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第6話 負けヒロインは傷つき続ける

「くそっ、本当に腹立つ!大自然の癖して何様よ!この私を辱めるなんて…っ」


 端的に状況を説明すると、夏の合宿の楽しい海水浴中、水着をさらわれた。少し背伸びして選んだ、大きめのサイズが仇となったのだ。私のスレンダーな体には追い付けなかったとも言える。

 私は慌てて、近くの小さな洞穴のような場所に入る。ここから助けを呼ぼうにも、こんなあられもない姿見られるわけにはいかない。八方ふさがりだ。

 途方に暮れていたところを、最低最悪なことに桜路が見つけてくれた。


「と、とりあえず、タオル!!!!」


 慌てて、すぐ近くにあったタオルを泳いで持ってきてくれた


「泡歌に連絡してネムの上着持ってきてもらってるから!ちょっと待っててくれよ!」


 ムカつくほどに紳士的な桜路は、この私の裸体が曝されているというのに一切こちらを見ず、真っ赤な背中を見せたまま泳ぎ去ろうとしていった。


「待ちなさいよバカ」


 その言葉は、ごく自然に口から出ていた。


「アンタのことなんてなんとも思ってないんだから。別に見られてもなんともないわよ。泡歌来るまで暇だし、ここにいたら?」


 バスタオルを得て防御力があがった反動か、特殊な精神状態による作用か、いつもは喉をつっかかって出てこない、言葉が、少しだけ素直に出力された。


 桜路は目をまんまるにしてから、ははは、と間抜けな笑顔を浮かべて、私の隣に座った。一人でこの洞窟にいた時の不安感は近くに添えられた体温によって霧散する。


 あんなにぽんこつだったのに。随分大きな背中になったな。なんて、


「アンタ、昔から泳ぐのはうまかったわよね。林檎なんか、アンタに泳ぎ教わったって言ってた」

「あぁ、実はな!いつかその技術が、林檎の身を守ってくれたら嬉しい!」

「その癖にアイツ、一切泳ぐ気なかったわね。パラソルの下でぐうたらしてたわ」

「林檎らしいがな」


 はははという豪快な笑い声とふふという控えめな私の笑い声が交差する。声変わりしての太くなった声と、少しだけ大人びた私の声が重なると、昔よく聞いていた笑い声の連鎖よりも大人になったんだなと感じる。


「それにしても、ここ、随分果物臭いわねこの洞穴」

「丘の上の果物がたまに落ちて流れてくるんだろう」


 遠くの方で鐘の音がなる。12時を知らせる鐘らしい。それと同時に、オレンジが一つ流れついてきた。拾い上げてみると、傷一つない。それなりに波が激しかったように思うが、そんなことが可能なのか。


「泡歌が町の人間から聞いたらしい。ここ、岩とかさえぎる物がないから異常に流れが強くて、あのあたりの丘から落ちた果物とかがほぼそのままここの洞窟に流れこんでくるらしいぞ」


 そう言って、流れ込んできたオレンジを桜路は手にとって、かじった。


「しょっぱ!すっぱい!!」

「ふはっ、当たり前じゃない、何かじってんのよ」


 ◆◆◆



「…………」


 嫌な夢を見た。

 その日一日、不機嫌なのが顔に出ていたのだと思う。

 授業中、明らかに私を当てようとしていた教師が思わず隣の生徒に照準を変える程度に。


「いやーわかるよわかる」


 全てを先回りして勝手にわかった気になっている女、林檎がアルバムをめくりながら同調してきた。今日はまだ一言も言葉を交わしていないというのに「わかるわかる」から会話を始める神経のやつに私の感情がわかってたまるか。


「戻らない過去って、夢になって襲ってくるんだよね」


 わかるんかい。


 私は「当たりよ」と答える代わりにため息をついた。


「すご、本当に当たったんだ。進路希望占い師にしようかな」

「進路希望調査、そういえばそろそろ締切ね」


 高校三年生の初夏。良い大学を目指す人はとっくに佳境に入っており、部活動は最後の大会に向けて動き出す時期。恋なんかにかまけている暇はない。


「おーくんとあーちゃんはそういう意味では進路が駆け落ちだったのかな」

「そんなものを進路先として認めていいわけないでしょ。駆け落ちなんてむしろ過程じゃない」

「そうなんだよ。駆け落ちって過程なんだよね」


 なんと、本題だったらしい。どんな会話の回し方だ。


「そもそも、駆け落ちってことは、何かから逃げたかったんだよね」

「定番は親に反対された、とかかしら」

「少なくともおーくんのパパとママは良い人だけど」

「何それ、幼馴染アピール?私も知ってるけど」


 いちいちつっかかってくるなこの女。家族。桜路には当然家族がいる。両親は海外出張で家を留守にしていることは多いが定期的にテレビ電話などで連絡を取り、子供が風邪をひいた時はわざわざ海外から帰ってくる、愛情はある家庭であった。桜路側の家族が原因の駆け落ちには見えなかった。


「だから、あーちゃんの方なのかなって」

「アイツがどんな家庭環境してるかしんないけど、毎日弁当作ってもらってたじゃない」

「あー、やたら綺麗な卵焼きのやつね」

「だから愛されてはいたんじゃない。知らないけど」


 第一、愛されて育ってなければ、あんなに無知で無邪気でいられないだろう。

 それなのに、アルバムの弾けんばかりの眩しい笑顔が今では全てお面に見えてくる。


「……燃やそうかしらこのアルバム全部」

「ちょっと、何言ってんの」


 こんなもの最早思い出などではなく特級呪物である。お焚き上げしてさっさと次に進んだ方が良いに決まっている。


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