(12)ハッピーエンドにはまだ早い?
王太子はすぐには目を覚まさないだろうというのが医師団の見立てだった。
「それまではゆるりと過ごされよ。」
客人のように言われたが、実際はていのいい軟禁である。何かあった時はこっそりと責任を取らされるのだろうな、とイザベラが考えられるようになったのは、自分のために用意された部屋に案内され、しばらく経ってからだった。
「うむ。まあ、医療行為として認めざるを得ないだろうな。」
薬を飲ませ終わってしばらくしてから王がいうと、王妃も憐れみのこもった目でイザベラを見て、納得したように頷いた。カインに至っては目を合わせてもくれなかった。むしろ燃え尽きているようだ。
(むしろこの部屋からどんな顔をして出たらいいのか分からない……!)
そういう意味では、この部屋に一人、というのはイザベラにとっては好都合だった。今のままでは両親にどういう顔で会えばいいのかすら分からない。
カインが王太子に薬を飲ませる場面がふと頭をよぎる。
(私もああやって飲まされたのね……)
つい王太子を自分の姿に置き換えて、赤面してしまう。それが自分にとって、嫌な行為ではないということすら理解してしまった。
イザベラが自分の気持ちを反芻しながら部屋で過ごすこと3日。王からの呼び出しがあった。
恐る恐る王の御前に向かうと、カインがすでにきていた。頭を下げているので表情は分からない。イザベラもその横に行き、淑女の礼をとる。
「王太子の目が覚めた。これもあの薬のおかげだ。」
「薬が効いたようで何よりでございます。」
平静な声で答えたのはカインだ。
「王太子がお礼を言いたいと言っていてな。一緒に来てはもらえぬか。」
王の願いを聞かないわけにもいかないが、イザベラも未婚女性である。おいそれと男性の寝室には入れない。
でもそういえば、スチルには王太子の部屋の大きな寝台と天蓋が描かれていたな、と思い返す。そしてその天蓋の布が風で捲れて、初めて聖女と王太子は顔を合わせるのだ。自分がそんなことになっては困る。
「私は部屋の外で待機させていただいてもよろしいでしょうか。」
念の為にイザベラがお願いしてみると確かにな、と王も頷いた。
スチル通りの王太子の部屋に、王と一緒にカインが入っていく。
「これが薬の開発者だ。何か話したいことがあるのだろう?」
天蓋の中で、誰かが動く様子がぼんやりと見えた。
「ずっと眠っていたので、このままで失礼させてもらいたい。貴殿の名を聞いてもいいだろうか。」
少し掠れているが、落ち着いた声が聞こえてきた。
「カイン・グリーンと申します。」
「カインか。若い声だが医師団の者か?」
「いえ。学園に今年入学したばかりでございます。」
「なんと。私より若いのにこのような薬を作れるとは。さぞや優秀なのだろうな。」
「とんでもございません。薬の作り方の出ている本をたまたま持っていただけにございます。」
その時、開け放した窓から風が入ってきて、天蓋の布をふわりと動かした。布の動きに思わず視線を動かしたカインは、寝台に上半身を起こした状態の王太子と目が合ってしまった。まるで運命の人を見つけたかのように、王太子はカインに優雅に笑いかける。
「ありがとう。この恩は決して忘れないと誓おう。」
「この国の民として、王家を助けるのは義務でございます。」
(あれ?この台詞聞いたことがある。)
イザベラは部屋の外で会話に聞き耳を立てながら、思い出した。聖女と初めて出会った時の会話と同じだ。
(あれ?聖女の代わりがお兄様になっちゃったの?)
そのせいだろうか、王太子がカインに更に誘いをかけてきた。
「カイン。もし良ければ、学園でも仲良くしてもらえないだろうか。君がいれば体調が悪くなっても安心して過ごせるだろう。」
「もったいないお言葉にございます。」
カインとしてはそう答えるしかないが、混乱している様子が伝わってくる。
「そうか!まずは弱った身体を治さなければならないな。元気になったら学園で会おう。」
嬉しそうな王太子の声と裏腹に、カインの言葉は棒読みだった。
「健康の回復を心よりお祈り申し上げます。」
「そうだな。身体の回復を最優先にするようにな。」
王が王太子に声をかけると、面会は終了だ。王とカインが部屋を退出する。
「お……カイン様。」
思わずイザベラが声をかけてしまうほど、カインの顔には絶望という文字が貼り付いていた。
帰りの馬車の中。
「大丈夫ですの?お兄様。」
「イザベラの言うとおり、学園なんかに来ないで領地にいればよかったんだ。そしたらこんなことにはならなかったのに。」
そう言って顔を覆うカインに、イザベラは腰に手をあて、唇を尖らせてみせる。
「お兄様。それより前に、私に何か言うことがあるのではなくて?私とっても恥ずかしかったんですのよ。」
ハッとしてカインは顔を上げる。口移しに薬を飲ませたことだと分かり、慌ててカインは頭を下げる。
「ごめん。イザベラがこのまま死んでしまうのではないかと思って夢中だったんだ。」
「エミリア姉様には怒られませんでしたの?」
「……僕がやらなければ、姉様がやってたよ。」
「想像がつきますわ、それ。」
クスリ、とイザベラが笑うと、カインは真面目な顔になった。
「あれは、医療行為だけど、他の誰にもやらせる気はなかった。ここに触れていいのは、僕だけだからね。」
そう言われて差し出された手が頬に触れ、イザベラはドキリ、とした。
「お兄様。」
「カイン、だよ。イザベラ。」
「カイン…。」
視線を絡め取られ、イザベラはカインの顔から目を離すことができない。自分の鼓動の音だけがやたら大きく聞こえてきた。
頬に触れた手が首に回され、そっと引き寄せられるように力が入った時、馬車の扉が開いた。途端にシュッと手が引っ込められた。
「カイン!イザベラ!大丈夫だったかい?」
イザベラは顔の赤さを隠すよう、両手で頬を押さえた。
「カイン?約束をまさか違えたりしていないだろうね?」
何があったか察したのか、父がとてもいい笑顔でカインを見ている。
「いや、そんなことは!」
「後でじっくり話を聞こうじゃないか。」
そう話しながら降りるカインの後に続いてイザベラが馬車を降りると、ぎゅっと抱きしめられた。
「お母様。」
「お帰りなさい、イザベラ。よく頑張ったわね。」
「ただいま、帰りました。」
そう言いながら、イザベラはぎゅっと母を抱きしめ返した。
イザベラの家は、ここなのだ。
これからも、ずっと。
しばらくして領地に戻ったイザベラに、通信機からの呼び出しが入る。エミリアだ。
「姉様?何かありまして?」
そう聞くイザベラの耳にエミリアの大きな声が響く。
「聞いてよ!今カインが刺されそうになったのよ!」
「え?」
ストーリーが逆になっている。
通信機の向こうからは、
「私がその役目をするはずだったのに!」
と叫ぶ声が聞こえてきた。
「ほら、あんたが危険だって言ったピンクブロンドの女!確かにあれは危険だった!刃物を持ってカインに襲い掛かろうとしてね!そしたら王太子殿下がなんとそれを止めたのよ!」
それは王太子の好感度が一番上がっていないと起こらない展開だ。
そう思ってイザベラは思い出した。カインに入学前のアイテムを全て買うように指示したことを。
「そうだわ。あのアイテムを全て身につけると、王太子の好感度が上がるんだった……。」
しかも解毒薬で王子を助けたことで、さらに好感度が上がっている。
「今じゃカインのことで学園内が持ちきりよ。どこへ行くにも王太子と一緒でね。今一番の出世頭だと噂されてるわ。周りの女生徒もカインが気になっているみたいよ。」
「お兄様なら、今年一年で飛び級して領地に戻るとおっしゃっってましたから、大丈夫ですわ。」
「へえ。でも王太子殿下が離さないかもしれないわよ?」
揶揄うようなエミリアの声に、つんとした声でイザベラは答えた。
「その時は来年私が学園に行くから問題ありませんわ。勉強がありますので、これで失礼しますわね、お姉様。」
通信機を切ると、イザベラは目の前の紙を睨みつけた。この後の学園でのイベントが書いてある。
家族の危機は去ったけれど、カインの危機はまだ去っていない。なんとしても領地に連れ帰らなければ!
「王太子殿下であっても、お兄様を渡しませんわ!」
イザベラはペンを握りしめ、カインが領地へ帰るための計画書を猛烈な勢いで書き始めるのだった。
これで完結になります。カインはなんとしても領地に帰ろうとするのでしょう。
ここまでお付き合いありがとうございました。




