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(第28話)式の決定/未定から定へ

 朝の黒板は、夜気を一度吐いてから静かに吸い込み、紙の温度に合わせて平熱へ戻っていた。左上の太字〈未定〉は、いつもどおり動かない。動かないから番人だ。

 私はその右に、今日だけの欄を立てた。


 〈天気・風・声〉

 ――雲:高/薄。

 ――風:北西(旗の影=短)。

――湿:低(“濡れ鈴”→袋一重で可)。

 ――声欄の底:浅。

 ――“三角”投函:0(監査へ欄外直送・継続)。


 「――紙が冷えました」

 若い記者が胸の前で版下を抱え、植字工の古株は“未定”の活字を指で撫でてから、活字箱の端を軽く叩いた。叩くのは別れの癖らしい。

 セドリックは外縁を扇形に一巡し、石二つの“旗の膝”を靴先で確かめ、盾の縁に薄金をひとかけ集めて戻ってきた。「護衛対象。風は軽い。影は列に触れない。……本日、“薄い危険”なし」


 「未定を細くします」

 私は白墨を持ち、深呼吸をひとつしてから、太字〈未定〉の下に細い二字を書いた。〈定〉。

 その下に、短い規定を四つ。


 〈式の決定(柱下)〉

 ――形:柱下“二脚と三本”。

 ――日:明日。

 ――時:日暮れ一刻前(影短し)。

 ――青:笑い鈴は“一打のみ”(余白係の合図下)。

 ――白:水“低二連”。

 ――灰:導線・椅子・手置き台。

 ――金:告示・図保存(旗は空の三分の一まで)。


 小鈴、二打。合意の音は、未定の殻に小さな亀裂を入れて、静かに折り畳む。


 王太子が柱の下に来る。外套は地面の高さ、視線は紙の高さ。

 「――“定”。……よし。『二脚と三本』のまま、明日」


 ローレンスが扇を腰で眠らせ、棒尺を肩に乗せた。「“校了の翌日”の決定は舞台でも静かに効く。間が潰れない」


 ◇


 “杖欄”の見出しは歩幅を揃える。

 〈9月某日 王都広場 “式の決定” 明日日暮れ前 形=二脚・三鈴〉

 裏は“高さ早見図”の再掲と“導線最終図”。図は踊らない。今日はそれが礼服だ。


 “声欄”の初投函は、いつもと同じ小さな手から。

 ――“明日、花はどこに置く?”(南区・子)

 【改め】〈花は青の枠へ/白線は歩く〉

 ――“祝辞、長くてもいい?”(西門・男)

 【改め歌】

 ――祝辞は息で切りなさい

 ――息は一つで足が揃う

 ――足が揃えば列が進む


 古株が“祝辞”の活字を箱の浅い方へ移し、「今日は“訂正欄”が売れなくて済むといい」と笑う。よく売れる品は、たまに売れない方が街に良い。


 ◇


 午前の仕事は“決定”の実装――紙を貼る前に、石を置く。

 灰の欄:待ち椅子×4の布を新しくし、紐治具で張りを均し、手置き台を一脚増やして“笑い鈴”の斜め後ろへ。

 白の欄:静かな水の位置を影の帯の芯へ寄せ、音紋“コト”を低く二連に。担ぎ手の交代は手置き台で一拍。

 青の欄:余白係の並びを“舞台出身→街案内”の交互にし、笑い鈴の譜面板を胸の線の少し下で固定。

 金の欄:王門と広場の掲示の順番を再確認。王門は“未定”を小さく残す。残す未定は、噂の消火器だ。


 ――定は図で 未定は余白

 ――図が骨で 余白が筋


 セドリックが囁く。「護衛対象。“踊る足”が一人、外縁。視線は旗ではなく“祝辞台”。手は空。踊る前の手だ」


 「祝辞台は図で折れます」

 私は祝辞の“扱い”の上に、もう一行を足す。

 ――“笑い鈴”と同時に鳴らさない。

 ローレンスが小さく頷き、余白係のひとりを祝辞台の左後へ――拍の厚みを足す位置。


 ◇


 昼前、山から旗。〈銀85→86。“笑い鈴”一打で“運搬列の衝突”回避――報告二件〉。

 続けて、監査院から灰の封蝋。〈“三角”版木の主、供述:“明日、高旗で‘未定返し’を狙う”。……押収済/従者二名“余白係”へ志願〉。

 ローレンスが細く笑う。「舞台の影にも“良い退路”はある。――余白係で拍を学べ」


 私は黒板の隅に一行。

 ――影は欄外 退路は欄内

 ――退路で“間”を稽古せよ


 ◇


 昼の鐘。一度。私は“式の決定・告示”の版下に署名の朱を重ねる。朱は花の渦を描き、紙に小さな体温を残す。

 〈再契・式の決定(柱下)〉

 ――明日日暮れ前/二脚・三鈴/笑い鈴=一打(青)/白の水=低二連/旗=空の三分の一/扇=胸下

 ――【言葉】“未定は余白。定は図”

 ――【訂正欄】空(今日のところ)


 配布が始まると、遠見塔から王門向けに旗。〈王門:掲示完了。“未定(小)”残置〉。

 黒帽――ルカが帽子を浅くして現れた。

 「“未定(小)”の残置、いいね。市場も“オプションの小口”を残すと揺れない。……明日、私は祝辞を“数字で”置く。花代の上限、青から」


 「数字の祝辞は、よく働きます」

 私は“祝辞台”の横に小さな升を足した。〈数字・図/息一つ〉。

 ルカは肩をすくめ、猫のように背を伸ばしつつ去った。退屈を好む猫は、紙の匂いが乾く前に姿を消す。


 ◇


 午後は“式の動線・通し”。

 ――入場:余白係→導線係→二脚へ。

 ――“二脚の前”:小鈴=合意/中鈴=訂正/大鈴=停止(未使用予定)。

 ――祝辞:三枚だけ(青/白/金)。灰は“仕事の報告”として導線に混ぜる。

 ――退出:白線→青枠→灰矢印。

 ――“恥の運用(婚礼版)”:嘲り短く・欄外禁止・図で訂正。


 ローレンスが合図、余白係が手を上げ、笑い鈴一打。拍が一枚分だけ厚くなる。厚みは人の衝動を吸う。

 セドリックは“背中と鐘の間”を保ったまま、角の影を見張る。影は今日、稽古を見ているような目だ。見ている目は、明日半分は味方だ。


 “声欄”に短い紙が落ちた。

 ――“明日、仕事の服でいい?”(工匠街・女)

 【改め】〈灰=仕事服可/青=袖に波/白=前掛け白/金=小札〉

 ――“子どもはどこに立つ?”(北区・母)

 【改め】〈子は“図持ち”/余白係の後ろ〉

 ――“涙が出そう”(東通り・老人)

 【改め歌】

 ――涙は白で受けなさい

 ――白は静かな水を持つ

 ――水を飲んだら椅子に座れ

 ――座った椅子が列を進む


 古株が“涙”の活字を一度指で撫で、「字は濡れても読めるように太く」と言った。太い字は涙に強い。


 ◇


 午後半ば、小さな乱れ――広場の端に藍地金縁の旗が一本、約定より指一つ高い。昨日と同じ癖の手。

私は大鈴に触れかけて――やめた。

 影を板に写して見せる。白線から外れた影が、人垣の足に触れそうで触れない。

 小鈴、二打。

 「――旗、影が“待ち椅子”に重なります。一拍、石二つの膝まで」

 灰の係が手置き台を滑り込ませ、持ち手の肩が小さく落ちる。ローレンスの棒尺が胸の線を空気に描き、余白係が笑い鈴を“合意の一打”。

 ――高い主張は影が長い

 ――影が長ければ一拍下げよ


 影を見た人は、旗を下げる。剣はいらない。剣がいらないのが、制度の勝ち方だ。


 ◇


 夕刻前、“式の決定・増刷”が戻る。

 〈9月某日 王都広場 “式の決定” 明日日暮れ前/二脚・三鈴〉

 ――導線最終/白の水(低二連)/笑い鈴一打/旗と扇の高さ

 ――“祝辞・数字優先(息一つ)”

 ――【言葉】“未定は余白。定は図”


 配布の列の端で、聖女リリアが白の章を撫で、「明日は“白の歌”を少し短く」と言った。

 「短い白は、長い静けさを呼びます」

 私は白の欄に“歌・短”を小さく記す。短い歌は、椅子の脚を軽くする。


 王太子が柱の下に来た。視線は紙の高さ、声は耳の高さ。

 「――明日。『式は未定ではないが、踊らない』。……“二脚と三本”のまま、旗は低く、扇は胸下」


 「笑い鈴は一打。余白係の手は上へ」

 「祝辞は――数字と図を一つずつ。息一つ」


 私は頷き、中鈴を一打。訂正ではなく、確認の一打。

 「――私事の“再契”は、公に触れる。だから“退屈の規約”をそのままかけます。椅子の数、時間、太字、未定(小)」


 王太子は小さく笑い、声を落として言った。「“未定(小)”は、明日『踊らない』の隣に置いておこう。……未来はいつも余白で来る」


 ◇


 片付けに入る前、私は黒板の隅に四行を置いた。

 ――退屈は、未定を細くする技

 ――退屈は、定を図にする技

 ――退屈は、影で争いを折る技

 ――退屈は、明日の椅子をまっすぐにする技


 古株が“校了”の箱をしめ、若い記者は“祝辞の短さ”を胸で抱きしめる癖をまた出した。

 「明日、“訂正欄”が空のままだといい」

 「空であるために、欄は常設です」

 彼は笑い、扇の骨のように軽くうなずく。


 セドリックが椅子の脚の布を解き、丁寧に畳んだ。「護衛対象。明日も『背中と鐘の間』。剣は白の後ろ、盾は灰」

「変えません。――二脚と三本」


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて低く。王門の“未定(小)”は薄金の空の下で静かに呼吸し、広場の紙は棚で冷える。

 ざまぁは、誰かの未定を嘲ってやる見世物ではない。未定を余白にして残し、定を図にして歩かせ、旗を影で折り、笑いを一打に整える仕事だ。整った明日は、剣が眠気を我慢しながら欠伸する。


 ――第29話「鈴の婚礼(当日)/影の祝福」へ続く。

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