第9話:エルフとの遭遇と勘違いの三重奏
いよいよ、俺たちの冒険の舞台『迷いの森』の入り口に到着した。
鬱蒼と茂る木々は太陽の光を遮り、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
「うわぁ…なんだか不気味なところね…」
ハンナが不安そうに俺の腕にしがみつく。
「大丈夫じゃ。こういう森には、毒を持つ植物や、幻覚を見せる胞子を飛ばすキノコがある。ワシから離れるでないぞ」
師匠が、歴戦の戦士の顔で警告する。
そんな俺たちの様子を、木の陰から鋭い眼光で見つめる者がいた。
森の守護者、エルフのレンジャー、リオン・シルヴァリーフだ。
彼は、森の入り口で痴話喧嘩ともつかぬ会話を繰り広げる、三人組の侵入者を発見したのだ。
(昨夜の…『調整』…?体も心も熱くなった…?)
リオンの尖った耳が、昨夜の俺たちの会話の断片を拾っていた。
(あの男…あの乙女に、昨夜、破廉恥な行為を強要したに違いない!そして、この屈強なドワーフは、その共犯者か、あるいは見ぬふりをしていたに違いない!人間とは、なんと野蛮で下劣なのだ!)
リオンの勘違いは、彼の潔癖さと真面目さによって、秒速で加速していく。
さらに、男がとんでもないことを口走った。
「よし! この森の奥にある最高の『素材』を手に入れて、俺が最高の形で『プロデュース』してやる! 待ってろよ、俺の愛しのアスカロン!」
(『素材』…? 『プロデュース』…?)
リオンの脳内で、その言葉が最悪の形で翻訳された。
(ま、まさか…! この男、森の精霊でも捕らえて、辱めるつもりか!? プロデュースだと!? 見世物にするというのか!? 許さん…! 断じて許さん!)
怒りのゲージが振り切れたリオンは、愛用の長弓を手に、音もなく三人の前に躍り出た。
「問答無用! 森を汚す不埒者め! そこな乙女を解放し、即刻立ち去れ!」
突然現れた金髪碧眼のイケメンエルフに、俺は一瞬見とれたが、すぐに我に返った。
「な、なんだあんた、いきなり!」
「ふん! とぼける気か! 昨夜、貴様がこの乙女にした破廉恥な行い、全てこのリオン・シルヴァリーフの耳が聞いていたぞ!」
リオンは俺を汚物でも見るかのような目でにらみつけ、ハンナを庇うように俺との間に立った。
「破廉恥な行い…?」
俺とハンナは顔を見合わせる。
「なんじゃ、この尖り耳の若造は。ワシの弟子に、何か失礼なことを言うとるのか?」
師匠が、地を這うような低い声でリオンを睨む。
「黙れ、ドワーフ! 貴様も同罪だ! この男の蛮行を黙認していたのだろう!?」
リオンは一歩も引かない。
「ち、違います! フィン君は、私のために、その…『調整』を…!」
ハンナのしどろもどろな弁明は、リオンにとっては俺に脅されているからだとしか聞こえない。
「まだ言うか! 『パフォーマンス』だと!? 乙女の尊厳をなんだと思っている!」
「だーかーらー! 俺たちは聖剣を修理するための素材、『月光の雫』を探しに来ただけで…」
「聖剣だと!? そのようなもので乙女を誑かしているのか! しかも『月光の雫』! 森の至宝を、貴様のような不浄な者たちに渡すわけにはいかん!」
もうダメだ。話が全く通じない。
師匠は「こいつ、頭にきのこでも生えとるんか」と呆れ、ハンナは「へ、変態…!?」とショックを受けている。
「もうよい! 言葉は不要!」
リオンはついに弓を構え、その切っ先――鋭く尖った矢尻――を俺に向けた。矢には鳥の羽が三枚、正確な角度で取り付けられている。あれは矢の軌道を安定させる『矢羽(Fletching)』だ。空気抵抗を利用して矢の回転を促し、直進性を高める重要なパーツ。良い仕事してるな…。
じゃなくて!
俺が矢に意識を向けていると、リオンが叫んだ。
「お前たちの罪、この森の守り手として、浄化させてもらう!」