつものルーティンで業務開始の20分ほど前から会社に来て喫煙する。
朝も夜も底冷えする様な寒さに震えながら煙を上げる。
「おはようございます!」
そこには後輩が寒そうにしながら喫煙所にきた。
「お、おはよう。どうしたんだ?今日は仕事終わりじゃなくて朝に来るなんてな。」
わずかに残った吸い殻をもみ消して、備え付けの灰皿の中へ投げ入れてから次の煙草に火をつける。
「たまたま先輩が朝早くきて喫煙してるって聞いてきちゃいました。」
フィルターをセットされた機械に電源を入れて隣に座る。
煙草の箱をみると昨日と色が違った。
「あれ、銘柄変えた?」
そう聞くとアタフタとしはじめる後輩。
「は、はい、メンソール系が美味しいと聞いて実際に買ってみました。吸ってみたら清涼感があって美味しかったのでそのまま吸い始めました。」
「へぇー。試してみて合ったのなら、よかった。」
横風が強く吹いてくる。
「寒いなっ。」というと「そうですね!」と返ってくる。
「こう寒いとおでんとか食べたく……なりますね。」
おでんとは渋いところをつくな。
「いいな、熱燗と一緒に一杯やりたいな。」
フィルターを咥えて煙を吸う。
「おでんの中で何が好きですか?」
あー。とおでんの具材を思い浮かべる。
「おでんだと、大根、がんもどき、はんぺんあたりかな。」
特に大根は出汁が染みてて美味いんだよなぁと、口の中が空想のおでんの出汁と大根に支配される。
君は何が好きなんだい?と質問を返す。
「自分は、ソーセージの巻かれたやつと卵と牛すじですね。」
おわ、若いなぁと漏らす。
「卵もいいなぁ。」
「美味しいですよねぇ、あー食べたいなぁ。」
そういいながら煙を吸う後輩を見る。
「……駅前に美味いおでん屋があるから、今度たべにいくか?」
え?と驚愕な顔をしている後輩。
その顔を見て「予定があるならいいけど。」と続けていう。
「いや、行きたいです!いいんですか!?」
「いや、俺が誘ってるんだからいいんだよ、いくか。」
はい、連れて行ってください!
元気な返事に頬が緩む。
一緒に店に入って楽しく食事ができそうだとその様子が目に浮かぶ。
工場の業務開始の放送が聞こえ、タバコをもみ消す。
業務が始まる。
立ち上がって「後で日程を決めよう。」と二手に分かれた。
楽しみだな──────。
と思っていた。
おでん屋でサッと飯食って、いきつけのバーに行って世間話や仕事の話をして気づいたら何もなく終わってしまった。
後輩を送って行った帰り道。
「何が悪かったのだろうか。」
酔った頭で考えているうちに両刀女に電話をかかていた。
「あんた、想像よりつまんない男ね……。」
いつもの暴言よりも強く強く言葉が胸に刺さる刺さる。
もう少し恋愛を学んできなさい、ホホホ。と言われて電話をきられる。
「……こういう時はあれだ、スナックのママに相談だ。」
普段はあまり行かないスナックへ向かう。
とぼとぼと店の中へ入ると、中は閑散としていた。
中年程の女性に「いらっしゃい、どうぞ。」とカウンターへ案内される。
「お久しぶりね、元気だった?」
とお通しのナッツ類がでてくる。
「元気だったんですが、ついさっき元気がなくなりました。」
あら、どうして?と飲み物のオーダーも一緒にきかれる。
とりあえず無難に長く飲める焼酎の水割りを注文した。
「ついさっきまで、可愛い会社の後輩と飲んでたんです…。」
え、女子と?という声と共に、焼酎の水割りが出てきて一口飲む。
「デートしてきたんだ、なのになんでそんな落ち込んでるの?」
「食事して、近くの通りのカジュアルバーでお酒を飲んで世間話や会社のことを話していたんですが、気づいたら後輩を送って終わりまして、何事もなく終わってしまいました。」
ちびちびと焼酎を飲みながら今日の夜を振り返る。
「え、いいんじゃないの?1回目に突然ホテルに連れ込まれそうになった方が、よっぽど不誠実というか、ぃわゆる『あ、ヤリモクなんだなぁ』ってならない?」
それよりも彼女が楽しかったかどうかが重要じゃない?と伝えてくれる。
「……同僚の昔話をしたら大喜びでしたね、じゃあ成功してたってことでいいのか。」
なるほどなぁと納得しながらナッツを口へ放り込む。
「逆にどんな恋愛観をしてるのよ、あなた。」
うーん。と考える。
「異性と遊んだことがないですし、付き合うってのは実際にわからないっすね。」
え?と声が聞こえてきた。焼酎で思考を浸しにしていく。
「ま、周りの人とかはどうしてるとかは……?」
「高校時代、友人が何人かとナンパしにいって、30歳後半か40代くらいの女性を捕まえてホテルに行って奢ってもらったとかなんとか……。」
「ちょっと両極端すぎない?」
フフッと笑いながら空になったグラスを下げておかわりをくれる。
「人生経験が乏しいと何が正解なのかわからなくなりますね。」
スナックのママがうーんと少し考えて口を開く。
「あなたがその子にどういった感情を向けているか向き合ってみたらいいんじゃないの?」
「どういった感情。普段から他人に関して関心があまりないんで想像が……。」
といいつつ、会社の休憩時間で会話に付き合える好意、なぜタバコを吸わなかったのにわざわざ喫煙場にまできて興味を持ったのかというその子を知りたくなった興味が思い浮かぶ。
「恋人だろうが友人だろうが、結局人間関係なんだから、ゆっくりと相手のことを知ることが大事なんじゃない?」
「そうですね、気になることもあるので信頼関係を築いていきたいです。」
その後スナックのママから根掘り葉掘り聞かれた後、退店した。
相手に対してちゃんと向き合おう。
なぜ喫煙所にいた時に声がかけられたかきこう。
そう思いながら男は帰路に着く。
作者「いいなぁ……おっさん、後輩紹介してくれ」
「ダメ。」




