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(第40話・完)薄い王冠/退屈の憲法

 朝。王門の高みは、紙のように薄い雲を一枚だけ被っていた。薄金点は静かに呼吸し、丸(空)・棒(根拠)・波(笑)は夜露の膜の下で均等に並ぶ。旧穀倉の黒板には〈剣の欠伸・総括〉の表が冷え、私はその下に、今日の四角を立てた。


 〈“退屈の憲法”(草稿・最終)〉

 ――前文:退屈は制度の拍。拍は剣の子守歌。

 ――条一(扇):胸線は空気に描け。扇は胸下、線は三息。

 ――条二(膝):旗は空の三分の一、膝石は砂灰で縁取れ。

 ――条三(鈴):小は合意、中は訂正、大は停止。大鈴は布の上に置き、眠らせることを誉れとする。

――条四(白):白の歌は短く低く。蓋は香りで閉めず、手触りで閉める。

――条五(金):数字は小さく隅に。窓は一つ。凡例は薄金点で示す。

――条六(順):速さは風、順番は石。石の順で橋を渡る。

――条七(凡例):丸は報告、棒は根拠、波は笑い。序列に用いない。

――条八(版権):罰は薄く、分配は薄片で。裏紙は当て絵の台紙へ。

――条九(欄外):尖りは影で受け、切頂して台に。影の投函口は朝夕に開く。

――条十(空欄):訂正欄の空は資産。空は数で示し、灰と白へ時間配当する。

――条十一(市):切頂台紙は物々交換を本とし、金縁を禁ず。角は丸く。

――条十二(歌):笑いは一打。祝辞は数字一つ。

――条十三(胃):塩=棒一・油=波一・水=丸一。胃にやさしい比を守る。

――条十四(監):三角は欄外→監査→研究→青→灰→白の順で鈍角化。

――条十五(記):“剣の欠伸・日次”を巻末に置き、眠りを誇らず記す。

――附則:王冠は薄いほど長持ちする。薄い王冠は紙と布と砂灰で支える。


 ――法は太くせず 図は薄く揃え

 ――詩で短く 息で量れ


 “杖欄”の朝見出しは歩幅をそろえる。

 〈9月某日 “薄い王冠” 本日 “退屈の憲法”公布〉

 植字工の古株が「“公布”の字は重い。……だからインクを半滴薄める」と言い、活字の角を指腹で撫でた。角が一つ、やわらいだ。


 セドリックが外縁を扇形に一巡し、戻って盾の縁で朝の光をひとかけ切る。「護衛対象。“薄い危険”――無。……『紙は王冠に足りるか』という小声あり。足りる。厚さではなく、順番で被るから」


 「順番で被る王冠。――それが今日の舞台です」

 ローレンスは扇を腰で眠らせ、棒尺を肩に。「儀は踊らない。線を描いて歩く。……扇→膝→鈴→白→金、そして詩」


 ◇


 “声欄”の朝一番は、子どもの小さな紙。

 ――“王冠、薄いと飛ぶ?”(南区・子)

 【改め絵】〈薄い王冠=輪の内側に凡例(丸・棒・波)。風は丸が受けて逃がす〉

 【改め歌】

 ――薄い冠は風を通す

――風が通れば頭が冷える

――頭が冷えれば拍が揃う


 次は工匠街から。

 ――“王冠、誰が作る?”

 【改め】〈青=刷/灰=砂灰の座/白=布の縁/金=薄金点〉

 ――“式は長い?”(市場・女)

 【改め】〈長くない。息で三段。踊らない〉


 私は黒板に式次第を短く置く。


 〈“薄い王冠”式次第〉

 ――一段(扇と膝):胸線・空気描画、旗比の確認。

――二段(鈴と白):小・中で詩条確認、白低二連で蓋。

――三段(金と詩):凡例の薄金点を押し、“退屈の憲法”を耳の高さで読む。

――巻末:剣の欠伸・日次(欄、空のまま用意)。


 ――踊らぬ儀は歩く

――歩く儀は長く持つ


 ◇


 午前、王門の足元に“砂灰の座”が組まれる。灰は石の目地に薄く砂灰を刷き、王冠の置き場所に布を敷く。白は布の縁を丸く縫い、角拭き布の箱を左右に一つずつ。青は小さな王冠を刷る――紙の輪、内側に小さく凡例の記号。薄金点は控えめに一つ。


 ルカ――黒帽の投資家――が帽子を浅くし、紙片を台に置く。

 〈王冠の紙、青で刷材前金。数字=銀十五。条件=“レア名乗り、禁止”〉

 「王冠は薄いほど資本効率が良い。……高級を名乗ると胃が荒れる」

 「薄いのが上等。――今日の市場はそういう日です」

 猫の助言は短い。短さは冠の強度に似る。


 ◇


 王太子(もうすぐ王)が柱の下に来た。外套は地面の高さのまま。

 「――“憲法”、詩条で行く。……条文は短く、図は薄く。『大鈴は布の上』を忘れないでくれ」

 「巻頭に入れます」

 彼は胸の高さで指を三本上げ、三息だけ呼吸して下ろした。胸線・空気描画の稽古を終えた子のように、静かだ。


 ◇


 正午前、式。踊らない。歩く。

 ――一段(扇と膝)。

 余白係が手を上げ、胸線・空気描画を三息。ローレンスが棒尺で空の線を追う。旗は空の三分の一、影帯の中。灰が膝石を指で触れ、砂灰の縁を確かめる。列は太い。

 ――二段(鈴と白)。

 私は小鈴を一打――合意。中鈴を一打――訂正。「『大鈴は布の上』――本日の式で使用せず」。聖女リリアが白の歌を低く二連、蓋が閉まる音が薄く響く。

 ――三段(金と詩)。

 金が薄金点を王冠の内側にひとつ押し、私は“退屈の憲法”を耳の高さで読み上げる。条文は短い。詩条はまばら。矢印は踊らない。


 〈朗読(抄)〉

 ――条一:胸線は空気に描け。

――条二:旗は空の三分の一。

――条三:鈴は三本。大鈴は布の上で眠らせるを誉れとす。

――条四:白の歌は短く低く。

――条五:数字は小さく隅に。窓は一つ。

――条六:速さは風、順番は石。

――条七:丸は報告。棒は根拠。波は笑い。

――条八:罰は薄く、分配は薄片で。

――条九:尖りは影で受け、切頂して台に。

――条十:空欄は資産。

――条十一:角は丸く。

――条十二:笑いは一打。

――条十三:塩棒一、油波一、水丸一。

――条十四:欄外は影→監査→研究→青→灰→白。

――条十五:欠伸は巻末に。……以上。


 朗読の間、誰も拍手しない。拍手の代わりに、拍そのものが厚くなった。厚い拍は、王冠の土台だ。


 ◇


 冠授与。

 青が紙の輪を、白が布の縁を、灰が砂灰の座を、金が薄金点を、それぞれ受け持つ。私は王太子の前で輪を少しだけ広げ――胸下の高さで止め――三息のうちに静かに下ろした。

 薄い王冠は、頭に乗ったというより、拍の上に「置かれた」。重くない。落ちない。風が通る。


 小鈴、一打。

 ――合意:王冠は薄い。

 中鈴、一打。

 ――訂正:王冠は踊らない。

 白の低二連。

 ――蓋:拍が静かに閉じる。

 笑いは、一打だけ。波は小さい。波が小さいほど、寿命は長い。


 “声欄”に、式の最中に落ちる紙が三枚。

 ――“王冠、軽いから首が痛くない”(北区・老)

 ――“薄金点、強がらない光”(工匠街・女)

――“白の歌、眠い。良い眠い”(子)

 私は三枚を採録し、凡例の隅に小さく貼った。王冠は褒めない。貼るだけ。


 ◇


 式の終わりに、王(新)が一行だけ話す。

 「――大鈴は、布の上で眠らせる」

 それだけ。王の言葉が短い日は、国の胃が軽い。

 セドリックが肩で息をひとつ。「護衛対象。上等の欠伸、準備完了」


 ◇


 昼の鐘。一度。“杖欄・昼報(公布)”。

〈“退屈の憲法”公布/薄い王冠・授与〉

 ――条文=十五・詩条=多(短)

――王冠=紙・布・砂灰・薄金点

――小乱=0.5息(子の指滑り→波印太く)

――巻末:剣の欠伸・日次(空)

――詩条:“法は太くせず 図は薄く揃え”


 ルカが帽子を浅くし、「市場は午後の眠りに入る」と言い残して去った。猫は昼寝の学者だ。




 午後、静けさの点検。

 ――王門:凡例シールの角、丸い。丸比較なし。

――広場南“市”:切頂台紙、金縁ゼロ。交換→裏紙→当て絵、滑らか。

――白の休息所:布、乾き良し。匂いなし。

――研究室:当て絵・上級の棚に“正順地図”常設。

――欄外・投函口:裏花三(切頂済み)、監査へ。

――剣:鞘の中で欠伸を一つ(小)。


 “逆順”の芽が見えない。見えないのが、制度の成熟だ。

 ローレンスが扇の骨を一回だけ鳴らし、「舞台の『間』は、王門から借りたものを返せた」と言った。借りて返す拍は、国の信用だ。


 ◇


 夕刻前、“杖欄・夕報(完結号)”。

 〈薄い王冠/退屈の憲法(公布)〉

 ――条一~十五(簡約)

――“大鈴は布の上”

――凡例:丸=空/棒=根拠/波=笑

――配分:薄片(研40・刷30・導20・布10)を据置、年一見直し

――市:金縁ゼロ・角丸徹底

――欄外:切頂即台

――詩条:“退屈は制度の拍/静けさは目に見えぬ旗”

 巻末、“剣の欠伸・日次”。

 〈時:午後 回:一(小)〉

 ――理由:公布→拍の厚み

 ――備考:大鈴、未使用


 王(新)が紙を受け取り、柱の下で一呼吸だけ止まる。

 「――これでいい。……薄い王冠は、拍で落ちない」

 「落ちない王冠は、紙で十分です」

 彼は笑いを一打分だけ喉で畳み、王門の高みに目をやる。薄金点が夕光を一度だけ受けて、すぐ落ち着く。


 聖女リリアが白の歌を短く低く、蓋を閉じる。

 セドリックが肩で息をひとつ。「護衛対象。背中と鐘の間、変わらず。……今日は早く眠れる」

 ローレンスは棒尺で空気に胸線を描き、「線は見えぬほど強い」と満足げに頷いた。

 古株は活字箱を撫で、「見出しが短い。――上等だ」と笑う。


 ◇


 片付け前、黒板の隅に、最後の四行を置く。

 ――退屈は、王冠を薄くする鍛冶

――退屈は、法を詩で縫う針仕事

――退屈は、剣の欠伸を記録して眠りを増やす暦

――退屈は、旗を低く 扇を胸下 笑いを一打にする礼法


 紙の王冠は箱に戻らない。頭の上でも箱の中でもなく、拍の上に置かれ続ける。凡例の丸と棒と波は等間隔で呼吸し、角拭き布は柔らかく、砂灰の座は崩れない。欄外の投函口は小さく息をして、裏花の紙は裏紙として当て絵の台紙に生まれ変わる。


 ざまぁは、相手を吊り上げて喝采の皿に載せる見世物ではない。尖りを予告で鈍らせ、切頂して台にし、順番という正義で列を支え、白で蓋をし、数字を隅に置き、剣の欠伸を静かに数える作法だ。作法が憲法に薄く刻まれたとき、王冠は重くなく、国は長く眠れる。


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。

 “杖欄・完結号”は棚で冷え、余白は未来のために白いまま残った。


 ――第一部 了。

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