表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪オークションは私の勝ちです 〜婚約破棄された悪役令嬢、違約金と入札で王国ごと更生します〜  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/41

(第3話)王国監査院の呼び鈴

 監査院の審理鐘は、裁判の鐘よりも高い。高音は逃げ道を嫌う。音が空の梁に引っかかり、群衆のざわめきを上から押さえつけた。


 審理官は三名。灰、藍、墨。灰は実務、藍は条文、墨は判例。色は便宜上のあだ名だが、だいたい当たる。私は壇上の書見台に資料束を三つ置き、紐の先をきっちり揃えた。乱れた紐は、乱れた審理を呼ぶ。


 「本件の争点は三つです」私はゆっくり指を折る。「一、学園資産の定義。二、監督権の範囲。三、入札手続の適法性。そして仮処分に必要な“差し迫る回復困難な損害”の有無」


 藍が軽く頷く。条文好きは、目で相槌を打つ。


 私は第一束の表紙をめくる。朱の紐がひとつ鳴った。


 「資産の定義――王都の上水・下水・転送陣三件は“学院の占有管理下にある公共補助資産”です。所有は王家、運営は学院、監督は監査院。これは先年の“南丘橋補修事件”前例に準じます。橋は王家のものでも、木材の購買と職人の賃金は学院経理が回した。結果、監督権は“運営側に働く”と判断されました」


 墨が目を細める。「前例の要件は“災害復旧目的に限る”。本件、災害ではない」


 「“常時の運営継続”も住民にとっては小さな災害です」私は第二頁を指で叩く。「水は止まれば一日で病を呼び、下水は三日で街を腐らせる。転送陣は七日で物価を狂わせる。遅延が許されない点で、機能は非常時と同義」


 灰がうなずいた。実務は、生活の匂いに弱い。弱さは良いことだ。


 「第二――監督権の範囲。王家の“監督”は“停止”ではなく“審査”。“停止”は緊急時に限り、かつ代替案の提示を要する。仮処分は停止を生む。王家後援会の申立書、代替案は空欄。空欄は、審理官殿のご専門でいえば“無内容”です」


 藍の口角がわずかに動いた。条文は、空欄を嫌う。


 「第三――入札手続。私どもは昨夜未刻に規約を掲示し、本日予鈴の刻までに誓約書提出を条件としました。短い? はい。第一次に限り短期と明記し、代わりに不服申立ての窓口を常設。この場で即時審理に付す手当てを講じました。つまり“急ぐが、乱暴ではない”。これが私の説明です」


 墨が手元の紙をぱらりとめくる。判例好きは、紙で時間を測る。


 「申立人側の論点は“学院資産の処分には王家監督が優先する”一点。優先は否定しない。ただし、優先は万能ではない。――ここで、証拠に移ります」


 私は第二束を持ち上げた。北棟会計室から押収した薄葉紙。談合の雛形だ。会場の空気が一段低くなる。嘘は証拠に触れると、体温を落とす。


 「本朝、北棟会計室にて雛形五十枚を押収。宛名は出品目録の主要参加者。さらに机下から“外箱のみ”の差し替え指示を発見。封蝋色指定は“藍”。これは王太子後援会給費係が用いる印色と一致します。――これらは“監督を理由に停止するより、まず汚染を除くべき”状況を示す。すなわち“監督の名を借りた妨害”」


 ここで、壇下から声が飛んだ。「名誉毀損だ!」同時に、短い笛。セドリックが警備線を押し出す。私は声を上げない。怒鳴り声と同じ高さに降りると、理屈は足を滑らせる。


 灰が口を開いた。「雛形の真正は?」


 「監査院仮錠の下で押収。押収録画球が記録。指紋は会計室の三名、うち一名は昨夜、令嬢への刺客として確保した者の指紋と一致。本人は“証人”として保護中」


 灰が藍を見る。藍は墨を見る。三色が揃う時、審理は転ぶ。


 「……結論を述べる」藍が鐘の余韻を切った。「仮処分の申立ては却下。理由は二つ。“差し迫る回復困難な損害”が申立書で具体化されていないこと、および手続上の汚染が認められ、停止は汚染の温存につながる蓋然性が高いこと。公開入札は、監査院臨時審理官の立会いの下、継続を命ずる」


 会場の空気が、やっと息を吐いた。吐息には、汗と紙と、少しの涙の匂い。私は礼をして、宣言する。


 「審理結果を受け、第三出品“学院転送陣・運用管理権”を開札します。――予鈴」


 鐘。羽ペン。封蝋。さっきまで審理の板で冷えていた空気が、数字の摩擦で温まっていく。私は外箱の鉛に手を当てた。鉛は重い。重さは、嘘の近道を塞ぐためにある。


 「本鈴」


 鍵を二つ回す。内箱を上げる。封を割る。数字が立ち上がる。声が追い付く。


 「修道院連合、六百。工匠連合、七百五十。王都商人同盟、八百二十。――“遠見塔連名”、八百五十」


 耳がぴくりと動いた。遠見塔。王国全土に散る監視塔の若手管制士たちの互助組合。書式は拙いが、誓約は硬い。私は封筒の裏を指で撫でた。粉の匂い――石灰。塔の踊り場を磨く粉。現場の匂いは、帳簿に勝つ瞬間がある。


 「――落札。遠見塔連名」


 歓声は小さいが、質が良い。塔は遠くから見守るのが仕事だ。近くで騒がない。私は代表者の少女を壇に招いた。髪に石灰が白く残っている。緊張で言葉が固まっている。私は契約書の該当箇所に指を置いた。


 「運用管理権は運用の義務でもあります。陣の停止は“十分前の掲示+三分おき告知”。事故時の責任は“最終承認者”。承認ログは公開。わからないところは?」


 少女は一度だけ深呼吸し、言った。「承認ログの公開形式。絵で、お願いします。読み書きが苦手な塔番もいるので」


 「いい提案です。図で、やりましょう」


 署名の朱が、また一輪咲いた。朱は花であり、止血でもある。


 「第三出品、完了。――ここで臨時告知。監査院臨時審理官は本会場に常駐、入札手続に逐次立ち会います。審理鐘は随時鳴る。鳴ったら止まる。止まったら、続く。以上」


 群衆が散り、また集まり、波になって戻ってくる。そのさなか、赤い紐の封筒を握った少年が壇に駆け寄った。使い走りだ。息を切らし、私に封筒を差し出す。


 「れ、令嬢、広場の端で……“奇跡”の予告が」


 封を切る。王太子後援会のビラ。“本日正午、聖女リリアによる大治癒の奇跡を公開。老いた者、病む者、来たれ。水も税も、要らぬ”。要らぬ、は危険な言葉だ。要らぬと言われた瞬間、仕組みは軽くなる。軽くなったものは、飛ばされやすい。


 セドリックが低く言う。「警備を割れば、会場が薄くなる」


「割りません。こちらは予定通り進めます」私はビラを裏返し、紙の粒度を見る。「ただし、音を足しましょう。静かな音」


 「音?」


 「“料金表の歌”。読み上げ式。韻律で、覚える。今日から決まる水の値、下水の値、転送の値。紙を読めない人にも届くように」


 セドリックは一瞬だけ目を瞬かせ、それから頷いた。「了解。騎士詰所に合唱を頼みます。声は大きい」


 「大きさはほどほどで。喧嘩を売りたいのではなく、耳を守りたいのです」


 私は即席の詩をペンで走らせる。数字に韻をつけるのは、案外たのしい。たのしいことは、人を守る。


 ――水はひと日に銅貨ひとつ/三つの家で割れば白い/壊れた管は誰の責/直すは契約、払うは表/書けない人は歌で読む/歌えぬ人は鐘で知る


 鐘。予鈴。本鈴。第四の出品“鉱山券”。封を割る前に、広場の端から聖歌のような旋律が立ち上がった。リリアの声は澄んでいる。澄んだ声は、人を素直にする。素直さは時に、財布の紐を緩める。


 「準備」私は囁く。セドリックが合図笛を短く吹いた。反対側から、低く柔らかい合唱が重なる。数字の歌だ。子どもが口ずさみ、老人が笑い、若い職人が肩で拍を取る。二つの歌が、広場の中央で重なり、譲り合い、分かれ、また重なる。戦いではない。音の交差点。交差点には、標識が要る。


 「標識を立てます」私は壇の端から、簡易看板を引っ張り出す。昨夜のうちに用意しておいた“料金表図”。絵と数字。紙の上の通訳。群衆の前面で、修道服の少年が絵を読んで見せた。「絵だと、わかる」と声が上がる。


 そこへ、王太子の使いが現れた。金の紋章を胸に、白手袋の指で空を切る。


 「王太子殿下より通達。“聖女の奇跡”の最中、商取引を停止せよ」


 私は看板の支柱に片手を置き、首だけを使い、彼に笑いかけた。笑いには、角度がある。高すぎる笑いは嘲り、低すぎる笑いは媚びる。水平の笑いは、取引だ。


 「“最中”の定義を示してください。鐘一打? 一曲? 一昼夜? 定義なき通達は、守りたくても守れません」


 使いは言葉に詰まる。定義は、権力の苦手な階段だ。踏み外すと怪我をする。


 「こちらは定義します。“奇跡による商取引停止要請”は“鐘三打”の間、会場北側の通路のみに適用。通路は広く、妨げません。取引は続く。奇跡も続く。――お帰りになって、どうぞ定義を練り直して」


 セドリックが横で息を殺している。笑ってはいけない時、騎士は呼吸で笑う。私は封を割る。数字を読む。歌が重なる。奇跡は、奇跡の仕事をする。仕組みは、仕組みの仕事をする。


 日が傾き始めるころ、第四、第五の出品が終わった。一日の帳は重く、しかし良い重さだった。終わり際、審理鐘が短く鳴る。藍が壇に現れ、言葉少なに告げた。


 「臨時通達。以後の入札、監査院の承認印を付す。印のない落札は無効。停止命令が再度出た場合、審理は会場で即時。――以上」


 私は礼をする。藍は会釈もせず去った。条文の人は、去る時も条文だ。


 片付けに入ろうとしたとき、バルト院長が背後から低く言った。


 「“証人”が吐いた。給費係の上に、もう一段ある。王宮事務局の“祭典局”。奇跡の演出部門だ」


 「演出には予算が要ります」


 「要る。帳も要る。お前の嫌いな冗談が、もう一つある」


 「談合は、私が一番嫌いな冗談です」


 「もう一つ。“やり直しましょう”だ」


 私は視線だけで問い返した。バルトは肩をすくめる。「王太子からお前に、“やり直し”の伝言が届く。政治は、過去を未来に仕立て直すのが好きだ」


 「契約は過去を未来に渡す器です。器は好きです。ただし、汚れていないなら」


 夕陽が看板の図を赤く染め、数字が影を引いた。セドリックが近づき、控えめに咳払いをする。


 「護衛対象。今日はよく生きました」


 「生き延びました、でしょう」


 「延びる、は“続き”を含む。続きますか」


 「続けます。明日は“談合の罠”。あなたの剣は要る?」


 「要らないは危険な言葉です」セドリックはわずかに口元を緩めた。「要ります。けれど、抜かないときの方が多い」


 「良い剣です。良い盾で、良い署名者」


 私は帳面を閉じ、空を見た。奇跡の歌はもう聞こえない。代わりに、人の話し声がある。値段の話。責任の話。水の話。明日の話。

 ざまぁは、終わらせるためにある。けれど、終わらせるだけでは足りない。終わりの先に、始まりを置く。置き場所は、条文と、数字と、少しの歌。


 ――第4話「断罪オークションを宣言」へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ