第9.5話 負けヒロインのたしかにあった日常
ストーリーには直接関係ないけど、昔の探偵部の日々の解像度を高めるための回です
その日はいつものように、男1人、美少女3人という異様なパーティーで登校をしていた。
「おはよう!今日の放課後だが、いなくなった野良猫の行方を探るぞ!」
朝、校門まで一直線に向かう道で、桜路が意気揚々と拳をかかげた。「いぇーい!」
とノリの良い泡歌が、小さな体を跳ねさせて桜路と一緒に拳を突き上げる。
「体力勝負だからな!しっかりご飯は食べるように!」
先生かよ。そう思いながらも、その素朴なお父さんのような物言いに、思わず吹き出してしまった。
「待てよ……」
悩み一つ無さそうな桜路の顔に、翳りが生まれた。桜路は思うがままに自分のカバンをごそごそと探り出す
「べ、弁当忘れた!!」
桜路のバカがそんなことを叫んだ。桜路がヘマをしたとき、いつだって私と林檎はここぞとばかりに桜路に絡みに行く。
「はぁ?妹がせっかく作ってくれたんでしょ?」
「今日は、修学旅行でいないんだよー。だから俺が作ったんだけど、忘れてしまったんだ」
なんでもできる私は当然弁当を作ることなんて容易だ。言えば作ってやらなくもなかったのに。
「えー言ってくれれば私が作ったのにぃ」
なんてことを言おうとしたら、林檎のやつに先越された。
「そんなの悪いよ林檎」
当然、桜路は断る。
「それに、自分で作る弁当だからこそ、持ってきたかったんだけどなぁ」
「あっはは、それなのに忘れたんじゃ意味ないじゃんね!」
快活に笑ったのは泡歌。よく笑う子だった。いや、むしろ笑ってない時の方が珍しいような。少なくとも、探偵部で活動している時は常に笑顔だった。
「今日の夕飯にするかな」
「じゃ、お昼は購買?今、竜田揚げサンドが美味しくて人気なんだよ!」
「たまにはそうするか……」
親が海外出張とかなんとかで妹と二人で暮らしている桜路は、毎日妹に弁当を作ってもらっている。皿洗い、洗濯などその他諸々の家事は桜路が担当しているらしい。
正直料理は下手だったし、それが円滑に生活するためにも懸命だろう。
「でも今月お金厳しいんだよなぁ」
「あははっどんまいどんまい」
「私が奢ってあげようか?お金だけはいっぱいあるよぉ?」
「高校生の男女間の関係として不健全すぎるわよ」
「うっさ、ネムりんは黙ってて」
「あはは……なんらかの法に抵触しそうだから大丈夫だぞ林檎」
そんな会話をして、私たちはそれぞれの教室に行く。お弁当か。
私は完璧な人間なので当然料理もできる。私の顔を使えば一人分の弁当分の家庭科部の食材は貢いでもらえるだろう。たまには妹以外の味が食べたくなるだろうし、この貴重な機会に私が作ってやらないこともない。
え、この井原音夢の作る弁当を食えるのか?感謝してもし足りないだろう。泣いて漏らして喜ぶことね。
そう思いながら家庭科室に向かったところ。
「げ」
見るからに嫌そうな顔をしたエプロン姿の林檎が立っていた。
「……家庭科室は専有中でーす」
「アンタになんの権利があんのよ。どうせ勝手に使ってんでしょ。私は許可とってるわよ」
「個人単位では専有できないから探偵部の名前で許可とったでしょ?じゃ、私も使う権利があるよねぇ」
「…………まぁ、いいわ。どうせ桜路の弁当作ってやってるんでしょ。せいぜい頑張りなさい」
「……ネムりんは作らないの?」
「誰があんなクソボケのために……」
「まぁ、私のかわいい愛妻弁当の後には出しにくいよね」
「は!?誰がアンタの弁当より劣ってるって!?そこまで言うなら乗ってやるわよ!私の美しすぎる弁当に慄くことね」
「想定の10倍ぐらい重心乗っけて怒って来たね」
そんなわけで、気づけば私と林檎が、対面する形で料理をすることになっていた。
包丁が刻むリズムと、箸がボウルに当たる音だけが家庭科室に静かに響く。
「……正直、私なんかが急に弁当渡しても迷惑かもって思ってたから、迷惑な人間がもう一人いてよかったぁ」
私はネギが切り終わったあたりで、手を止める。別に顔をあげるところまではしない。
「アンタ、そんな弱気なこと考えるのね。いつも、恥知らずな発言ばっかりするから怖いもんなしなのかと思ってたわ」
林檎は私の言葉には返事せず、いつもの気だるげな表情で黙々と卵を混ぜていた。別に特段こいつと会話したいとも思っていなかった私は、すぐに違う野菜を切り出す。
「恋だからね。そりゃ弱気にもなるよ」
そこで林檎は卵を混ぜ終わったのか、手を止めて顔をあげる。
「でも、よかった。健気な態度で弁当を渡す私よりもヤレヤレ感出しながら恩つけがましく弁当を渡してくるネムりんの方がよっぽど迷惑だから」
「は?」
よく、そんな失礼な言葉を言えるな。私からもらう弁当なんて学校中の男子がお小遣い総動員してでも手に入れたい代物でしょうが。
「ふん、アンタどうせ彼女でもないのに、ハートふんだんに使った弁当とか作ってんでしょ」
「男の子だからお肉いっぱいガッツリ弁当だよ」
あーなるほど、愛妻弁当とかちょけておきながら日寄ったわねコイツ。
いつも積極的なようでいて、こういうところで臆病になるの、本当ウケるわ。
そう思いながら向かいに置かれた弁当を覗き込む。明らかに米を入れるスペースより肉のスペースが多いバカの構成になってた。
「ちょ、それ野菜入れるとこあんの?」
「野菜とかいらないでしょ。たまにはお腹いっぱいお肉を食べる夢の弁当があってもいいはず。これで胃袋を掴むんだ」
「ふん、そういうとこが独りよがりなのよ」
「……ネムりんのも見せてよ~」
「ふ、見るがいいわ。この完璧な弁当を」
「うわ、野菜ばっかり」
「アイツ、どうせ妹がいないからってカロリー高いもんばっかり食べてるんでしょ。栄養取らなきゃダメよダメ」
「おーくん、ピーマン苦手だよ」
「ふん、嫌がらせよ」
「何がしたいの?」
少しだけ、お米の下にお肉のおかずを入れていることは秘密だ。
私達はそんな小競りあいをしながら弁当を仕上げる。
「私ね、時計みないでも秒数はかれるんだ」
「何よ急に」
林檎が弁当をかわいらしく包みながら言った。
「小さいころ肺が弱かったからさ、3秒かけて6秒吐くみたいな呼吸方法で落ち着くみたいな民間療法をよくしてたんだけど、気づいたらめっちゃ正確な秒数で呼吸できるようになったの。つまり秒数も図れる」
「役に立ちそうもないクソ特技ね」
「私の体内時計によると、あと12秒で12時」
家庭科室に、林檎の呼吸音だけが響いたお昼を知らせる金が鳴った。
「チッ、アンタのせいで手止めちゃったじゃない」
「私もうお弁当完成したよ~?お先に失礼」
「は!?待ちなさい!どうせ一人じゃ弁当一つ渡せないくせに!!」
そんなことを言いながら、いつもお昼を食べるために集合する、屋上に向かって競争をした私達、スタートダッシュは出遅れたものの、体力のない林檎を抜くことなど造作もない。
私は息切れして階段の前で立ち尽くす林檎を置いて、屋上へ駆け上がった。
そして手をかけた時、
二人の男女の笑い声が聞こえた。
屋上に続く扉のドアノブを掴んだまま、私は立ち尽くす。
「購買パン食べ比べパーティー最高だね!」
「ナイスアイディアだな!泡歌、アイツらが来たら驚くだろうな!」
別に、堂々と登場してもよかったのだけど、右手にぶらさがった弁当をどう説明しようか。
私は、なんとなく、屋上に向かう階段を逆走していた。
誰もいない。空き教室の壁に寄りかかる。力が抜けるように座り込んで、深呼吸する。
まだ熱を持っている弁当は、もったいないから、自分で食べるしかないのだろう。悔しくてちょっと涙が出そうになる。
「……」
ガラリと静かに空いたドアの向こうに、私とおんなじ顔をした林檎が突っ立ていた。全く同じ状況なのだろう。
林檎は無言で私の隣に座る。別に何か言うわけでもないし、労りの言葉をかける義理もない。
「あげるわ」
だから、私の手に持つゴミを押し付けてやった。すると、無言で同じように林檎の持ったゴミが返って来た。
私達は無言でお互いの弁当を開いて、もさもさと極めて遅いスピードで手をつける。
「……ピーマンばっかで飽きる」
しばらく無言で咀嚼していたかと思えば、林檎はこの私の完璧な栄養弁当にケチをつけてきた。
「こっちも肉ばっかで胃もたれしそうよ」
これは、桜路たちがいなくなる前の記憶。
結局、この日の残飯みたいな時間が、今の私達の日常なのだ。




