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(第4話)断罪オークションを宣言

 翌朝、王都広場の中央に、木組みの高台が新しく建った。前夜のうちに工匠連合が組み上げ、遠見塔の若い者が綱で支えを増やした。板の上には簡易の掲示柱。そこへ私は、赤い紐で綴じた一枚の紙を打ち付ける。

 ――〈断罪オークション 公示〉。


 人垣が寄ってくる。露天のパンが温い匂いを放ち、彫金師がルーペを胸元に引っ掛けたまま背伸びする。セドリックは台の階段で半身をずらし、行き交う視線の矢を受け続ける。盾の仕事は、たいてい“何もしない”ように見える。


 「読み上げます」

 私は声を張り、紙の上を指でなぞった。字は硬く、意味は柔らかく。


 〈第一条〉 出品は“王家および側近派から没収予定の動産・不動産・利権”とし、私的財産のうち生活必需品は除外する。

 〈第二条〉 入札は“密封一回”。外箱は鉛、内箱は魔封。鍵は二本、私と監査院長が保管。

 〈第三条〉 入札参加者は“誓約書”を提出。“談合・虚偽記載・脱税に供託金没収+公務奉仕”。

 〈第四条〉 落札後は“料金表・労働安全・事故責任”の三票を掲示。絵で読める形にする。

 〈第五条〉 審理鐘が鳴れば停止。停止ののち、公開のまま続行。

 〈第六条〉 利益配分は四半期ごとに公開。“令嬢個人の得失”も含める。

 〈第七条〉 やり直しは“条文の手順”に限る。口約束は、音になるだけ。


 最後の一行で、群衆のどこかが小さく笑った。音だけは、よく飛ぶ。


 「質問を受けつけます。手は、高く」


 最前列で、洗いざらしのスカーフを巻いた女が手を挙げた。手の甲に洗剤で荒れた白。

 「上水の料金、上がるのかい」


 「“上げない”とは言いません」私は正直に答える。「老朽管の補修に金が要る。ただし、上がるなら理由と見積もりを絵にして掲げる。上げた分は“どこに使ったか”まで図で出します。あなたの子が口で説明できるぐらいに」


 女はうなずき、胸の前で腕をほどいた。「図なら、家でも話せる」


 別の男が叫ぶ。「転送陣の利用料、商人が得するだけじゃないか」


 「昨日、塔番から良い提案があった。“承認ログを絵に”。それに加えて、今日はもう一つ――“小口の定額券”を出します。一日三回までの短距離転送、銅貨三枚。定額券は紙に魔紋を刷って偽造防止。読み書きが苦手でも、模様は見える」


 「偽造は?」

 「偽造の方が高くつく模様にします。高くつく努力は、だいたい続かない」


 笑いがまた生まれ、緊張が一枚ほど薄く剥がれた。セドリックが私の背で気配を整える。彼の呼吸は、鐘の下で一定の拍を刻んでいる。


 開札を始める前に、私はもう一枚の紙束を掲げる。薄い藍の蝋で封じられた封筒の写し、北棟会計室で見つけた“雛形”。

 「昨日の審理で述べた通り、雛形配布と“外箱のみ差し替え”の指示を確認しました。よって、本日より“参加証”を導入します」


 私は机の引き出しから、小さな木札を取り出した。楓の薄板に、麦の穂と水紋と塔の輪郭を刻んだ三種。

 「参加者ごとに紋を変え、日ごとに順番を変える。紋は朝に歌で告知。聞き間違いを避けるため、韻で覚える。――“麦は朝餉のまんなかで/水は昼間のどまんなか/塔は夕餉のど真ん中”」


 子どもが真似をして笑った。笑いは、非常に強い暗号解読器だ。


 予鈴が鳴る。今日一番の大物――“王都外縁・第二水源の取水利権”。

 私は外鍵を回す。内鍵をバルトが重ねる。開ける。封を割る。

 「工匠連合、二百。修道院連合、二百二十。商人同盟、二百十。――“黒鹿毛同盟”、二百五十」


 黒鹿毛同盟。聞き慣れない名前だ。新設か、偽名か。封筒裏に触れる。指先に、脂の少ないさらりとした手の痕。紙は新品、蝋は一昨日のもの。昨日は使っていない。つまり、どこかでまとめて封を作った。談合は、まとめると匂う。


 「申告住所はどこです?」

 書記官が答える。「“王都外縁・南の厩舎”。代表、なし」

 「代表なしは無効です。失格。次」


 ざわめき。誰かが舌打ち。バルトが横目で私を見る。「よく気づいたな」

 「黒鹿毛、昨日の“奇跡”の行列で目立っていました。馬具を新品に変えるには、早すぎます」


 落札は修道院連合に決まった。水源は祈りの場でもある。祈りは帳尻を合わせないが、掃除はする。掃除は偉い。


 第二出品――“王都外縁・下水路第七枝の維持利権”。

 入札は少ない。地味で儲けが薄い。けれど、大事だ。落札した辺境水運ギルドの代表は、爪の間に黒い泥を残していた。私は握手をして、手を汚した。汚れは、責任の印だ。


 開札の合間、セドリックが小声で告げる。「王宮“祭典局”の動きが早い。午後、広場北で“祝勝の饗応”を開くと。無料のスープ」

 「無料は、よく回る嘘です。味は薄く、鍋は空になりにくい」

 「止めますか」

「止めません。こちらは“労働者の休憩所”を用意します。水とパンと椅子だけ。椅子は、無料で重い」


 私は工匠連合に目配せし、空いている板材で長椅子を二十脚こしらえてもらった。遠見塔の若者が担いで運ぶ。掲示柱の横で、修道女が水樽の栓を抜いた。列ができ、列は怒りを薄める。列は人を並べ、考えを並べる。


 昼の鐘。祭典局の太鼓が鳴り、銀の匙が並ぶ。その陰で、私は“臨時の公開説明会”を始めた。

 「入札の“負け”は、無駄ではありません。負けた金額は“市場の価格帯”を示す証拠になります。次に備える材料です。落ちても、帳に残る」


 前列の若い商人が手を挙げる。「負け続けたら、どうする」

 「連合すればいい。工匠と商人と塔番が、同じテーブルで酒を飲む。酔っている間に、あとは条文が酔いを醒ます」


 「条文は酔わないのか」

 「酔いません。退屈だから。でも、退屈は船を沈めない」


 午後の部、第三出品――“王都北門・通行徴収権”。

 ここで、仕掛けが来た。薄藍の外套の男が三人、同時に封筒を差し出す。封は同じ職人、同じ蝋、同じ刻印。ただし、封筒の繊維の目がそれぞれ違う。一本は亜麻、一本は綿、一本は麻紙。混ぜものが違うのは、用意の粗雑さだ。


 私は三通とも受理し、静かに予告した。「不思議な一致が多いので、開札後に“紐解き審理”を行います。封筒は紐からして語るので」


 本鈴。封を割る。金額は三通そろって“七百七十七”。縁起を担いだ数字は、視線を引くが、審理も引く。私はバルトに目配せした。

 「臨時審理。――“三封同額の正当性”」


 藍色の審理官が現れ、台の端に審理板を置く。私は封筒の紐を解き、指で撚りの方向を示した。

 「亜麻は左撚り、綿は甘い右撚り、麻紙は機械撚り。職人が別。にもかかわらず金額は一致。しかも“七の連打”。偶然には、汗が足りません」


 「判定」藍が短く言う。「談合の疑い濃厚。三通併せて失格。次点に落札権」


 次点は、北門の荷運び組合。現場の腕は強い。腕は強く、字は弱い。字が弱いなら、歌で補えばいい。私は荷運びの親方に、“重量別料金の歌”の草案を手渡した。


 ――軽い荷一で銅貨ひとつ/重い荷二で銅貨ふたつ/三つで銀貨に変わるけど/三と二合わせりゃ四でいい


 「四でいいのか」親方が目を丸くする。

 「複数口割引です。混むときは外す。割引は、混雑の歌でもあります」


 夕刻、第五の出品――“王都東区・工房小区画の賃借権束”。小さな工房を十件まとめて出す。まとめ売りは談合の温床になるが、同時に“若手の合作”を生む。私は条件に“共同運営計画書”を加えた。計画書は絵でもよい、と明記する。


 開札。封を割る。――“若手鍛冶八人連名”。紙面に煤の手形。計画書は絵。炉と槌と、水桶の位置、非常時の避難路。

 「落札。溶けるのは鉄だけ。帳は溶かさないでください」

 「溶かすときは事前に申請します」代表の少年が真顔で言い、広場に笑いが走った。


 残光が柱の影を伸ばし始めたころ、王宮から使者が来た。白手袋は、今度は黒い箱を持っている。封蝋は王家。

 「王太子殿下より。令嬢に“親書”」


 群衆の空気が、目に見えて密になる。私は親書を受け取って封を破り、声にした。

 ――〈レオノーラ。過ちを詫びる。王家の体面を守るゆえ、公開の場では強く出ざるを得なかった。君の聡明を改めて評価する。ともに国を導こう。“やり直し”を提案する〉


 “やり直し”。バルトが昨日言った、私の嫌いな冗談。私は親書の紙の厚みを確かめ、小さく折り目をつけた。折り目は、書き手の癖より正直だ。迷った人ほど、角を揃えない。


 「返書を、ここで述べます」

 私は高台の縁に立ち、王都の夕方へ向けて言葉を投げた。


 「――“やり直し”は、好きです。失敗のやり直し、計画のやり直し、人生のやり直し。けれど、それは“被害のやり直し”ではありません。

 婚約契約は破棄され、違約金は発生し、入札は始まりました。国の血流を止めずに、過去を未来に渡すための“やり直し”なら、手順でやりましょう。条文と、数字で。

 殿下個人とのやり直しについては――“入札終了後に”。その頃には、私個人の未来も、もう少し値がついているはずです」


 沈黙。次いで、掌の音が重なった。大きくはない、でも、長い。長い拍手は、風に強い。


 セドリックが私の背中越しに低く言う。「断りの剣、よく磨けていました」

 「磨きすぎると切れますから、ほどほどに」

 「ほどほどを覚えるのに、人は長い」


 「人は長い」私は復唱して笑った。「だから条文は短く。歌はさらに短く」


 片付けに入りかけた時、遠見塔の少女が駆けてきた。頬に石灰、指に朱の跡。

 「令嬢、塔の南で“転送陣の無断停止”が――誰かが承認板を外した形跡です!」


 広場の空気が刺を立てる。私の胸の内で、静かな怒りが、椅子の脚のように四本生えた。

 「セドリック殿。戦場を、選びましょう」


 彼は短くうなずいた。

 「剣は、おそらく抜きません。けれど、動きます」


 私は掲示柱の“本日の結果”に朱を乗せ、声を張った。

 「本日分の開札はここまで。監査院は南塔の現場審理に移ります。――“談合の罠”は次回、公開の場で解く。皆さま、家に帰って水を飲んでください。料金は、歌の通り」


 夕陽が沈み、鐘が鳴る。予鈴、本鈴。

 ざまぁは、罵倒ではない。仕組みを元に戻す作業だ。罵倒はやがて涸れるが、作業は人を救う。

 私は高台を降り、南へ向かった。盾の音が背で低く鳴り、条文が指先でほどけ、結び直されていく。


 ――第5話「騎士は戦場を選ぶ」へ続く。

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