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第29話 めでたしめでたしの仕方を知るには

 乙都の同棲相手は泡歌?今、確かに林檎はそう言った。

 心臓の早鐘を打ち始める。


「先生さ、体育祭の時のアルバムも持ってったでしょ。それとも、もしかして燃やしちゃった?私、全部のアルバムを穴が開くほど見てたから覚えてる。先生、あーちゃんと全く同じお弁当の具なんだよ」


 思いもしなかった着眼点だ。先生の弁当の中身など気にしたこともなかった。コイツはそんなところまで執念深く見てたというのか。


「体育祭のアルバムが見当たらなかったあたりで、違和感に気づいたの。なんでなんも変哲もない体育祭のアルバムだけが持ってかれたのかなって。先生とお弁当の話して気づいたよ。あのアルバムもお弁当が映ってた?それともアレかな、明らかにあーちゃんが男物の上着を着ていたのが怪しいと思われると思ったのかな?」


乙都はあくまでも黙秘をする。しかし、林檎は畳みかけるように真実で乙都を切りつけていく。


「生徒と同棲するのはさすがにバレたくなかった?でも兄妹とかごまかす手段もあったよね?それをしないってことはやっぱり恋人同士だったのかな」

「こ、恋人!?」

「泡歌と!?」


私と陽芽の丸くなった目を物ともせず乙都はボソリと答えた。


「……恋人ではない。それだけは言っておく。だがそれ以上は言わねぇよ。泡歌のためにも、桜路のためにも」


その言葉は、泡歌と桜路の駆け落ちに、この男が大きく関わっていることを示す決定的なセリフだった。

それから本当に黙りこくってしまった。

空気が淡い電気をまとったようにピリピリして、呼吸が痛い。

そんな緊張感の中でも林檎はゆるりとした態度で言葉をつづけた。


「親戚でもない、恋人でもない、それじゃ、二人の関係ってなんだろうねぇ?」

「周りくどい。お前はなんだと思っている」

「……許嫁とか?」


許嫁、現代日本の庶民にとっては全く縁がない言葉だ。ずっと会話に置いてかれている私と陽芽はまた顔を見合わす。


「きっとコンビニで語ってくれた、今年結婚するっていうのも嘘じゃなかったんじゃないかな?私にウソをつくとバレると思ってあえて本当のことを言ってはぐらかしたんでしょ?」

「さすがに、許嫁なんてそんなもの、現代日本でまだあるんですか?」

「あるよ。私は幸いそういうのいなかったけど、確かにまだある」


林檎くらいの家柄なら、案外その概念が生きているのかもしれない。彼女があっさり肯定するので、否定する材料はなかった。


「先生、案外育ち良さそうだもんね。達筆だったり、使ってるペンがそこらへんのボールペンじゃなくて万年筆だったり」


私達に聞こえるように、大きなため息をついた。まるで、肯定しているみたいだ。


「おーくんが、私達にも、家族にも、駆け落ちの理由を話さなかったのは、あーちゃんと先生が同棲してる事実を隠してあげるためだったのかな、全部、全部あーちゃんを守るためだったのかな」


ずっと、この場で強者として君臨していた林檎の超人的なオーラが、この一言と共に霧散した。

まるで、この場で最も弱い生き物みたいに、すがりつくみたいに。

ただ一人この場で真実を知っている乙都が、林檎よりもヒエラルキーが上になった瞬間だった。

そんな事実を知りたくない、しかし、私達は、失恋を清算するためにその事実を知らなければならない。


「……確かに泡歌は、俺と許嫁だった。だが、桜路に恋して二人で駆け落ちしたんだ。俺みたいなジジイと結婚するよりよっぽど幸せだろ」


乙都は、ウソをついているようには見えなかった。

そんなに、あっさりと真実を告げられた。


「嘘は言ってねぇよ。お前ならわかるだろ名探偵さんよう」

「泡歌先輩は、兄さんを奪ったんですか?」

「……お前の兄ちゃんのことは残念だけど、駆け落ちして幸せに暮らしてんだろ。邪魔してやるな」

これ以上、ボロを出さないようにか、乙都は財布を取り出した。

「黙ってたのは悪かった。だが、アイツらが言わなかったってことは詮索されたくねぇってことだろ。俺からはとても言えない。わかってくれ」

手切れ金か、乙都は一万円を出した。

「教師のやること?」

「最低ですね」

私と陽芽が冷ややかに言うが、乙都は気まずそうに返す。

「俺がしてやれるのはこれ以上ねぇよ。別に俺と飯食いたかねぇだろお前らは」

「こんなのいらない……」

消え入りそうな声で林檎は言う。今、この空間で一番弱い生き物みたいな声だ。

「泡歌と桜路だっていつかは顔出すだろうよ」

呆然とする私達を置いて、乙都は去っていた。

お通夜のように静まり返った部室。


「……もう終わったんだ。先生の言う通り、このアルバムも全部燃やしちゃった方がよかったのかな」


誰も、林檎に返事ができない。

一枚、写真がはらりと落ちる。合宿の時の写真。先生が知り合いだからとかで安くしてくれた宿。

待って、先生が関係しているなら、少なくとも、


「今更言ってどうすんの」


む、と怒ったように林檎は言う。


「」

「じゃあワンチャンあるじゃない!!」


私は叫んだ。


「アンタ、桜路を寝取る気概があるんでしょ!そんなんでへこたれてんじゃないわよ!!」


「行くわよ林檎!陽芽!ちょっと早い夏合宿よ!」

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