(第36話)切頂台紙の市/胸線の空気描画
朝。王門の高みで、昨夜貼った“切頂台紙”が夜露を吸って紙の腰を強くしていた。薄金点は小さく呼吸し、丸(空)と棒(根拠)と波(笑)と、切頂された台の図が並ぶ。旧穀倉の黒板には〈欄外・直送箱〉の稼働記録が薄く残り、私はその下に今日の四角を立てた。
〈切頂台紙の市(案)〉
――場所:広場南・屋根付き。
――出店:青(正規交換・刷り)/灰(導線・砂灰)/白(角拭き布)/金(会計・薄片配分)/研究室(当て絵・中級)。
――価格:旧“Δ”一枚→台紙一枚(交換)。追加購入=銀“薄”。
――禁則:レア金縁・競争貼り・占い名乗り。
――付録:小冊子「三角、切頂して台」。
――計測:誤用の速さ(場内)を“息”で掲示。
――尖りは物々交換で鈍る
――鈍った紙は台になる
セドリックが外縁を扇形に一巡し、盾の縁で朝の光を指一つ分だけ切った。「護衛対象。“薄い危険”――低。視線は『市』に集まるが、刃先は見えない。……薄い誇りが並び始めた」
ローレンスは扇を腰で眠らせ、棒尺を肩にのせる。「楽屋の子が“空気描画”を覚え始めた。胸線を空に描くと、笑いが勝手に降りる。――今日は広場でもやろう」
“杖欄”の朝見出しは歩幅を揃える。
〈9月某日 広場南に“切頂台紙の市” 本日開店/胸線の空気描画、常設〉
植字工の古株が“空気描画”の四字を指腹で撫で、「見えぬ線ほど強い」と呟いた。見えぬ線は旗より重い。
◇
開店前の“声欄”に最初の紙。
――“旧Δが八枚ある。ぜんぶ交換できる?”(市場・若手)
【改め】〈可。八→八。数字は小さく、台は同じ〉
――“胸線の空気描画、子でもできる?”(南区・母)
【改め】〈できる。指二本で風を切り、“胸下”の高さで止める〉図添付。
――“角拭き布、もう少し柔らかく”(王門・係)
【改め】〈白の配分+小。布替え〉
私は黒板の端に、小さな“手順”を置く。
〈胸線・空気描画(基礎)〉
――指:人差し指+中指。
――高さ:胸下。
――動き:前へ一、横へ一、止める――三息。
――合図:余白係の手(指三)。
――補助:胸線シール(胸下矢印/楽屋版)。
――見えぬ線で肩は下がる
――下がった肩で列が進む
◇
開店。屋根付きの市に、切頂台紙が山の角みたいに低く積まれる。青の交換窓口は“薄金点”の本物だけを受け、旧Δは裏紙へ回って当て絵の台紙になる。
白は角拭き布を折って渡す。灰は砂灰の袋を膝石の見本の横に置く。金は薄片の配分板の前で、数字を短く置く。
〈配分板(初期)〉
――入:交換八十二/追加購入三十四(銀薄)
――出:研究室40・刷30・導20・布10
――備:監査(薄い禁止の紙)=寄付五
ルカ――黒帽の投資家――が帽子を浅くし、紙片を一枚だけ台に置く。
〈“切頂台紙・市”、青に運転資金。数字=銀二十。返済=薄片で〉
「利回りは“胃にやさしい”。――台は売れる。尖りは溶ける」
「尖りは溶かし、台は残す。――退屈の商法です」
猫の助言は短い。短さは台の強度に似る。
◇
午前の小乱――“レア台紙”を名乗って角に金縁を足す者。
小鈴、二打。
青:正規の薄金点を指で示す。
金:〈レア名乗り禁止〉を太字で再掲。
灰:その場で“角丸”の実演。
白:角拭き布で縁を一度撫でる。
戻し=一息半。
記録票:〈台紙・金縁――裏紙化→角丸→正規交換〉。
――金縁は胃を荒らす
――角丸でやわらげよ
“声欄”に即時の返歌。
――“金縁、裏紙になった。台の方が使える”(若手)
――【採録】角丸の図。
古株は版木の角を手で撫で、「角は削るほど“読む速度”が上がる」と笑う。角を削るのは暴力ではない。読みやすさの木工だ。
◇
王太子が柱の下。外套は地面の高さ。
「――“市”の数は鈍い。……良い鈍さだ。“胸線の空気描画”、王門でもやる」
「楽屋の子を二人、余白係に混ぜます」
ローレンスが棒尺で空気に一本、二本――三息で胸線を描いた。線は見えないが、肩が降りる音がした。
◇
正午前、研究室の小間で“当て絵・中級”が始まる。
〈問題1〉この乱れを三息で戻すには――
――A:胸線空気描画→中鈴→砂灰
――B:中鈴→胸線空気描画→砂灰
――C:砂灰→胸線空気描画→中鈴
正解=A(扇→鈴→膝)。
〈問題2〉“占い名乗り”に遭遇。――
――A:薄い禁止→別紙転送→笑い一
正解=Aのみ。
丸が五つで“薄皮袋”一つ。誇りは相変わらず薄い。
セドリックが耳で拾う。「護衛対象。『市』の周縁に“踊る足”の影、薄。視線は胸線。……刃は抜かない」
◇
昼の鐘。一度。“杖欄・昼報”。
〈切頂台紙の市・午前/胸線の空気描画・常設〉
――交換=82/追加=34(銀薄)
――小乱:金縁名乗り→角丸→裏紙→正規
――当て絵・中級(正答率=七割)
――詩条:“尖りは物々交換で鈍る”
配布列の端で、聖女リリアが白の歌を低く二連し、角拭き布の箱を補充する。「“角”は拭くほど匂いが消える」と微笑んだ。匂いの薄さは、謝罪の短さになる。
◇
午後、王門で“空気描画・公開稽古”。
余白係が指三本を掲げ、“胸下”で風を切る。ローレンスが棒尺で線を追う。子どもたちがまねる。
“踊る足”が一人、肩上へ扇を上げかける。
小鈴、二打。
私は合図――“線の下へ”。
若者の扇が、わずかに降りる。拍が厚くなる。戻し=一息。
――見えぬ線で争いは鈍る
――鈍った争いは紙になる
“声欄”に返歌。
――“線、見えないのに重かった”(王門・老)
――【採録】〈空気描画の“肩の降り幅”図〉
――“子の指、三息で止まるのが楽しい”(南区・母)
――【採録】〈三息の歌〉
――“角拭き布、手触りが良い”(白・担ぎ手)
――【採録】〈布の折り方・町結び〉
◇
午後半ば、“連鎖小乱”。
①市の端で“台紙・最速貼り競争”。
②王門で“丸の数”を横並び比較。
③楽屋前で“胸線”を腰に貼る悪ふざけ再発。
順番を決める。
――①へ:余白係=“競争→当て絵へ”転送。笑い一打。戻し=一息半。
――②へ:金=〈丸は報告、序列に使わない〉太字再掲。数字窓で“今日一つ”。戻し=二息。
――③へ:青+舞台=空気描画で胸下を示す→胸線シールを正しい高さへ貼り直す。戻し=一息。
合計=4.5息。午前と同じ数字に、古株が「数字は踊らない」と満足げに頷いた。
ルカが猫の歩幅で近寄り、襟を整える。「“貼り競争”は胃酸。……『当て絵・タイムアタック』に変えろ。正解の順番だけ競え」
「順番は正義の背骨。――採用」
研究室は即日、当て絵に“順番問題”を増補した。
◇
夕刻前、“杖欄・夕報(市・初日)”。
〈切頂台紙の市=交換128/追加56(銀薄)〉
――金縁名乗り→角丸→裏紙→正規
――公開稽古:胸線の空気描画/戻し=一息
――連鎖小乱=4.5息(午前・午後)
――当て絵“順番問題”増補
――配分:研40・刷30・導20・布10/監査紙=寄付七
――詩条:“見えぬ線で肩は下がる”
巻末、“剣の欠伸・日次”。
〈時:昼 回:一(中)〉
――理由:貼り競争→当て絵転送/胸線公開稽古
――備考:大鈴、未使用
王太子が柱の下で短く言う。「――『市』は胃にやさしい。……尖りが台に変わる音がした」
「木工の音です。――退屈の木口を磨く音」
セドリックが肩で息をひとつ。「護衛対象。“欄外・直送箱”に新しい“裏花”。匂いは薄いが、紙は硬い」
“欄外からの手紙”の新しい一通。
――“台に座って眠るのは敗北だ。――踊る足より”
私は黒板の隅に返歌を置く。
――座って眠るのは余白ではない
――座って待つのが余白である
――待つ余白で合意は育つ
ローレンスが扇の骨を一度だけ鳴らし、「眠り上手の舞台は上等」と言った。眠りは敗北ではない。欠伸の準備だ。
◇
片付け前、研究室の小窓に“当て絵・上級”の見本を貼る。
〈上級1〉“旗の比が破られ、膝が濡れ、胸線が上がり、笑いが二打に走った”――四息で戻せ。
最適解(推奨):胸線空気描画→膝砂灰→中鈴→白低二連。
――順番は地図。地図は鈍器。
私は黒板の隅に四行を置いた。
――退屈は、尖りを台に積む市場
――退屈は、見えぬ線で肩を降ろす稽古
――退屈は、競争を順番に変える仕掛け
――退屈は、欠伸を“良い眠り”へ導く譜
“切頂台紙の市”は屋根の下で薄く息をし、胸線の空気描画は夕光の中で見えない線を残す。裏紙は当て絵の台紙に生まれ変わり、角拭き布は白の手で柔らかくなる。大鈴は今日も眠ったまま、布の上で横向きに。
――ざまぁは、尖りを叩き折る喝采ではない。尖りを物々交換で鈍らせ、見えぬ線で肩を降ろし、張り合いを順番の学習に変え、数字を薄く配り、剣の欠伸を小さく記録する仕組みだ。仕組みが街に根を張れば、旗は低く、扇は胸下、笑いは一打で足りる。
遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。紙は棚で冷え、“市”の台紙は束で眠る。
――第37話「当て絵・上級/順番という正義」へ続く。