(第24話)再契・告示/鈴の婚礼(準備)
朝の空気は紙より乾いて、鈴より軽い。黒板の左上には昨夜の“臨時”がそのまま残り、太字の〈未定〉が一行、よく育った植物のように落ち着いていた。
〈9月某日 王都広場 “再契”仮合意 鈴三本/未定は太字〉
今日は“仮合意”を“告示”に変える――ただし、踊らない。踊るのは後日、“青の箱”に場所を借りてからだ。
私は柱の下に新しい板を立てる。
〈再契・告示(柱下)〉
――椅子は二脚、耳の高さ。
――鈴は三本(大=停止/中=訂正/小=合意)。
――盾は灰、剣は白の後ろ。
――“扇の柄”の高さを規定。
――式の形と日取り:未定(太字のまま)。
――個人印:レオノーラ・ヴァイス/王太子連署。
――公開:杖欄・本紙+声欄・裏。
――退屈は、恋に鈴をつける
――退屈は、椅子で約束を座らせる
王太子は、地面の高さの外套で来た。短い挨拶は短いほど強い。
「――告示、ここで」
小鈴、二打。採択の音は、恋の紙にも似合う。
◇
“杖欄”の見出しは、あくまで歩く。
〈9月某日 王都広場 “再契”告示 式=未定(太字)〉
裏面は“席の図”が再掲――二脚・三鈴・白線・退路。植字工の古株は“未定”の活字を撫でてから、わざと少しだけインクを濃くした。「太字は、ほんの少し重く」と彼は言う。重い未定は、軽い炎上を踏み消す。
“声欄”の第一声は、意外にも山から。
――“山でも鐘は三本ですか。婚礼の鈴は四つ目を鳴らせますか”(坑道B・男)
【改め歌】
――鈴は三で足りるけど
――祭の日には笑い鈴
――青の許で増やしてよい
青の欄に小さく追記。〈“笑い鈴”=小の派生(祭のみ)〉。
迅速会の代表が親指を立てる。「“笑い鈴”は青で買う。市場にも笑いは必要だ」
◇
午前は“準備”。婚礼――いや、“鈴の婚礼”と私は呼ぶ――のための手順を、祭と街と本則の中間に置く。
〈鈴の婚礼・準備票(第0稿)〉
――箱の配分:青(式の舞台・案内)/灰(人の導線・椅子・白線)/白(救急・静かな水)/金(告示・図の保存)。
――鈴:三本+笑い鈴(青)。
――章:白=コト(二連・雨仕様兼用)/灰=チリ(低)/青=シャン(間引き)/金=無音(旗のみ)。
――紙:杖欄“婚礼号”を前日と当日朝に。未定は未定のまま。
――“恥の運用”:婚礼に絡む嘲りを“短く・場所限定(柱下)・図で訂正”。
――“扇”の扱い:舞台内は可、街路では高さ制限。
――“剣”:白の後ろ、抜かない。
――“盾”:灰の距離。
――“三角”:欄外・即監査。
――“笑い”の扱い:青の許で“笑い鈴”一打。個人攻撃は禁止。
――踊る前に道を引け
――笑う前に鈴を決めよ
ローレンスが扇を膝で転がしながら、「舞台側の“開口”を狭める」と言う。「笑いは逃げると毒になる。鈴で留めると薬になる」
セドリックは広場を扇形に一巡し、椅子の脚に薄布を巻いてから、私に小声で告げた。「護衛対象。“薄い危険”――今日は角に影が一つ。歩幅が“踊る側”だ」
「踊る足は、案内図で疲れさせます」
◇
昼前、山から早便。〈銀80→82。“手袋章”実装95%。“笑い鈴”の試作、山の祭で採用希望〉。
私は“山欄”に太字で書き、すぐ隣に〈笑い鈴・規格案〉の小図を添えた。
――“笑い鈴”:音は短く高すぎず、個人名に被せない。
――鳴らす権限:青。
――“悪口だけ”の笑いは禁止。
――訂正:鈴一打+太字。
――笑いは青 恥は短く
――図で直して鈴で納める
若い記者が「笑い鈴は“市場の値動き”にも使えるな」と囁き、ルカが通りすがりに「使いどころは選べ」と猫背で笑う。金の舌は、今日は端正に折りたたまれている。
◇
昼の鐘。一度。私は“再契告示”の紙を柱に貼り、署名の朱を重ねる。朱は花のように渦を描き、過去の見出しの棘を二、三本折る。
告示の最後に、短い“言葉の欄”を足す。
〈言葉の欄〉
――“悪役令嬢”の過去=太字で訂正済。
――“再契”=前に置く約束。
――“退屈”=椅子と鈴と太字。
そこへ、ひとりの女が前に出た。舞踏会の残り香を帯びた裾、柔らかい指の先に“細い三角”――ではなく、白い小花。
「“声欄”に“式は踊りますか”と投函した者です。……わたくし、舞台の人でした。『踊りは人を軽くする』。けれど、街で踊るときは、足が重い」
「重い踊りは、長持ちします」
私は頷き、青の欄に『式で踊るなら“重さの踊り”』の図を添える。足幅は狭く、拍は鈍く、灯は低く。
ローレンスが扇を開かずに言う。「舞台で“間”と呼ぶものを、街では“余白”と呼ぶ。――余白を大きく」
女は静かに礼をし、踊らずに去った。踊らなかった背中は、次の踊りを美しくする。
◇
午後、“婚礼の導線”の試し引き。
灰の矢印を三本。〈列の入り口〉〈椅子へ〉〈退出〉。白線で“静かな水”の場所、青線で“笑い鈴”の台。
――列は細く 足は揃えて
――笑いは一点 噂は欄外
井戸守は柄の楕円を回し、工匠の娘は“紐治具”で椅子脚を固定する。修道女は白の荷を点検、塔番の少女は“濡れ鈴”の袋を二重に。
「護衛対象」
セドリックが囁く。「角の影――“踊る足”がこちらへ。手は空。目は“笑い鈴”」
私は“笑い鈴”の台へ歩き、鈴の上に紙を一枚置いた。〈青の許がなければ鳴らない〉。
影は台の前で止まり、小さく笑った。男――祭典局の若い踊り子上がりだ。
「“笑い鈴”を奪えば、式は乱れる。――けど、台の鈴は、紙で守れるのか?」
「守れます。――紙は鈴の親戚です」
私は“笑い鈴”の台を別の向きにわずかに回し、青の章を持つ係をその背へ立たせる。
「青の許可がなければ鳴らない。鳴ったら“悪口だけ”なら訂正、楽しいなら一打延長。――あなたの“踊る足”は、舞台で歓迎します。街では“導線”の外へ」
男は肩を竦め、足を一度だけきれいに返して去った。返し足がきれいなら、だいたい害は小さい。
◇
“声欄”は、今日は妙に“優しい”。
――“柱の下の椅子、触ってみたい”(南区・子)
――【改め】「触っていい。ただし“手袋章”の人と一緒に」図を添える。
――“白線の端に座って待つ場所はあるか”(北区・老人)
――【改め】「“待ち椅子”(灰)を両端に四脚。譲り歌を掲示」
――譲り歌:
――椅子は座って温める
――温まったら渡しなさい
――渡した席が戻ってくる
若い記者は見出しを“歩かせ”、古株は“太字・未定”の箱に指を入れて抜き、誤植を先に拾う。
「“式の形”、未定のままの勇気は、紙を強くする」
古株がぼそりと言う。紙の強さは声に出すと弱くなるが、たまに言った方が印刷に良い。
◇
夕刻前、王宮から灰の封蝋。〈監査:三角印の版木、王都外縁の小屋で発見。押収。持主は逃走、“踊る足”の靴跡〉。
ローレンスが顎を引き、「舞台の影を街へ運ぶ癖、まだ尾が残っている」と呟く。
私は黒板の隅に一行。
――影は舞台へ 足は導線へ
――導線からは鈴が見える
セドリックが盾を傾けて視界を広げ、「護衛対象。今日は大丈夫だ」と短く告げる。短い安心は、長い用心の上でしか出ない。
◇
日が落ちる前、“婚礼号(準備)”が刷り上がって戻る。
〈9月某日 王都広場 “鈴の婚礼”準備号 式=未定(太字)〉
――導線図/椅子配置/笑い鈴の規格/“白の水”場所
――“扇の柄”の高さ/“剣は白の後ろ”
――“恥の運用(婚礼版)”:嘲り短く・図で訂正
裏面は〈手伝い章・募集〉。
――灰:導線係・椅子係(手袋章)。
――白:救急補助(白章見習い)。
――青:案内・笑い鈴係(波章)。
――金:掲示・記録(淡金章)。
――子の役:図の持ち歩き・譲り歌。
――報酬:灰から小、青から菓子、金から名前、白から感謝の歌。
――名は旗の影に書け
――菓子は青で噂を甘くせよ
募集の列は短く、でも途切れない。短く途切れない列は街の理想だ。
法規課の若造が「“式は未定”の条文を、やさしい言葉に詰め替えました」と持ってくる。
〈“未定とは、待つ準備ができている状態”〉
私は思わず笑ってしまい、彼は少し照れた。「……退屈の辞書を作ってみたい」
「薄く、重く」
◇
片付けの前、王太子が柱の下に来た。視線は高くなく、口数も多くない。
「――明日も“未定”で行こう。……焦りは“三角”を呼ぶ。紙が冷えて、鈴が乾くまで」
「はい。――明日は“婚礼号・第1稿”を配って、欄外に大きく“未定”」
「鈴は三本。笑い鈴は……青の許で一つ」
「笑い過ぎない、を“規約”にします」
彼は微笑を喉で止め、「規約にする恋、初めて見た」と呟いた。
「恋は、規約がないと燃えやすいので」
セドリックが横で咳払いを一つ。「護衛対象。今日は“剣の休暇届・延長”でよいな」
「承認。印は私、拇印はあなた」
彼は小さく笑い、朱を押す。朱が乾いて、夜が降りる。
◇
夜。声欄の“採録会議”。紙の束は薄い。薄い束は、街が満腹である印だ。
「この声を載せたい」
若い記者が一枚を差し出す。“『婚礼に嫌がる人もいる』と書いてください”という老人の短い紙。
私はうなずく。
〈【採録】“婚礼は静かに通り過ぎよ”(西門・老人)〉
【改め歌】
――祭が通れば影も通る
――影が冷たき時もある
――冷たき影を数で温め
――歌で短くして通り過ぎ
古株が活字箱の中で“冷たき”の字面を撫で、「いい字だ」と言った。言葉は時々、暖房になる。
――ざまぁは、誰かの晴れの日を踏みにじる芸ではない。晴れを“退屈の帯”で支え、雨が来ても崩れないように、鈴で締めて椅子で受ける仕事だ。退屈が強ければ、祝辞は小さくてよい。小さい祝辞は、長持ちする。
遠見塔の小鈴が夜に二度、ゆっくり。紙は棚に、鈴は布に、椅子は重ねて。未定は太字のまま、眠る。
――第25話「婚礼号・第1稿/笑い鈴の稽古」へ続く。