第18話 私達は同じ毒に蝕まれている
こうして居住地の一つ前の駅で降りた私達は、静かな夜の街を3人で並んで歩いていた。
「……確かに、ちょっと、大声出しすぎたわ……」
さすがに、謝罪をした。久しぶりだ、謝罪という行為をするのは。
「いやぁ、ネムりんが陽芽ちん以上に騒いでくれたから注目がネムりんに移ってラッキーだったね陽芽ちん」
「……同行者と思われるのも恥ですよ」
陽芽は拗ねたというよりも疲れたように言った。
「アンタ、わざと危険な目に会おうとしてたでしょ」
「……」
「アンタどれだけ危険なことしてたかってわかってんの?そんな無防備に一人でさぁ」
「まぁ、私達が言えたことじゃないんだけどね。一応できるだけ人が多い明るい場所にいるって意識はしてたんだよ」
「……わかってますって」
陽芽はもう黙秘をすることに疲れてしまったのか、やけくそのように答えた。
「わかってますよ、私がどれだけ危険なことをしていたかなんて」
それから鼻をすするような音がした。
陽芽の乾ききっていた目がみるみると潤っていき、決壊した。
「でも、じゃあ、それじゃあ、なんで兄さんは助けにきてくれないんですかぁ……」
そして、とうとう膝から崩れ落ちた。
「いつも、不幸な人がいたら必ず見つけ出してくれて、ピンチには必ず駆けつけてくれて、いつだって助けてくれるのに、なんで王子様は、兄さんは、助けに来てくれないんですか……」
ずっとせき止めていた何かが壊れたかのように、涙で輪郭が朧げな言葉がポロポロとこぼれ落ちている。
「何言ってんだろ……きてくれるわけないのに…………」
冷静な心と叶わない理想を弱々しく零した陽芽は、ポロポロと涙を零しながら自嘲していた。
あぁ、同じ穴のムジナだ。
私たちと同じで過去の鎖に囚われてるくせに無理やり前を進もうとするものだから、締め付けられた鎖で血だらけになった不器用な女の子だ。
私達は、電車で騒いだ反動か、しばらく何も話さず静かに住宅地を歩いていた。
私達以外に人はいない。1駅前で降りたせいで30分ほど歩かなくてはいけなくなってしまった。
「……本当は、何も知らないんです。兄が駆け落ちした理由」
いつもの公園に差し掛かったあたりで、陽芽が少しだけ輪郭が掠れた声で呟いた。
「は?家族にも言ってないのアイツ?あり得ない」
「いえ、兄さんは、きっと聞いたら教えてくれました……ただ……」
陽芽は公園のフェンス──いつも桜路が立っていたあの場所を、まるでそこに桜路がそこで帰りを待って立っている姿があるかのように眺めてから、ゆっくりと目を逸らした。
「私が聞かなかった……聞けなかったんです」
どこかで見たような、嫌というほど鏡で見たような顔とそっくりだった。
最後まで素直になれなかったせいで、何も知る権利を得れなかった、哀れな女の顔だ。
「……そもそも何を聞くっていうんですか?兄は泡歌さんと恋に落ちて、駆け落ちをした。きっと泡歌さんの方に何かしらの理由があって駆け落ちをした。それでこの話は終わりでしょ。恋人でもないただの幼馴染の分際で何を詮索しようとしてるんです」
「妹なのに、詮索しないのね」
「兄が、詮索しないで欲しそうだったので」
どこまでも良い子でいようとしたその頑固さは、素直に尊敬に値する。しかし、笑ってしまった。あまりにも私達と同じだから。
格好つけて、兄の前では迷惑をかけない良い子でいようとして、聞き分けの良い振りをした、見栄っ張りな女。
「な、なに笑ってるんです。そんなに惨めですか、兄に置いてかれて拗ねて泣いてる女が」
わかるよ。私達は、同じ種類の毒に蝕まれているから。
「陽芽ちんは良い子なんだねぇ。お兄ちゃんの前では良い子でいたいから、お兄ちゃんの知られたくない秘密は詮索しないで見て見ぬ振りをしてあげるんだ」
「秘密ってなんですか。だから兄は泡歌先輩と愛し合って駆け落ちした。それ以外の事実があるって言うんですか?」
「どうせ、知ってるんでしょ?おーくんがネムりんのことを好きだったことぐらい。あんなノートつけてるぐらいだから」
私はちょっと、気まずくて目をそらす。
「……兄から、そのことで相談を受けたこともありました」
驚いた。この子知っていたのか。
そして、桜路が妹にその恋心を相談していたということも。しかし、それだけ兄妹間で隠し事が無い関係で、駆け落ちした本当の理由をあえて打ち明けなかったのは、妹に隠したかったのか。
「ねぇ、陽芽ちん。なんで、危険な目にあってるお姫様を王子様が助けにきてくれないか知りたい?」
林檎がひどく優しい声で尋ねた。陽芽は、本当に小さな仕草で頷いた。
「それじゃあ、探偵部に入ればいいよ」
「は?」
「謎を追いたいんでしょ?じゃあ探偵部一択だ」
「謎って、そんなの、兄さんが遠くに行って、私が不幸なことなんて、知る吉もないからで……」
「アイツは、アンタがピンチなら助けくるわよ。林檎に同意するのは癪だけど。」
「……その謎に答えがあったとして、どうするんですか?」
「私たちはあいにく悪い子だから。納得のできる答えがでるまで謎を追うだけだよぉ」
林檎が、陽芽の頭をポンポンと撫でて、優しく笑った。
陽芽の問いに答えなかったのはわざとだろうか。
「迷惑かけたくないなら、せいぜい物分かりの良い、良い子でいればいることね」
だから、あえて私も追及せず、林檎に続いた。
「それでも私たちはアイツに迷惑をかけるから。また明日も学校でアンタの兄貴が駆け落ちした秘密を勝手に探るから」
陽芽は、言葉を返さなかった。
「止めたいんだったらとっとと邪魔しにきなさい。学校にね」
「もちろん、一緒に探るのも歓迎だからね」
◆◆◆
翌日の昼休み。
中廊下を歩いていると、下級生の女子生徒の集団が歩いてくる音が聞こえた。
「乙木さん、日直手伝ってくれてありがとう!」
「新学期に具合が悪くて学校に行けてなかったので、こんなことぐらい手伝いますよ」
「本当に助かった~」
「いいんですよ。いつでも言ってくださいね」
その女子生徒たちの中心で、にこやかかつ社交的に会話をしている少女は、よく見覚えのあるような、それでいて、懐かしいような少女だった。
「あら、陽芽じゃない」
「……ネム先輩」
一瞬、昨日のように、殺人犯みたいな目に戻った。まるで同級生といるときに話しかけてくんなと牽制するように。
「わ、ネム先輩と知り合いなの~!?」「ネム先輩近くでみるとかわいい~」などと陽芽の同級生達が気持ちのいいさえずりを聞かせてくれる。
不本意そうに「そ、そうなんですよね~」とほほ笑む陽芽が面白くて仕方ない。
「ふふ、久しぶりに見たわ委員長」
「……新学期始まってから登校してなかったので、もう委員長じゃないですよ」
昨日のぼさっとした頭のパジャマの女はどこへやら。
膝丈スカートに綺麗な長髪をはためかせて、陽芽は去っていった。




