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第16話 負けヒロインはかつてツンデレ暴力ヒロインだった

林檎の目線の先を追う。人、人、人、たくさんの人の隙間。

黒いパーカーにキャップをかけた女が目に入った。

明らかにこの時間の電車には似つかわしくない。

まだ幼さを残す顔立ちと、か細い肩。

一日の終わりを引きずる大人たちの群れの中で、その存在だけが異質に浮かんで見えた。


「は!?あれって……」


そこにいた、予想だにしなかった人物に、思わず駆け出しそうになった。

しかし、ターミナル駅の電車であることもあり、次々と人が電車に乗ってきて、うまく進めない。

「待って、ネムりん」と情けなく唸く林檎を置いて人の波をかき分けていく。

声が届く距離まで近づいた時、私はその名を呼ぼうと息を吸い込む。

しかし、タイミングの悪いことに、邪魔者が割って入って来た。


「君、一人?」

「……」

「お兄さん達と遊ばない?」

「……」


黒いパーカーの少女は遊び慣れていそうな派手な髪色の男2人に絡まれていた。

しきりに話しかける男に、少女は言葉を返さない。しかし、完全拒否というわけではないようで、ただただ、ボーっと男の顔を見上げていた。


「……遊ぶって、何を?」


それからゆっくりと、少女は口を動かす。

誘っている男側も意外と素直な態度に目を見開く、それからにぃっと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「!、いいねぇ!純朴な子は好きだぜ」

「遊び方なんて俺たちが教えてやるからさ」


少女の手は少しだけ震えていた。男達から視線を逸らして、考え込むように、ぎゅっと握ったスマホを見つめる。一体、その画面に何が映っていたのかはわからない。



それから決意をしたように顔をあげた。


「それって、危険な遊びですか」


その声に怯えはなく、ただただ、事実を確認するかのような言い方だった。「危険な行為なら付き合わないぞ」という牽制ではなく、本当にただ、その行為が危険であるかを確認しているような。


「お、興味ある?」

「危険じゃないけど刺激的ではあるかもよ」


少女の投げやりな態度になんだか腹が立った。

そして、それ以上に。その壊れそうな少女に触れようとする手が無性に許せなかった。


「どきなさい。その子は今から私達と遊ぶの」


気づけば私は堂々と首を突っ込んでいた。

無気力だった少女の瞳がぱちくりと瞬く。

男達も唐突に登場した第三者に驚きを隠せないようだ。


「誰だよてめぇ!!」


バカは焦ると感情が怒りに変えてしまうと何かで聞いたことがある。

何が起きているかわからない状態で瞬間沸騰する姿はまるでサルを見ているようだ。


「オイ!邪魔すんなよブス」

「はァ!?私がブス!?目腐ってるんじゃないの!?」


私は人生で一度も言われたことのない罵声に驚いて、思わずキャップを外してしまった。


「うぉ、マジの美人じゃん……」

「これって一石二鳥じゃね?」


男達がざわめく。基本的に賛辞は好きだけど、知らない男に勝手に品評されるのは気持ちよくはないわね。むしろ不快だ。

これ以上、男達に私の美しい顔を見せるのは癪だったので、また目深にキャップを被った。


「下等生物は人間の美醜の物差しもぶっ壊れてるのね。ブスと言ったことだけ取り消してさっさと消えなさい」

「取り消す取り消す♪君も一緒に……」


伸びてきた手を、キャップでパンっとたたき落とした。


「触らないで、人間としてのレベルが違いすぎて美醜もわからない男とこれ以上話したくないわ」

「下手に出てみれば、口悪ぃなお前!いい加減にしろよ」


バカは相手の美しさよりも自分がマウントを取れる相手かを重要視するのね。変わり身の早さに笑っちゃう。笑えないけど。


「女だからって力でわからせられねぇと思ってんのかお前?」


男が手を振り上げた。素直に驚いた。その沸点の低さに。

考える力がないと、こんなに早く、言語ではなく肉体でマウントを取ろうとするのか。

自分の不満を言葉にする能力がないから、どうしようもない苛立ちを表現する方法が暴力しかないのだろう。

うん。さすがに驚いたわ。

私は、男の右頬をバシンッッと音が鳴るほどの勢いで、ビンタした。


「アンタこそ、男だからって殴られないと思った?甘ちゃんね」


他人に興味のない都会人達の目が一斉にこちらを向いた。

暴力をふるったのは私が先だが、この背丈の男2人と少女一人では、この状況でも私の方に同情してくれるだろう。


「えぇ……なんで一瞬はぐれただけでこんなことになってんの……」


あまりにも遅い到着をした林檎が、力なく半笑いしていた。

周りの人間は直接助けに来ないものの、冷たい目を男達に向けている。

男二人組は舌打ちをして「チっ、調子乗っててキモイからいいわ」など捨て台詞を吐いて電車から降りてった。

電車が発進すると、都会の人間達はすぐにスマホに目を落とし、各々の世界に戻っていく。私は、あえて少女の前まで行ってつり革につかまった。林檎も隣に立つ。


「………最悪。なんでこんなところで会うんですか」


逃げ場がなくなった椅子に座ったままの少女……いや、陽芽は、気まずげに目をそらして言った。


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