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第4話 負けヒロインは諦めが悪い

 

 周囲はあの日々を過去に整理整頓していっている。

 散らかった部屋を片付けられていないのは私だけだ。


 そうやってぐるぐる考えながら、散らかった部屋で失くしたものを探すように、文化系の部室が並ぶ廊下をずんずんと進んでいく。

 そして、吸い寄せられるように立ち止まる。そこには、忌々しい扉があった。


『探偵部!気軽に相談大歓迎!』


 やたらとカラフルな文字のポスターが恥ずかし気もなく堂々と貼ってある。

 いつもなら扉の前に立つだけで、泡歌をはじめとした部員たちの騒々しい声が聞こえてきたものだけど、不気味なほどに音がしない。当然電気もついていない。

 幼い頃の遊び場だった公園が、ある日突然工事の囲いで覆われていた時と同じ感覚が、胸を掠める。


 ここを遊び場としていた連中は、きっとみんな私と同じ。

 王路がいたからあの部活に集っていた。

 王路に恩を返したくてあの場にいた。

 肝心の主人公である王路がいないのであれば、こんな部室棟のはしっこに来るはずがない。


 きっと扉の先には王路達がいたあの時のままの部室がそのまま冷凍保存されたかのように広がっている。誰も手をつけられない思い出が、ただそのまま。

 私は、それを見てどんな感情を抱くのだろうか。意を決して扉を引いた。


 存外、部室はあの時のままではなかった。


「…………は?なによこれ……」


 それどころか、玩具箱を逆さまにして引っ掻き回したように、部室中に謎の冊子やら、プリントやらが氾濫し、床が見えないほどに物で埋まっていたのだ。


 唖然としていると、下からガサリと大きな物体が動く音がした。野生動物や不法侵入者の可能性に思い至り、体を硬直させる。

 しかし、ゴミ(暫定)山の中から聞こえてきたのは、害虫でも野良猫でも犯罪者でもなくよく聞き覚えのある声だった。


「あ、ネムりんじゃん。やっほーい」



 部室の奥からのそりと起き上がったのは、あの女。調行林檎。散乱した思い出の山から袖の余ったカーディガンをひらひらと振っていた。


「全然来ないから退部してたのかと思った~皆勤賞は私だけかぁ。無断欠席はこの探偵部部長代理の調行林檎を通してからにしてくださぁい」

「……アンタがいつ部長代理になったのよ」


 私はため息をついてから部室を見回す。どうやら散乱しているのはアルバムのようで、思い出の山という表現は間違っていなかったようだ。

 空港でダサい口論をしたあの日から、校内で見かけていなかったが、こんな場所に引きこもっていたのか。


「まだこんな部活に通ってる物好きがいたのね」

「うん。部員も依頼者も立ち寄らなくなっちゃったからねぇ。サボり場所としては穴場なんだよ」

「不良学生が」

「ネムりんだって部活動の無断欠席してたじゃーん。同罪同罪」


 そもそも、まだ部活が続いているだなんて思いもしなかったのよ


「……アンタ、毎日ここきてたの?」

「部長がいなくなっただけで部活は廃部してないじゃん?」


 それが当たり前のように林檎は言った。

 まさか部活が続いているだなんて思っていなかった自分が責められてるように感じ、私は、む、と唇を引き結ぶ。


「驚いたわね。アンタがそんなに探偵ごっこが好きだったなんて。アンタも私も他のやつらも、ここにいる理由なんて王路がいるからだけでしょ」


 私の渾身の嫌味に林檎は「ま~ね」と素直に肯定する。


「廃部よ。そんな薄情な部員しかいない部活は」


 林檎は私の皮肉にあははと声をあげるが、心は全く笑っていないのがわかる。

 何よ。あんたそんな殊勝な女じゃないでしょ。王路に近づきたくて入部して、王路以外の人間には興味ありませーんなんて公言する。そんな薄情で軽薄のペラペラ女じゃない。


「でもさ、おーくんに近況話す時、部長がいなくなったから廃部にしましたなんて情けなくて言えなくない?」


 近況を話す時……って、まだ恥ずかし気もなく王路に連絡するつもりなのかこの女。

 あぁ、きっと、この女はまだあの日々を思い出にしていない。

 丁寧にあの日々に終止符を打つ中。この女だけが、あの日々を続けている。


「諦め悪い女ね」


 やはりこの女は馬鹿だ。大馬鹿だ。

 今更こんなことをしたって、王路と泡歌が戻ってくるわけがない。王路に恩を返せるわけでもない、生徒の役立てるわけでもないし立ちたいだなんて思ってない。部員なんてムカつくやつばっかり。

 こんな過去の日常は終わらせてさっさと受験勉強に身を投じた方がよっぽど建設的で正しい行為だ。


「……私が部長やるわ。アンタみたいな不良学生に任せてらんない」


 それなのに、なんでか私は先生から手渡された廃部届をポケットの中でクシャリと潰した。


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