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第20話 負けヒロインは残り香を吸う

「さて、陽芽ちー。おーくんの部屋まで案内してもらおうか」

「ふざけないでください。貴方達が行けるのは親の寝室までです」

「ま、おふざけはここまでにして……」

「おふざけってことにした」


 なんで漁る気満々なんだよ。

 私たちは陽芽の家、もとい桜路の実家に来ていた。

 部室の中から安楽椅子探偵ごっこをしていた私達にとって、実家の情報は大きな手掛かりになるに違いない。


 この間、勝手に音木家を訪ねたときよりも、部屋はずっと片付いていた。

 相変わらずお茶は出てこなかったが、林檎が文句を言ったせいで、陽芽はしぶしぶ冷蔵庫から二リットルのペットボトルを取り出す。

 その奥に、几帳面にタッパーへ詰められた作り置きのおかずが並んでいるのが見えて、少しだけ胸をなで下ろした。


「もうすぐお父さんとお母さんも女の子の一人暮らしは不安ってことで帰ってきてくれるんです。心配かけたくはないですから。別に先輩達を出迎えるためとかじゃないですから」


 私は何も言っていないのに、陽芽は自ら情報を提供してくれた。

 その天邪鬼さは私の専売特許だろう。後輩らしくてかわいいかもしれない。いいものじゃない。


「おーくんの部屋ってここ?」


 一方かわいくない同級生は、既にドアノブに手をかけた状態ですごいことを呼びかけてきた。


「下心ある人に教えるわけないでしょう」

「じゃあ、違うのかぁ、明らかに陽芽ちーの部屋が一つ、間取り的に両親の部屋であろう部屋が一つだから残りの一つはおーくんの部屋かと思ったのになぁ」

「そこまでわかってるならなんで聞いたんですか……」

「……実際どうなってんのよ」


 こんなプライベートを土足で踏みにじる奴に加担したくはないが、現在、桜路の部屋がどうなっているかは知りたかった。


「…………見ます?」


 2対1になってしまった陽芽は、ため息のをつくように提案をしてきた。私達の強引さを嫌と言うほど知ってしまった今はそう提案するしかないのだろう。かわいそうに。


 こうして、陽芽が林檎をどかして、ゆっくりと桜路の部屋の扉を開けた。

 幼いころ何度か足を踏み入れたその部屋は、玩具や図鑑、推理小説が雑然と積まれた、いかにも男の子の巣のような空間だった記憶がある。

 扉を開ける陽芽の慎重な手つきから、桜路が駆け落ちして以来、一度もこの部屋を開けていないことが伝わってきた。

 きっと、探偵部の部室と同じく、あの日から時を止めているのだろう。しかし、ゆっくりとあらわになっていく部屋は、記憶よりずっと整頓された部屋だった。


「陽芽ちーが片づけたの?」

「……いえ、兄さんが」


 勉強机、ベッド、本棚。確かに桜路がここで暮らしていた痕跡はあるものの、男の部屋とは思えないぐらいにキレイに片付いていた。

 この整頓された部屋から何かしらの推理を語ってくれことを期待して林檎に目を向ける。


「わ~このコート、おーくんの匂いがする~懐かしくてなきそう」


 しかし、既にこのバカは部屋に夢中で使い物になりそうにもなかった。


「ポケットに手つっこんじゃえ、ぬくもりを感じたい」

「気っ色悪いわね」

「レシート入ってた」

「!本当ですか、何か手がかりは……」

「君たちにはまだ早い。これは名誉のために私が預かっておきます」

「は!?何を買ってるってのこのバカ!」

「あ、かわいい〜〜ちっちゃいころのおーくんの写真だ~」


 私が推理を期待したいていた名探偵は部屋のものから何か推理することもなく、目に入るもの全てに興奮していた。

 私は溜息をついて林檎の手に持っている写真を覗き込む。その薄く埃をかぶった額縁の中には幼い頃の桜路、泣き虫弱虫だったころの桜路がいた。


「これ、陽芽ちー?」

「はい」

「待って、これ、ネムりんじゃん」


 写真に写るのは、フランス人形のような少女と素朴な男の子、それからそんな男の子の後ろに隠れてそっと袖をつかむ少女。私と桜路と陽芽。親に連れられて子供会のイベントで遊んだ時の写真だ。


「子供の頃から美少女だったってわけ」

「なんか、子供の頃から貫禄あったんだね」

「素直に褒められないわけ?」

「オーガニック食材しか口にしたことなさそうですよね」

「だからって嫌味を言えとは言ってないのよ」

「アンタも幼馴染とまでは言えないにしろ、小学校高学年の時には桜路と会ってたんでしょ!ちっこくて弱かったころのアンタの写真探してやるから待ってなさい」

「私は写真とか撮るような幼馴染じゃなかったから、無敵」


 あまりにも哀れな胸の張り方だ。


「ありますよ、調行先輩の写真」


 しれっと、陽芽がつぶやいた。「え」と、林檎の口が少しだけ間抜けに開く。

 陽芽は、桜路の机から大事そうな一つのファイルを取り出した。一ページ目を開くと「ありがとう」と書かれた手紙と共に、入院服を着た男女の写真が丁寧にファイリングされていた。


「え、え、お、おーくんわざわざこんなの残してくれてたの……?」


 勝ち誇るかと思いきや林檎は珍しく動揺していた。私は嫌味の一つでも言ってやろうとファイルを覗き込む。この入院服の男女は、深窓の令嬢の幼体じみた林檎と、やんちゃに笑う桜路だ。


「これ、アンタから出した手紙?」


 それこそ黒歴史でも載っていそうだ。私はいそいそと封を開けた。

『おーくん、なかよくしてくれてありがとう。いっしょうりんごのことまもってね』今と変わらないあざとい丸文字が一番に目に飛び込んできた。


「重っ!」


 思わず叫ぶと林檎は「失礼なー」と顔をしかめる。


「アンタと桜路の接点知らないんだけど」


 幼馴染ではあったが、私が林檎と初めて出会ったのは高校で探偵部に入部してからだ。この二人がどの時点で知り合ったのか、実は全く知らないのだ。

 林檎の性根が腐っていたのはこのころからなのか、桜路に出会って恋をしたことで後天的に性根が腐っていたのか。


「私、小さいころ体弱かったからしょっちゅう入院してたんだ。あんま学校とかも行けてなくて」


 林檎は「おしえなーい」とこれまた面倒くさい女ムーブをするかと思いきや、思ったよりも冷静に、過去の写真を見つめたまま語り始めた。


「兄さんが骨折して入院した時でしたっけ」

「うん。そろそろ退院するって時に、私ね、学校行きたくなさすぎて勝手に病室抜け出して病状悪化させようとしてたんだけど」

「性根が腐っていたのは先天的なのね」

「結構なクソガキですね」

「そう、そんなお茶目な女の子に、おーくんは”俺が一生守るから安心して学校に来い!”って言ってくれたの」


 アイツ、そういうところあるわよね。腹が立つ。素で、そういうセリフが出てくる男なの。自分が世界で一人だけのお姫様だと錯覚してしまうような、まるでヒーローの背中を幻視してしまうような、そんなセリフを何の屈託もなく言ってしまえる。そして、有言実行をしてしまえる男だった。


「私、小説とかテレビでしか学校知らないから、いじめとか受けるんだろうなって思ってたけど、おーくんが守ってくれるって宣言してくれたから安心して学校行けたんだ」


 確かに、林檎は学校ではずっと桜路の後ろに隠れていた。他人と口をきくことはほとんどなく、私と初めて顔を合わせたときなど、まるで先住猫が新入りを警戒するように、じっと私をにらみつけていたように記憶している。


「それで、アンタ桜路に執着してるわけね」

「子供の頃の口約束ですか」


 やめなさい、陽芽。それは私にも刺さるわ。


「うん、私が送った手紙。こんなに大事にとっておいてくれてたんだ」


 陽芽や私の嫌味にも動じず、林檎は桜路の写真を愛しそうに撫でた。


「よかった。ネムりんの写真より私の方が大事に扱われてて」

「私の方が写真の数が多いわよ!すぐ見えるところにある!!」

「どう考えても家族の私が一番写真が多いです」


 結局こうなるのだ私達は。


「結局、選ばれたのは一切アルバムに写真がない泡歌だから不毛だったわね」


 私達はヒートアップして立ち上がったが、桜路の部屋の床に座った。


「泡歌さんってどんな人だったんです?」

「変な子だったわ」

「変な子だったね」

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