(11)薬の飲ませ方
「準備はできたかい?イザベラ。」
部屋の外からカインの声がする。
「ええ。今行きますわ。」
イザベラが部屋を出ると、優しく微笑むカインがいた。黒の正装に身を固め、髪を上げたいつもと違う姿に、イザベラの胸がざわめいた。
今日のイザベラは王宮に行くため、正装のドレスである。薄いグリーンの布地のあちこちにレースや刺繍が散りばめられており、まだ少女のようなイザベラにとても合っていた。
「そんなに綺麗にしなくてもいいんだよ。王宮に行くだけなんだから。」
「お兄様。言ってることが変ですわ。」
そう言いながら、イザベラはカインの差し出した腕に捕まって歩き出した。
今日は王宮へと行く日だ。薬の説明はカインの方が詳しいということで、カインが一緒に行くことになった。それが許されたのは、やはり王家で解毒薬を使いたいということなのだろう。
「体調は大丈夫かい?」
「あれから何日経ったと思っていますの?もう大丈夫ですわ。」
今まで魔力を使えなかったイザベラが魔法を使ったことで、身体に大きな負荷がかかってしまったのだろう、というのが医者の見立てだった。魔力が枯渇するほど使えば、生命の危険もあるからと伝えられ、カインの方が真っ青になっていた。
「もう二度と使わないでくれ。いいね?」
そうカインに懇願されて頷いたが、どうやったら使えるのか、イザベラでもいまだにわからないのだった。
屋敷の入り口では両親が心配そうな顔をして佇んでいた。
「イザベラ、聞かれたこと以外は黙っているんだよ。困ったら、倒れるふりでもするといい。」
「カインに任せておけばいいのよ?くれぐれも余計なことは言わないでね?」
自分の信用のなさが情けない。それでもイザベラは一度伝えておきたいことがあった。
「お父様、お母様。行ってきますわ。それから、今まで育ててくださってありがとうございます。」
「嫁に行くんじゃないんだから、そんなことは言わないでおくれ。ちゃんと帰ってくるんだよ?」
父が泣きそうになっている。
「僕がついているので、絶対に一緒に帰ってきますよ。いっそのこと解毒薬を叩きつけてくればいいのかな。」
拗ねたように言うカインに、イザベラはため息をついた。
「お兄様、それでは二人とも帰れなくなってしまいますわ。穏便に参りましょう。」
二人は王宮から差し向けられた馬車に乗った。目の前に座るカインは少し膨れているようだ。
「どうしましたの?お兄様。」
「……カイン。」
「はい?」
小さな声で言われ、イザベラが聞き返すと、カインがイザベラの頬に触る。
「お兄様じゃなくて、カイン。間違えちゃダメだよ。」
カインはイザベラの婚約者。お兄様と言ってしまって虚偽だと疑われたら、元も子もない。
「分かりましたわ……カイン。」
その名前を口にするだけで、顔が上気するのが分かった。
本当の兄ではないと知ってから、イザベラはカインを名前で呼びにくくなってしまった。兄ではないからお兄様、ではおかしいのは分かっている。それでも、名前を口にするのは勇気がいった。
カインはその様子を目を細めて眺めていた。
王宮に入ると、さらに奥にある、王の私室へと案内された。緊張のあまりカインの腕をイザベラがぎゅっと握ると、カインはその手を宥めるようにポンポンと叩いた。
「呼び出してすまないな。内密の話ゆえ、ここに来てもらった。」
王の私室にいたのは、王と王妃。それから医師団だ。奥には背中を向けた長椅子があり、そこに誰かが寝かされている。おそらく王太子だろうな、とイザベラは思った。
イザベラとカインは腕を離し、礼を取る。
「顔をあげよ。」
そう言われてイザベラ達が顔を上げると、何かを探るように王がイザベラの顔をじっと見た。
「まだ幼いではないか。このような少女に時魔法が操れるのか?」
「あのオババのお墨付きだそうですわ。」
王妃の言葉に、王もなるほどと頷いた。
あのオババというのは魔法店の店主だろうな、とイザベラは思いながらも黙っていた。余計なことを喋れば危険なのは身に沁みて分かっている。
「『春のまどろみ』が流行することを察知し、解毒薬を作ったそうだな。」
下手な返答は危険だ。そのまま二人が沈黙を保っていると、医師団から一人が進み出てきた。学園の医務室にいた医師だ。
「代わりに答えてもよろしいでしょうか。」
「許す。」
「このイザベラという少女は自ら『春のまどろみ』の病に倒れました。一緒にいるカインが薬を飲ませると、イザベラは一晩で目を覚ましたのです。」
「……時魔法を使うのに、自分が病になる危険は察知できなかったのね。」
王妃の少し呆れたような声にイザベラはぎゅっとドレスの裾を握った。
(だから、時魔法が使えるなんて知らなかったんだってば!)
「ふむ。この薬をどうやって飲ませるのだ?相手は意識がないのであろう?」
王の何気ない質問に医師は何故か歯切れが悪くなった。
「そのう、カイン様は特別な方法で飲ませておりましたが、私どもは、少しずつ口に含ませることで投与しております。」
「私が行ったのは、ただの医療行為です。問題はありません。」
医師の視線に応えるように、カインは堂々と言い放った。
「なるほど。ではカイン。」
声をかけられ、カインは王の前に跪く。
「イザベラに飲ませたのと同じ方法で、王太子に薬を飲ませてくれ。そこにも何か秘密があるのだろう?」
すうっとカインの顔が青くなった。医師団も慌てた様子で顔を見合わせている。
「それは、その、医師が処方した方がよろしいのではないでしょうか。」
慌てた様子に王の目が不審げに細められた。
「そなたがこの薬を作ったのだろう?そなたが責任を持って飲ませるのがいいだろう。それともイザベラにやってもらった方がいいのか?」
カインが唇を噛んで返答に困っていると、医師が助け舟を出した。
「しかし、やり方に少し問題がありまして……。」
王は眉を上げた。
「医療行為だと申していたではないか。あれは嘘だったのか?」
医師はどう返答すればいいのか困っているようだった。そこにカインが覚悟を決めた目で口を挟んだ。
「……いえ。嘘ではありません。その代わり、どのような飲ませ方をしたとしても、不敬に問わないと約束をいただけませんか。」
「命が最優先だ。ただし、目覚めなければ、覚悟が必要かもしれんがな。」
王の言葉にカインはさらに頭を下げた。
「畏まりました。」
「では、こちらへ。」
医師団から渡された解毒薬の瓶を持つと、カインは王太子のところへ行った。背中に薬を持っていない方の手を入れ、上半身を起こす。瓶の口を自分の口で器用に開けると床に吐き出した。その後カインは困った顔でイザベラの方を向いた。
「目を閉じて、20数えてくれないか。……お願いだから、絶対に見ないで欲しい。」
切実すぎるカインのお願いに、イザベラは首を傾げた。
「??分かりましたわ。」
イザベラが目を閉じて数を数え始めると、
「なんと……!」
「まあ……!」
王と王妃の驚いた声が聞こえてきた。思わず目を開けたイザベラの視界に飛び込んできたのは、口移しで王太子に薬を飲ませるカインの姿だった。
(え?待って。私に飲ませたのと同じ方法って言ってたよね?ってことは)
そこまで考えて、イザベラはボンっと顔が赤くなるのを感じた。医師団の方を見ると、さっと顔を逸らされた。彼らもそれを知っていたのだ。
「イヤーーーー!」
王の私室に、イザベラの叫ぶ声が響き渡った。
読んでくださり、ありがとうございます。
おそらくあと1話か2話で終わりです。
「続きが気になる」「面白い」「早く読みたい」など思われましたら、下記にあるブックマーク登録・レビュー・評価(広告の下にある☆☆☆☆☆→★★★★★)、リアクションなどしていただけると嬉しいです。




