第7話:自己プロデュースと覚悟の共鳴
「よし、決まったからには旅支度だ!」
方針が決まれば話は早い。
まずは、俺とハンナの装備を整える必要がある。娘を危険な旅へ送り出すと決めたものの、心配で帰るに帰れないハンナの両親が、鍛冶場の隅で固唾を飲んで見守っていた。
「ハンナ、お前用の武器と防具を作る。こっちに来い」
「え、私、この鍬があるからいいわよ?」
「バカ言え。農具として最高の性能でも、対モンスター戦じゃ話が別だ。もっと硬い甲殻を『抉る』力に特化させる必要がある。それに、鎧もだ。体のサイズを測るぞ」
「え…? あ、う、うん…」
ハンナが、なぜかモジモジと顔を赤らめ始めた。その様子を見て、ハンナの父親の眉がピクリと動く。
「いいかハンナ、鎧ってのはただ硬けりゃいいってもんじゃない。衝撃を受け流す『面』の角度と、関節の動きを妨げない『隙間』の確保が重要なんだ。特に女性用の鎧は、胸部の丸みが衝撃の向きをどう逸らすか計算しないと、かえって危険なんだぞ。体の仕組みと、力の流れの問題だな。まあ、要するに、ただの鉄板を体に巻きつけるだけじゃダメだってことだ」
俺は前世の知識を小難しい言葉で権威付けしつつ、分かりやすく補足した。
(ぶつりがく…? にんげんこうがく…? 難しい言葉は分からん。だが、言っていることは筋が通っている。衝撃の向きを逸らす…体の仕組み…。フィン君は、ただの鍛冶師ではない。学者のように物事を深く考えて、娘の命を守ろうとしてくれておる…! ありがたい…!)
ハンナの父親が、心の中で涙ぐみながら頷いた。
「ち、近いです、フィン君…!」
俺が麻のメジャーを持って近づくと、ハンナは顔を真っ赤にして、カチコチに固まってしまった。
「当たり前だろ、測れないじゃないか。んー、それにしても、お前…見かけによらず、体幹がしっかりしてるな。背筋とか肩甲骨周りの筋肉が、農作業でかなり鍛えられてる。これなら、多少重い鎧でも着こなせるな」
(ぬうっ!? な、なんだその馴れ馴れしい手つきは! しかも娘の体に触れておる! い、いや待て、これは採寸だ! 娘の命を守るための神聖な儀式なのだ…! 我慢だ、俺…!)
父親の額に青筋が浮かぶ。隣で母親が「あなた、落ち着いて」と小声で袖を引いている。
俺は純粋に、鍛冶師としての専門的観点からハンナのボディを計測し、最適な防具の設計図を脳内に描いていた。その豊満な胸も、引き締まったくびれも、丸みを帯びた尻も、俺にとっては全てが「防御力を最大化するための設計パラメータ」でしかない。……いや待て、これはデータだ。最高のパフォーマンスを引き出すための貴重な身体データだ。決してやましい気持ちなど…ぐふっ…。
採寸を終え、早速、装備の製作に取り掛かった。
鍬に宿る彼女との絆の魂を活かし、鍬の『土を掘り返す』力を、モンスターの硬い甲殻を『抉る』力へと、新たに生まれ変わらせた。
そして、動きやすさと防御力を両立させた、彼女専用のブリガンダインを。これは革製のベストの内側に、小さな鉄板を無数に鋲で打ち付けて防御力を確保するタイプの鎧だ。一見するとただの革鎧だが、中身はしっかり鉄壁。プレートアーマーより動きやすく、レザーアーマーよりずっと頑丈。まさに、ハンナのような俊敏な動きをする前衛にはうってつけの装備だな。
「よし、ハンナ、着てみろ!」
完成した装備一式をハンナに渡す。革と鉄でできた、機能美溢れる鎧。彼女の体のラインにぴったりとフィットし、活発な彼女の魅力を引き立てていて、めちゃくちゃ似合っていた。
「わあ…! すごい、軽い! それに、なんだか力が湧いてくるみたい!」
ハンナがその場で数回、鍬を振るう。その動きは、鎧を着ているとは思えないほど軽やかだ。
(おお…! なんて凛々しい姿なんだ、ハンナ…! フィン君、よくぞこれほどのものを…!)
父親の目に、感動の涙が光った。しかし、次の瞬間、その涙は別の意味合いを帯びる。
(しかし、待て! この鎧、娘の体の線が出過ぎではないか!? けしからん! 実にけしからん!)
「よし、次は俺の番だ」
俺は自分のために用意した鋼材へと向き直った。
「君という最高のタレントを、魔境のど真ん中という最悪のステージで輝かせる。それが俺の使命だ。だが、その大役を担う俺自身、つまりプロデューサーが、へなちょこ装備で真っ先にやられてみろ。話にならないだろう?」
俺の言葉に、ハンナだけでなく、師匠や彼女の両親も「はあ」と間の抜けた声を漏らす。
「俺自身の生存と安全確保も、このプロジェクトを成功させるための最重要事項だ。つまり、俺の装備を完璧に仕上げることは、巡り巡って君を守ることに繋がる。これは自己満足じゃない。『自己プロデュース』だ!」
我ながら完璧な理屈だった。
俺は自分の装備も、魂を込めて丹念に作り上げた。後方支援役として動きやすさを重視しつつ、不意の一撃から身を守るためのチェストプレートとガントレット。そして護身用の短剣。
俺の『魂魄の瞳』は、俺自身の「生き残りたい」という強い想いと、仲間を守りたいという覚悟に共鳴し、鋼の魂を最高の形で輝かせた。
こうして、俺とハンナは、それぞれの魂を宿した装備を身にまとった。
それはただの鉄の塊ではない。
俺がハンナを守りたいという想いと、ハンナが俺を支えたいという想い。二つの覚悟が、鋼の魂を介して静かに共鳴しているのを、俺の『魂魄の瞳』ははっきりと捉えていた。
「よし、行こう。ハンナ」
「うん!」
師匠グンドハルという最強の護衛を得た俺たちは、ハンナの両親に見送られ、固く閉ざされた伝説の聖剣『アスカロン』の箱を背負う。そしてまだ見ぬ魔境『迷いの森』へと、固い決意を胸に、第一歩を踏み出した。