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(第26話)婚礼号・第2稿/旗と扇の高さ

 朝の黒板は、昨夜の“第1稿”の角を少しだけ丸めて待っていた。太字〈未定〉は相変わらず落ち着いている。落ち着いた未定は、良い門番だ。

 私は左上に大きめの四角を描き、その中をゆっくり埋めていく。


 〈婚礼号・第2稿(案)〉

 ――導線図(灰):入口→椅子→退出/待ち椅子×4/手置き台。

 ――白の静かな水(白):“コト”半音下げ・二連(雨兼用)。

――笑い鈴(青):譜面・権限・余白係/子は“手の上の鈴”。

――旗と告示(金):旗は高く・中身は低く(図保存)。

――“扇の高さ”:舞台内のみ高天/街路は胸下。

――“恥の運用(婚礼版)”:嘲り短く・図で訂正・場所限定。

――【未定】式の形・日取り(太字のまま)。


 ――踊る前に道を引け

 ――笑う前に鈴を決めよ

 ――掲げる前に高さを決めよ


 王都新聞“杖欄”の見出しは今日も歩く。

 〈9月某日 王都広場 婚礼号・第2稿 式=未定(太字)〉

 植字工の古株は“高さ”の活字をつまみ、「この字は背が伸びたがる」と笑った。だからこそ、規程が要る。


 セドリックは広場の外縁を扇形に一巡し、旗竿を立てる位置に白い小石を二つずつ置く。小石は規程の最小単位だ。

 ローレンスは扇を腰で眠らせ、細い竿尺を持ってきた。「“舞台の天”と“街の天”は違う。測って見せれば、背伸びは減る」


 ◇


 最初の議題は“旗と扇の高さ”。私は金の欄に新しい板を立て、図を描く。


 〈旗規格(婚礼時)〉

 ――掲揚高:人の背の二倍まで(柱下基準)※高天は“広場中央のみ”。

 ――面積:広場図の“空の比”を超えない(旗:空=1:3以内)。

 ――中身:文字小・図大。“未定”は太字で別紙。

 ――“金の棒”:先端飾りは丸。尖り禁止。

 ――“持ち替え”:列の折り曲がりで必ず“手置き台”に一拍置く。


 〈扇規程〉

 ――舞台内:肩上可(ただし“余白係”の合図で開閉)。

――街路:胸下まで。合図用・装飾用の区別を布色で。

――“人の顔の前”で振らない。

――“扇の柄”は高く持たない(腰より上に出さない)。

――違反は“笑い一打+図で訂正”。


 ――旗は空で踊らせず

 ――扇は胸で息をさせる

 ――柄は地に 図は目に


 迅速会の代表が頷き、「旗は高く出したいが、つらが広すぎると風が持っていく」と苦笑する。

 ルカ――黒帽の投資家――が指を一本立てた。「市場も同じだ。面を広げすぎると風評で倒れる。……1:3は保守的だが、長持ちする」


 「長持ちを選びます」

 私は旗竿の根元に“石二つ”の印を付け、その脇へ小さく一行を添える。

 ――石は旗の膝


 ◇


 “声欄”の朝一番は、扇についての短い投函。

 ――“扇を胸下で、踊りは映えますか”(舞踏見習い・女)

 【改め歌】

 ――胸で開けば袖が語る

 ――袖が語れば足は揃う

 ――揃った足で図が読める


 ローレンスが満足げにうなずき、「舞台でも扇は下げた方が“が見える”」と補う。舞台の技術が街を甘やかすことはない。むしろ厳しい。


 ◇


 午前の作業は“旗の高さ合わせ”から始めた。柱の下に基準竿、そこから半径を取り、白線で“高天域”を丸く抜く。高天域は広場中央――旗を思い切り上げてよいのはそこだけ。

 工匠の娘が“紐治具”で竿の固定を均し、塔番の少女が“風見鈴”を一本、旗の下に吊る。

 ――風が強けりゃ鈴が鳴る

――鳴ったら旗を一拍下ろせ


 「護衛対象」

 セドリックが低く囁く。「角に二。片方は“踊る足”、片方は“紙の匂い”。目は旗の高さ」


 「高さは図で折れます」

 私は“旗の影”の図を板に描き、影が白線を越える時間帯を示した。

 ――影が列にかかったら一拍下げる

 ――影が顔に触れたら二拍下げる


 影で規程を示すと、反論は短い。影は誰のものでもないからだ。


 ◇


 白の欄では、聖女リリアが“静かな水”の最終確認をしていた。桶二・樽一、白章の音紋は半音下げの二連、担ぎ手の交代は“手置き台”で一拍。

 「“花を水に浮かべたい”という声が届きました」

 彼女は少し困った笑顔で紙を掲げる。

 「白の水は“手当て”の水。――花は青へ」

 私は白の欄に“花の図は青へ”の矢印を足し、歌を一行。

 ――白は掌 香りは青

 ――香りは祭で道を邪魔するな


 ◇


 昼前、山から旗。〈銀83→84。“手袋章”実装完了。“笑い鈴”坑口で運用、乱打なし〉。

 続けて、灰の封蝋。〈監査:三角印の版木の“持主”、王都外縁で確保。“踊る足”に指示。『婚礼の日に“高旗”を乱立』計画〉。

 ローレンスが眉を寄せる。「だから高さを先に決める。舞台の“煽り”は高いところから来る」


 私は“金の欄”に太字で掲げた。

 〈高旗・乱立予防〉

 ――“高天域”以外は“旗の膝(石二つ)”以上の高さにしない。

 ――鈴二打で訂正、三打で停止・撤収。

 ――旗は“金”、撤収は“灰”。

 ――乱立の“恥”は短く、図で再掲。


 ――高いほど軽い嘘

 ――低いほど重い図


 ◇


 昼の鐘。一度。私は“婚礼号・第2稿”の版下に“旗と扇の規程”を差し込む。扇の絵は胸の線より上がらない。旗の絵は空の比を守る。

 〈9月某日 王都広場 婚礼号・第2稿 式=未定(太字)〉

 ――導線/白の水/笑い鈴譜面/旗規格/扇規程/恥の運用

 ――余白係と手置き台

 ――【言葉】“未定=待つ準備”


 配布が始まると、遠見塔から王宮向きに旗。〈王宮:告示掲示完了。“未定”太字を王門にも〉。

 ルカが肩をすくめ、「王門に“未定”とは、いい見出しだ」と笑う。

 「未定は、剣の潤滑油です」

 私は小声で返し、白の後ろに眠る剣を横目で確認した。


 ◇


 午後は“扇の高さ”の実地稽古。舞台組と街の係を混ぜ、胸下の扇で列を整える訓練をする。

 ローレンスが“余白係”を先頭に立て、間延びしそうな拍をほんの少し遅らせて、笑い鈴一打で締める。

 ――間を飲み込む扇は悪

 ――間を見せる扇は善


 “声欄”に、舞踏見習いからの新しい紙が入る。

 ――“胸下だと手が疲れる”

 【改め】〈手置き台を増やす/“扇紐おうぎひも”を灰で支給〉

 工匠の娘がその場で“扇紐”の試作を作り、紐治具で長さを揃える。均一は強い。


 ◇


 中ほどで、小さな事件。広場の端に“高旗”が一本、規程外の高さで立った。旗布は鮮やかな藍、縁は金。中央に踊る足の絵。

 私は大鈴に指を伸ばしかけ――やめた。

 小鈴、二打。訂正の音。

 「――旗、影が列にかかっています。一拍下ろし、石二つの膝まで」

 “旗の持ち手”――若い男――が一瞬、反発の顔を作る。だが影の図は嘘を許さない。人垣が影に目を落とすだけで、旗は自分で下がる。

 灰の係が“手置き台”を滑り込ませ、一拍。

 “持ち手”は舌打ちを飲み込み、旗を規程の高さで固定した。

 ローレンスが扇を開かず、ただ胸元で軽く振った。“余白係”の合図――再開。

 ――高い旗より低い合意

 ――低い合意で列が進む


 セドリックが横で囁く。「護衛対象。大鈴の“停止”は温存で正解だ。影の図が剣の代わりになる」


 ◇


 白の列で、小さな嬉しい報告。聖女リリアが“白の待ち椅子”に座った老人の耳へ、音紋を低く二連で鳴らす。老人の肩が一度だけ楽に落ち、笑い鈴が一打、柔らかく遠くで答える。

 「――聞こえる」と老人が言った。

 白の水は静かに通り、花は青の枠で揺れる。花に道を譲った数字は、紙の上で太くなる。




 夕刻前、“婚礼号・第2稿”が刷り上がって戻る。

 〈9月某日 王都広場 婚礼号・第2稿 式=未定(太字)〉

 ――導線/白の水/笑い鈴譜面/旗規格(高天域)/扇規程(胸下)

――余白係・手置き台/恥の運用(婚礼版)

 ――【言葉】“未定=待つ準備”

 裏面に〈旗と扇の“高さ早見図”〉。影の帯と胸の線。数字は少なく、矢印は多い。矢印は踊らない。


 植字工の古株が“影”の版木を指で撫でる。「影は嘘を嫌う。……いい図だ」

 若い記者が見出しを歩かせ、余白に短いお願いを書き添えた。

 〈お願い〉

 ――“扇は胸で。旗は空の三分の一まで”

 ――“笑いは一打、二打まで。三打はない”

 ――“花は青の枠へ。白線は歩くために”


 ◇


 配布の列の端で、ルカが帽子を浅くかぶり直した。

 「“高さの規程”は、市場だと“証拠の高さ”に通じる。高い主張ほど軽くなる。低い図ほど重い。……退屈は証拠に似合う」


 「証拠は灰、賛辞は青、旗は金、静かな水は白」

 私は答え、彼は笑いを喉に畳んだ。


 ◇


 片付けの前、王太子が柱の下に来た。外套は地面の高さ。

 「――“第2稿”、良い。……明日は“校了”に向けて、もう一日“未定”のまま置こう。紙が冷える」


 「紙が冷える間に、旗の影を見ます。――夕暮れの影は長いので」


 「扇の高さは、胸のまま」

 彼は短く言い添え、ほんの少しだけ笑った。「……退屈の婚礼は、きっと美しい」


 セドリックが盾の縁で夕光を受け、細い金を黒板の白線へ返した。「護衛対象。今日も剣は白の後ろ。――大鈴は鳴らしていない」


 「鳴らさない音は、明日の安心です」


 ◇


 夜、“声欄”の採録会議。紙の束は薄い。薄い束は満腹の印。

 ――“旗の影が綺麗でした”(南区・子)

 ――【採録】影の図を再掲。

 ――“扇紐の結び方が難しい”(工匠街・女)

 ――【改め】図で“町結び”を添付。

 ――“婚礼は静かに通り過ぎよ”(西門・老人)

 ――【再掲】譲り歌の横に。

 ――“三角印を見かけたら”(北門・男)

 ――【改め】“欄外へ”。監査に直接。図で矢印。


 古株が“嘲り”の活字を箱に戻し、代わりに“訂正”の活字を磨く。「今日も“訂正”だけ太字でいい」

 若い記者がうなずく。「“未定”も太字で」

 私は四行を黒板の隅に置いた。

 ――退屈は、影で測る

 ――退屈は、胸で揺らす

 ――退屈は、旗を高くしすぎない

 ――退屈は、扇の柄を上げない


 “第2稿”の紙は棚で冷え、鈴は布で眠り、椅子は重ねられる。石二つの膝が夜露を受け、影は足元にたたまれる。

 ざまぁは、誰かの旗をへし折る快楽ではない。旗の高さを先に決め、扇の柄の位置を定め、影と図で“煽り”を鈍くすることだ。鈍くなった熱は、長持ちする光に変わる。光が長持ちすれば、明日の“静かな祝辞”は短くて済む。


 遠見塔の小鈴が夜に一度だけ、乾いて、低く。

 ――第27話「婚礼号・校了/静かな祝辞」へ続く。

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