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(第31話)空欄配当/鈍器の研究室

 朝、黒板の上段に昨日の数が小さく眠っている。

 〈空欄勘定・一日目〉

 ――訂正欄=空

 ――鈴:小5/中2/大0/笑1

 ――旗影訂正:1

 ――配分:灰+小/白+小/青=譜面/金=保存


 私はその下に、新しい欄を立てた。


 〈空欄配当・今日の割り付け(案)〉

 ――灰:石畳の目地充填・“手置き台”増設(+1)。

 ――白:低二連の稽古・“静かな休息所”の布替え。

――青:笑い譜面の改訂(“自嘲禁止”の図を子でも読める絵へ)。

――金:“空欄報告”の図保存・簡約版(王門用)。

 ――監査:空欄の根拠採集(鈴・影・声・旗・譜面)。


 ――空を配れば足が揃う

 ――揃った足で次の空


 セドリックが外縁を扇形に一巡し、「護衛対象。『薄い誇り』は歩いているが、『薄い危険』はなし」と報告を置く。盾の縁に朝の光をひとかけ乗せる仕草は、彼の無意識の祝辞だ。


 ローレンスは扇を腰で眠らせ、棒尺を肩に乗せる。「舞台の“翌翌日”は、油断が怪我を連れてくる。――“研究室”が要る。現場の鈍器どんきを、きちんと試す部屋だ」


 「鈍器の研究室」

 私は黒板に四角を描き、ゆっくり埋めた。


 〈鈍器の研究室(草案)〉

 ――場所:旧穀倉(風通し・屋根高・水近し)。

 ――対象:椅子/鈴(大中小+笑)/旗の膝(石二つ)/扇紐/手置き台/譜面板。

 ――試験:雨(散水)/風(布団扇)/影(遮光)/雑音(鍋)/“踊る足”の模擬。

 ――記法:図・数・詩(一行)。

 ――評価:長持ち点/鈍さ(暴れにくさ)点/誤用防止点。

 ――公開:杖欄“鈍器白書”。


 ――尖らせるな 曲げるな

 ――重くし過ぎず 軽くし過ぎず


 “杖欄”の見出しは歩く。

 〈9月某日 王都広場 “空欄配当”開始/鈍器の研究室=旧穀倉に〉

 植字工の古株が“鈍器”の活字を指で撫で、「いい字だ。殴らないための道具」と小さく笑った。


 ◇


 配当の最初は灰。工匠の娘が“手置き台”の脚を一本増やし、紐治具で張りを均す。井戸守は石畳の目地へ“砂灰さはい”を詰め、滑りやすい端を布で磨く。

 ――張りは均せ 足は緩めよ

 ――緩めた足で列が保つ


 白は“低二連”の稽古。聖女リリアが担ぎ手の交代に“手置き台一拍”を徹底させ、休息所の布を新しくする。白の布が新しい日は、謝罪が短い。

 青は“自嘲禁止”の図を絵本化。“自分を指さす手”に×印、“他人の名の上に鈴”に×印。代わりに“失敗→改め歌”の矢印が太い。

 金は“空欄報告”の簡約版――王門の高さでも読める“丸と棒”。丸=空、棒=根拠。棒が短い空は、空ではない。


 監査の灰耳は、裏方で“空の根拠”を拾いはじめた。

 〈根拠シート〉

 ――鈴(小・中・大・笑)……回数・時刻・理由。

 ――影……帯を踏んだ/踏まない。

――旗……影訂正の有無。

――声……底の深さ・採録/改め歌の付与。

――譜面……遵守/逸脱。


 ――空は薄い書類の束

 ――薄い束で剣が眠る


 ◇


 王太子が柱の下に来て、短く言う。「旧穀倉、研究室に貸与。――“鈍器白書”は月に一度。『美点の誇張』を禁ず。数と図で、鈍く書くこと」


 「鈍く書く白書。……最適です」

 ローレンスが棒尺を顎に当て、「舞台も参加する。扇紐の“左結び”の耐久を測りたい」と続けた。


 セドリックは一歩退き、広場の周縁を見ながら低く言う。「護衛対象。“薄い商い”――『空欄指数』を売ろうとする若手がいる。値札を作る前に、秤を作らせろ」


 「秤=研究室」

 私はうなずき、黒板に〈空欄指数=販売不可/“空の作り方”のみ頒布〉と太字で置いた。太字は抑止の鈍器だ。


 ◇


 午前の終わり、旧穀倉の扉が開いた。埃は少なく、梁は太い。壁に大きな白紙を貼り、中央に古い長机、周りに椅子を十。鈴は布で包んでから置く。鈴を雑に扱う研究は、研究ではない。

 〈試験一:雨〉――散水桶を屋根から細く落とし、“譜面板(青)”の滲みを観察。炭筆は大丈夫だが、細い波印が弱い。

 〈試験二:風〉――布団扇で“旗の膝”を揺らし、石二つの位置での安定を評価。膝の石が濡れていると滑る。

 〈試験三:影〉――遮光布で帯を作り、白線上に伸ばして“手置き台”の置きやすさを見る。台が半寸高いと足が引っかかる。

 〈試験四:雑音〉――鍋と木杓子で人混みの騒音を模し、“低二連”が聞こえる距離を測る。距離:二十歩→十七歩(鍋×3)。

 〈試験五:“踊る足”〉――舞台出身の若者が意図的に拍を乱す。余白係が笑い一打で“間”を戻すまでの時間を計測。平均:三息。


 ――雨は太字を愛する

 ――風は石の膝を試す

 ――影は台の高さを嫌う

 ――雑音は歌の高さを変える


 若い記者は計測表を走らせ、古株は“鈍器白書”の見出しを短く揃える。

 〈鈍器白書・創刊準備号〉

 ――“笑い譜面の波印、太く”

 ――“旗の膝、濡れに弱し――砂灰で縁取り”

 ――“手置き台、高さ半寸下げ”

 ――“低二連、鍋三つで距離−3歩”

 ――“拍乱れ→戻し=三息”


 ルカ――黒帽の投資家――が穀倉の戸口に寄り、襟を指で整えながら言う。「『空欄指数』は売るな。……代わりに『鈍器白書』を青と金で買う。市場は“退屈の改良”に金を出せる」


 「退屈の改良は、高利回りです」

 彼は短く笑って去る。猫の投資は軽いが深い。




 昼の鐘。一度。広場では“空欄配当”の掲示が歩き、王門では“簡約版”が風に揺れる。

 “声欄”に、研究室宛ての紙がいくつも落ちた。

 ――“『鍋×3』とは?”(南区・子)

 【改め】〈鍋三つで叩く人が三人、の意。図で鍋=〇〉

 ――“『拍乱れ→戻し=三息』、息が短い人は?”(北区・老人)

 【改め歌】

 ――息は短く数は同じ

 ――三つの拍を手で示す

――手で示せば隣も揃う

 ――“鈍器って弱い武器?”(市場・女)

 【改め】〈武器ではない。“暴れにくい道具”。図で〉


 セドリックが城側から戻り、「護衛対象。王門の祝辞欄、“数字のみ常設”が効いている。――長い自慢が一枚、青の枠で“笑い一打”になって終わった」


 「長い自慢は短い数字に」

 私は“笑い譜面”の端に小さく追記する。〈“自慢→数字→一打”〉。


 ◇


 午後、研究室の“試験六:誤用”。

 ――“笑い鈴の乱打”をわざと起こし、余白係と監査の連携で止める時間を測る。結果=二息。

 ――“扇胸下”の違反を舞台出身者に演じてもらい、“胸線”の図を掲げるまでの視認時間。結果=一息半。

 ――“旗の高天域誤侵入”。影の帯を板に写して示し、石二つの膝に戻すまでの合意時間。結果=二息+小鈴二打。

 ――“手置き台がない場合”。灰の可搬台を滑り込ませるまでの平均。結果=三息半→“台+1”の配当で改善見込。


 ――誤用の速さで装置を測れ

 ――戻る速さで改良を決めよ


 白の列では、聖女リリアが“短い白の歌”の別案を試す。

 ――コト・コト(低)

 ――息一つ

 ――コト(余白の合図)

 鍋が三つ鳴っても、白の歌は揺れない。揺れない歌は、鈍器の王だ。


 ◇


 夕刻前、“杖欄・夕報(研究室号・予告)”が戻る。

 〈9月某日 旧穀倉“鈍器の研究室”開設 創刊準備号=明日〉

 ――“笑い波印太く”/“手置き台半寸下げ”/“旗の膝の縁取り(砂灰)”

 ――“低二連、鍋×3で距離−3”/“拍戻し=三息”

 ――“誤用の速さ”で測る方式


 古株が満足げに活字を撫で、若い記者は見出しの歩幅を揃える。「“白書”なのに売れそう」と言うので、私はすぐ足した。

 〈販売:可。ただし“空欄指数”の名を用いない/“自嘲禁止”の図を一枚目に〉

 太字は抑止の鈍器。図は誤解の鈍器。二つで十分重い。


 ◇


 広場の端で、空白紙を配っていた若手が、今度は“空欄指数・占い版”を出しかけていた。

 小鈴、二打。

 「――占いは青。……ただし『空欄の作り方』の裏に小さく。“数字の祝辞”を一つ添えること」

 若手は舌を引っ込め、占い紙の裏に〈“明日は手置き台に手を置け”〉と書いた。占いも鈍器化すれば、害は薄い。


 ルカが帽子を浅くして通り、「未来は余白で来る。――占いの余白は、数字で縫え」と短く残す。猫の助言は今日も短い。


 ◇


 王太子が柱の下で足を止める。視線は紙の高さ、声は耳の高さ。

 「――“鈍器白書”、明日。……『剣の欠伸・日次』の欄を最後に置いてくれ」

「承知。――〈剣の欠伸:本日=大〉」

 セドリックが喉の奥で控えめに笑い、「護衛対象。欠伸は確かに大」と認める。

 ローレンスが扇の骨を一度だけ鳴らし、「舞台も“鈍器白書”に寄稿する。……『観客の欠伸・良い欠伸・悪い欠伸』」と真面目に冗談を言った。冗談が真面目に聞こえる日は、街が健康だ。


 ◇


 片付け前、黒板の隅に四行を置く。

 ――退屈は、空を割って配る算術

 ――退屈は、鈍器を磨く研究

――退屈は、誤用の速さで強くなる

――退屈は、欠伸を記録して次の日に渡す


 “杖欄・臨時(配当)」が歩き、王門の簡約版が薄金の夕光で乾く。旧穀倉の扉は半開きで、鈴は布の上に横向きに眠る。椅子は重ねられ、手置き台は半寸だけ低くなった。旗の膝の縁は砂灰で縁取られ、白の歌は低く短い。

 “空欄勘定”の数字は、今日も小さく眠るだろう。


 ざまぁは、敵を派手に打ち据える快楽ではない。打たなくて済むように鈍器を磨き、空欄を配当へ変え、誤用の速さで装置を改良し、剣の欠伸を記録する学問だ。学問が鈍く広がれば、派手な正義は薄れ、長い静けさが厚くなる。


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。

 ――第32話「鈍器白書・創刊/誤用の速さ」へ続く。

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