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(第29話)鈴の婚礼(当日)/影の祝福

 朝、広場の石は夜露をほどよく吸い、靴裏に返さない程度に乾いていた。黒板の左上、昨日細く残した〈未定(小)〉が、〈踊らない〉の隣で小さく息をしている。番人は小さくても番人だ。


 〈式・当日点検〉

 ――雲:高薄(影=短)。

 ――風:北西弱(旗=空の三分の一以内)。

 ――湿:低(濡れ鈴=袋一重)。

 ――声欄の底:浅。

 ――“三角”投函:0(欄外→監査、継続)。


 セドリックが外縁を扇形に一巡し、石二つの“旗の膝”を靴先で確認して戻る。「護衛対象。影、列を跨がず。薄い危険――なし」


 「二脚と三本、予定通り」

 私は白墨で〈式・時刻=日暮れ一刻前〉と書き、導線図の白線に油拭きを一枚。ローレンスは扇を腰で眠らせ、余白係の並びを指でなぞって拍の厚みを確かめた。


 “杖欄”の朝見出しは歩幅を揃える。

 〈9月某日 王都広場 本日 “再契の式” 日暮れ前/形=二脚・三鈴 踊らない〉

 裏は“高さ早見図”と“譜面”。矢印は踊らない。今日はそれが礼服だ。


 “声欄”は朝からやさしい。

 ――“子はどこに立つ?”(北区・母)

 ――【改め】〈子=図持ち/余白係の後ろ〉図添付。

 ――“花は青か白か?”(工匠街・女)

 ――【改め】〈花は青。白線は歩くために〉


 古株が“祝辞”の活字を浅い箱に移しながら言う。「今日は“訂正欄”が空でありますように」

 「空を守るために、欄は常設です」

 若い記者がうなずき、胸の前で版下を抱きしめる癖を出した。癖は紙を強くする日がある。


 ◇


 午前は静かな準備。

 灰は待ち椅子の布を新しくし、紐治具で張りを均す。手置き台は三脚、笑い鈴の斜め後ろにもう一脚追加。

 白は“静かな水”を影の芯に寄せ、音紋“コト”低二連を担ぎ手に試打。老人の耳が一度だけ楽になる。

 青は笑い鈴の譜面板を胸下で固定し、余白係の袖に細い目印糸。

 金は王門と広場に“告示の図”を貼り、〈未定(小)〉を“踊らない”の右隣に小さく置く。


 ――定は図で 未定は余白

 ――図が骨で 余白が筋


 昼の鐘が一度。遠見塔から山向きに旗。〈銀86→87。“笑い鈴”一打で“運搬列の交差”回避〉。譜面は山でも歩く。


 黒帽――ルカが早足で現れ、帽子を浅くかぶり直した。「花代の上限を青で持つ。今日の祝辞は数字だけ置く」

 「短い数字は長い祝辞より働きます」

 彼は猫の尻尾ほどの笑いを置いて去った。退屈を好む猫は、式の前に余白を増やす。


 ◇


 日が傾き、広場の真ん中に影の帯が細く伸びる。旗は空の三分の一、扇は胸下。列の先頭に余白係、後ろへ導線係、さらに“図持ち”の子どもたち。

 私は柱の下、二脚の間に立ち、鈴を三本――大・中・小――横に寝かせる。鈴は横にすると落ち着く。起こすのは必要な時だけ。


 王太子が来る。外套は地面の高さ、視線は紙の高さ。

 「――準備は、退屈のままに」

 「退屈のまま、始めます」


 小鈴、二打。合意の音が石へ吸い込まれる。拍が一枚、厚くなった。


 ◇


 式は踊らない。歩く。

 ――入場。余白係の手が胸の高さで上がり、導線は白線をなぞる。子どもたちが“図”を胸の高さに掲げ、笑い鈴の前で一拍。

 ――二脚の前。私と王太子が向かい合って座り、鈴はまだ横。

 ――静かな水。白の担ぎ手が影の芯を踏み、コト、コト――低い二連。老人の眉間がほどけ、子どもの背筋が伸びる。


 私は先に立ち、短い三点を言う。

 「――本日“再契”。“二脚・三本”。“扇の柄は高く持たない”。“剣は白の後ろ、盾は灰”。式の形は踊らず、紙で歩く」

 中鈴を一打――訂正ではなく、確認の一打。

 王太子が続ける。「“未定(小)”は未来用。旗は低く、扇は胸下。笑いは一打。数字の祝辞を三つだけ」


 青の祝辞。迅速会の代表が短い紙片を木台に置き、声を耳の高さで。

 〈列のパン二百。配分=灰/残=子に〉

 小鈴、一打――合意。笑い鈴は鳴らない。笑いは欲張らない。


 白の祝辞。修道女の会計係が短く。

 〈白の担ぎ手八。交代=手置き台〉

 小鈴、一打。

 金の祝辞。ルカの紙片は数字だけ。

 〈花代上限=銀十。超過、青自腹〉

 小鈴、一打。静かな笑いが遠くで砂糖のように溶ける。


 ――祝辞は風 図は石

 ――石に座って風で乾かせ


 “声欄編集”が“静かな祝辞”の読上げを三枚だけ追加する。声は耳の高さ、言葉は短く、図が横に立つ。場は揺れない。揺れないのが、祝福の手触りだ。


 ◇


 そこへ、角の影――“踊る足”の最後の反射――が一本の高旗を持って外縁に立った。藍地金縁、中央に踊る足。高さは約定より指二つ、高い。

 私は大鈴に触れかけて、やめる。

 影を板に写して見せる。白線からはみ出した影が、待ち椅子の足元に重なる。

 小鈴、二打。

 「――旗、影が“待ち椅子”にかかっています。一拍、石二つの膝まで」

 灰の係が手置き台を滑り込ませ、持ち手の肩がひとつ落ちる。ローレンスの棒尺が胸の線を空気に描き、余白係が笑い鈴を“一打”。

 ――高い主張は影が長い

 ――影が長ければ一拍下げよ


 旗は自分で低くなり、影が白線から外れる。剣はいらない。今日の剣は“影の読み方”だ。


 ◇


 再び二脚。私は鈴に指を添え、王太子と視線を合わせる。

 「――“再契”。私の未熟と“扇の柄”の高さで付いた見出しを、太字で訂正し、図で残します。『柱の下で笑う』『扇は胸下』」

 王太子は小鈴を二打。

 「“再契”。剣は白の後ろ、盾は灰。“鈴は三本、笑いは一打”。――それで十分」


 中鈴、一打。確認。

 私は短い詩を四行だけ置いた。

 ――未定は余白 余白は椅子

 ――椅子は二つで約束座る

 ――鈴は三本で喧嘩が寝る

 ――旗は影で低くなる


 静かな笑いが、笑い鈴の譜面に沿って一打だけ跳ねて消える。消えた後に残るのは、歩幅だ。


 ◇


 式の終わりに、小さな驚き。山からの子――“図持ち”の一人――が列の端でそっと手を挙げ、余白係が許可の合図。

 「“山からの返歌”を三行だけ」

 ――濡れた道でも足は揃う

 ――揃えた足で椅子が立つ

 ――立った椅子で約束座る

 白の列のどこかで、老人が静かに頷く音がした。音にも頷きはある。


 ◇


 退出。白線→青枠→灰矢印。旗は低く、扇は胸下。笑いは欲張らない。

 “杖欄・臨時”が刷られ、古株が活字を磨く。

 〈9月某日 王都広場 “再契”了 形=二脚・三鈴/踊らない〉

 ――祝辞=数字三/笑い鈴=一打

 ――旗=空1:3以内(影訂正一件)

 ――扇=胸下/白の水=低二連

 ――【訂正欄】――空(本紙基準)


 若い記者が“空の訂正欄”の余白を撫で、目尻を少しだけ下げる。「空欄の勇気、見出しより重い」

 「空にするために、欄は太字で残します」

 私は短く答え、版下に“影の祝福”の小さな図――二脚の足元の影が左右で重なって楕円を作る――を添えた。


 ◇


 配布が始まると、王門にも同じ紙が歩く。遠見塔から旗。〈王門:祝辞欄に“短い数字”のみ掲示〉。

 ルカが帽子の端を指ではじいた。「市場も静かだ。高い主張が出てこない。……低い図が多い日は、長く儲かる」

 「儲けは青で踊らせ、骨は灰で支え、血は白で温め、旗は金で巻いて」

 彼は笑いを喉で畳み、「退屈の株、全力で持つ」と小声で言った。


 セドリックが横で囁く。「護衛対象。今日は“大鈴”が眠ったまま」

 「明日も、できれば寝かせましょう」

 「背中と鐘の間、変えない」

 「変えないのが礼法です」


 ローレンスは扇の骨を一度だけ鳴らし、「舞台でも今日の静けさは難しい」と言った。「“余白係”、いい仕事だった」


 ◇


 夕刻、式が解け、広場は普段の音量へ戻る。白の水は樽へ戻り、灰の矢印は端へ巻かれ、青の枠は花を抱いて低く揺れ、金の旗は胴で巻かれて紐で留められる。

 私は黒板の隅に四行を置いた。

 ――退屈は、祝福の影

 ――退屈は、空欄の勇気

 ――退屈は、鈴を横に寝かせる所作

 ――退屈は、二脚の間の静けさ


 王太子が柱の下で足を止め、私にだけ聞こえる声量で言う。

「――ありがとう。“二脚と三本”、それで十分だった」

 「“未定(小)”は未来用に残します」

 「残しておこう。未来は余白で来る」


 彼が去った後、聖女リリアが白の章を撫で、「“白の歌”、短くてよかった」と言った。短い白は長い静けさを呼ぶ。

 “紙を守る会(元)”の古株は、空の訂正欄を指で叩き、「この“空”は重い」と満足そうに笑った。


 ◇


 夜。“杖欄・夕報”が戻る。紙はもう冷たく、匂いは淡い。

 〈9月某日 王都広場 “再契”了/影の祝福〉

 ――二脚・三鈴/踊らない/笑い一打

 ――旗低し/扇胸下/白低二連

 ――【訂正欄】空

 ――【言葉】“高い主張は軽い。低い図は重い”


 私は棒の鈴を一本ずつ、布で拭って横向きに寝かせる。音は鳴らない。鳴らない音は、明日の安心だ。

 セドリックが椅子の脚から布を外して重ね、「護衛対象。剣は白の後ろで大きな欠伸をした」

 「よく効く子守歌を、今日みんなで歌いましたから」


 ざまぁは、誰かの晴れを派手に踏みつける芸ではない。影で旗を折り、笑いを一打に整え、訂正欄を空で終わらせ、二脚の間の静けさを守る術だ。術が身につけば、剣は眠り、鈴は横向きのまま朝を待つ。


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。

 ――第30話「紙の後日談/空欄の値打ち」へ続く。

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