表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/41

(第32話)鈍器白書・創刊/誤用の速さ

 朝、旧穀倉の戸口から冷たい麦の匂いが抜けていく。黒板の上段には昨日の“空欄配当”が小さく眠り、その下に私は今日の四角を立てた。


 〈鈍器白書・創刊(版下)〉

 ――巻頭言:「殴らないための道具」。

――総論:退屈装置=椅子・鈴・旗の膝・扇紐・手置き台・譜面。

――指標:「誤用の速さ」(乱れ→戻しの息数)。

――試験:雨/風/影/雑音/“踊る足”。

――改良:波印太く/手置き台半寸下げ/膝に砂灰の縁。

――常設:余白係/空欄勘定/訂正欄(空を誇らず)。

――付録:左結び・町結び/影の帯早見/笑いの譜面・子ども版。

――欄外:三角の扱い(直送)。

――巻末:「剣の欠伸・日次」。


 ――尖る前に鈍らせよ

 ――速く言う前に遅く戻せ


 “杖欄”の朝見出しは歩幅を合わせる。

 〈9月某日 旧穀倉“鈍器白書”創刊 本日配布〉

 植字工の古株が“殴らない”の四字を指腹で撫で、「字面じづらが丸い」と満足げに頷いた。丸い字は、心の角を削る。


 セドリックは外縁を扇形に一巡し、戻って盾の縁で光を切り分ける。「護衛対象。“薄い危険”なし。……ただし、白書の“見せ方”に群がる視線がある。視線は刃物になりやすい」


 「刃先は図で折ります」

 ローレンスは扇を腰で眠らせ、棒尺を肩に乗せた。「舞台でも“初日”は危ない。拍が昂る。――余白係を濃い目に」


 ◇


 白書の“巻頭言”を、私は柱の下に書き移した。


 〈巻頭言〉

 ――鈍器とは“暴れにくい道具”。

 ――暴れにくいほど、長持ちする。

 ――長持ちするほど、“空欄”が買える。

 ――その空欄は、次の改良の資金になる。


 ――殴らぬ道具で殴り合いを遅らせる

 ――遅らせる間に合意は座る


 “声欄”の朝一番は三枚。

 ――“白書って難しくない?”(南区・子)

 【改め】〈“絵巻版”同時配布/丸と棒と波〉

 ――“誤用の速さ=息って、若い者が有利では?”(北区・老人)

 【改め歌】

 ――息は長さでなく数で測る

 ――手で三つ 目で三つ

――隣の手と目に合わせよ

 ――“売り子が『空欄指数』をまた言い出した”(市場・女)

 【改め】〈名の使用を禁ず/“空の作り方”のみ〉太字。


 古株は“禁ず”の活字を箱の上段から取り出し、インクを薄めた。「禁止は黒くしすぎると跳ね返る。薄い禁止がよい」。薄い禁止は、鈍器の親戚だ。


 ◇


 午前の配布前、旧穀倉で最後の点検。

 〈指標・定義〉

 ――誤用の速さ=「乱れの発生→元の拍へ戻す」までの“息”。

 ――計り方=余白係の手信号で共通化(指三本→三息)。

 ――記録=灰の票に“場所・原因・戻し道具”。

 〈戻し道具・分類〉

 ――鈴(小=合意/中=訂正/大=停止)。

――図(影の帯/胸線/導線矢印)。

――台(手置き台/旗の膝)。

――歌(白の低二連/改め歌)。

――人(余白係)。


 ――乱れの無罪を主張するな

 ――戻しの技術を誇れ


 王太子が柱の下に現れ、短く言う。「――白書、王門でも同時配布。『美点の誇張』は禁止。“数字と図で、鈍く”」


「鈍く書くのが誉れです」



 彼は紙を一枚とって目を通し、巻末の欄を親指で示す。「『剣の欠伸・日次』は最後に。今日の欄は――後で埋めよう」


 ◇


 配布開始。白書は歩く。走らない。絵巻版(丸と棒と波)も子の手に馴染む。

 ルカ――黒帽の投資家――がいつのまにか背後に立ち、襟を完璧に乾かしたまま言う。「『誤用の速さ』を市場なら“減衰速度”と呼ぶ。……売り物にするな。だが“改良の優先順位”には使え」


 「売らない。――順番を決める秤だけ」

 私は余白に小さく追記。〈数式禁止/順番許可〉。数字は道具で、看板ではない。


 ◇


 昼前、小さな“実地”。市場の角で、三つの乱れがほぼ同時に起こった。

 ①“笑い鈴”の二打が早すぎる――子の指が滑った。

 ②“扇胸下”の違反――舞台出身の若者が勢いで肩上へ。

 ③“旗の膝”の石が濡れて一寸滑る――樽の水が跳ねた。


 私は動作を最小限に分ける。

 ――①へ:余白係が指で“二→一”の合図。中鈴一打で“訂正”。譜面板の波印が太く効く。戻し=一息半。

 ――②へ:ローレンスが棒尺で空気に“胸の線”を描き、青の係が“胸下”図を掲げる。小鈴二打。戻し=二息。

 ――③へ:灰の係が“砂灰”をひと掬い、膝の縁へ。旗持ちは手置き台に一拍。戻し=三息。


 〈記録票〉

 ――乱れ①:原因=指滑り/戻し道具=中鈴+譜面/三角=なし。

――乱れ②:原因=扇高過ぎ/戻し道具=棒尺+胸線図/三角=なし。

――乱れ③:原因=濡れ膝/戻し道具=砂灰+台/三角=なし。

 合計=一息半+二息+三息=六息半。

 余白係は指を三→二→一→握る。拍が締まる。拍は紐より強い。


 ――誤用は恥でなく教材

 ――戻しの数で手当を配れ


 “声欄”へ、すぐ返歌。

 ――“子の指、震えました”(南区・母)

 ――【改め】〈波印さらに太く/子は必ず“手の上の鈴”〉

 ――“胸線図、見やすかった”(舞台・女)

 ――【採録】胸線図を王門にも。

 ――“砂灰、膝に効く”(灰・男)

 ――【改め】膝の縁取りを“研究室案→運用”に昇格。


 古株が白書の版下に“速報欄”を差し込み、若い記者は“誤用の速さ・午前”を歩幅のそろった字で載せる。

 〈午前・誤用の速さ=6.5息〉

 ――内訳:笑い1.5/扇2/膝3

 ――配当:青→譜面再修/灰→砂灰増/金→胸線図保存

 ――白→担ぎ手“指信号”訓練


 ◇


 昼の鐘。一度。白書・創刊号が刷り上がって戻る。

 〈鈍器白書・創刊〉

 ――総論/指標(誤用の速さ)/試験結果/改良項目

――常設(余白係・空欄勘定)/欄外(三角)

――速報:午前の三乱れと“戻し息”

――巻末:剣の欠伸・日次(空)


 裏面の絵巻版には、子ども向けの四コマ図。

 ①“指三本=三息”

 ②“胸線ここ”

 ③“旗の膝ここ”

 ④“笑いは一打”

 丸と棒と波だけで、文字は少ない。矢印は踊らない。


 配布列の端で、ルカが浅く帽子を折る。「“戻し息”を出すのは勇気が要る。市場は“失敗コスト”を嫌うが、“戻し速度”は評価する。……今日は買い」


 「買うのは白書、売らないのは空欄です」

 彼は喉で笑い、指先で空気に丸を描いて去った。丸は空欄の絵文字らしい。


 ◇


 午後、旧穀倉で“試験:連鎖”。意図的に二つの乱れを重ね、戻しの順を試す。

 ――“笑い二打”+“扇肩上”。

 余白係が優先度を手で示す(扇→笑い)。

 ①棒尺で胸線、二息。

 ②中鈴一打で訂正、二息弱。

 合計=四息弱。連鎖は“順番”が命。順番は白書の背骨だ。


 “声欄”に、王門から転記。

 ――“数字のみ祝辞、続いています”

 ――【採録】〈数字の祝辞・良例集〉

 【良例】

 ――“列のパン=百/余り=子”

――“白の担ぎ手=十/休憩交代=手置き台”

――“旗の膝=砂灰×二袋/提供=金”


 白の列では聖女リリアが“低二連”の“息の貸し借り”を試し、老人の短い息に合わせて手の印を大きくした。「息が短くても、手が大きければ合う」。大きい手は、街の翻訳機だ。


 ◇


 午後半ば、小さな“悪い実験”。市場の若手が“誤用の速さ・賭け”を始めようとする。

 私は小鈴、二打。

 「――賭けは青ではない。“戻し”を遊ぶな。……代わりに“戻し道具・当て絵”に」

 余白係が即座に“当て絵”を出す。

 〈この乱れには何で戻す?〉

 ――A:胸線図 B:砂灰 C:中鈴 D:手置き台

 子どもが指で答え、正答で丸が一つ。丸が五つで飴が一つ。

 若手は肩を竦め、賭け札をしまって飴を配った。飴は鈍器の味がする。甘い鈍器は、たぶん最強だ。


 ◇


 夕刻、“鈍器白書・創刊”の増刷が戻る。巻末欄はまだ空いている。

 王太子が柱の下で立ち止まり、短く言う。「――今日の“剣の欠伸”、どうだ」

 セドリックが答える。「――大きく一回。昼前。……その後は静か」

 私は巻末に四行で記録した。

 〈剣の欠伸・日次〉

 ――時:午前 ――回:一(大)

 ――理由:連鎖乱れ→四息で収束

 ――備考:旗の膝、砂灰の縁取り効く


 “剣の欠伸”は、国の子守歌の譜面だ。譜面は鈍く、長く、誇らない。


 ◇


 片付け前、黒板の隅に“白書・後日談”用の小枠を作る。

 〈明日の課題〉

 ――波印、さらに太く(子の指対策)。

――胸線図、王門常設。

――膝砂灰、湿気指数と連動。

――“当て絵”の問題集(初級・中級)。

――“戻し優先度”の手信号、拡張。


 “声欄”の底は浅い。浅い底は、街の満腹。古株は版木を撫で、若い記者は胸の前で版下を抱きしめる癖をまた出した。

 「“白書”、思ったより“歩く”」

 「白書は走らないのが、最高の売れ方です」


 ルカが帽子を浅く叩き、「退屈の技術は、いつも“翌日”に現金化される」と言い残し、猫の歩幅で消えた。


 私は棒の鈴を一本ずつ、布で拭いて横向きに寝かせる。手置き台は半寸下がったまま。旗の膝には砂灰の縁取りが馴染む。旧穀倉の白紙は、今日刷った数だけ薄くなり、明日の余白だけ厚くなった。


 ――ざまぁは、敵の急所を鋭利に突く曲芸ではない。急所を丸くし、乱れを息で数え、戻しの順を図で決め、白書に鈍く書いて共有する仕事だ。鈍く共有される正義は、長く静かな骨になる。


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。紙は棚で冷え、白書は歩く準備をする。

 ――第33話「白書の反響/薄い誇りの配り方」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ