第67話:祭りの後とプロデューサーの日常(挿絵あり)
ゼノンとの決戦から数ヶ月。王国には、嘘のような平和が訪れていた。
敗れた仮面の将軍ゼノンは、俺のあまりにも人間臭い『煩悩』の輝きに、自らの完璧な『統合』の理論を根底から覆されたショックで、記憶の一部を喪失。今は第零工房の監視下で、庭師として穏やかな日々を送っていた。
彼は時折、工房の庭に佇む巨神アレスを見上げ、その核に宿る清らかな光に、「…魂魄石よ、お前は…最初から、こうあるべきだったのかもしれんな…」と、どこか安堵したように呟いていた。アレスの核である『呪いの破片』は、もはや禍々しさを完全に失い、清らかな白い輝きを放っている。これは、フィンの『愛』のプロデュースによって、その邪悪な力が浄化され、純粋な『魂の触媒』として生まれ変わった証だった。
俺たちの『空中機動工房プロデューサー号』は、今や王国の物流にも使用され、人々に『プロデューサー様の空飛ぶお城』と呼ばれ親しまれている。守護巨神アレスは、その巨体を活かして災害救助や大規模インフラ整備に駆り出され、『心優しき巨人』として子供たちの英雄になっていた。
第零工房は、軍事技術だけでなく、その技術を民生品へと転用することで、王国の復興に大きく貢献していた。俺がプロデュースした『魂宿りの農具』は量産化され、王国の食糧事情を劇的に改善。セレスティーナが開発した『自動お掃除ゴーレム・ミニ』は、王都の主婦たちの間で爆発的なヒット商品となっていた。
そして今日、王都ではゼノン軍の脅威を退けたことを祝う、盛大な戦勝記念祝賀会が開かれていた。そのメインイベントとして、我らが第零工房による、最新技術のデモンストレーションが企画されたのだ。
「よし、みんな! ただの技術発表会で終わらせるな! 王都の全てを巻き込む、最高のライブにするぞ!」
俺の号令一下、祝賀会の夜空は、俺たちの独壇場と化した。
ハンナが愛用の鍬『畑の女王』を振るうと、巨大な氷塊が瞬く間に精巧な白鳥の彫刻へと姿を変える。アルドとレイジ・ブリンガーのコンビは、光の尾を引く剣舞を披露し、観客を魅了する。その頭上では、セレスティーナの魔法が、夜空に七色のオーロラを描き出していた。
「セレスティーナ! 最後の仕上げだ! 最高の花火を打ち上げてくれ!」
「は、はいぃっ!」
セレスティーナが詠唱すると、夜空に次々と大輪の花火が打ち上がる。花火の色は、金属の塩類を燃やした時に発生する『炎色反応』を利用したものだ。ストロンチウムの燃えるような赤、銅の鮮やかな青、バリウムの美しい緑、そしてナトリウムの眩い黄色。彼女の精密な魔力制御は、それらの金属粒子を完璧な配合で爆発させ、夜空をかつてないほど色鮮やかなキャンバスへと変えていた。
◇
その光景を、王宮のバルコニーから、ベアトリスが静かに見つめていた。隣には、いつものように完璧な執事、セバスチャンが控えている。
「…セバスチャン。結局、あの男は、聖人だったのか、それとも魔人だったのか…私には、最後まで分からなかったわ」
彼女の長きにわたる『魔人フィンの観察記録』は、もはやどこから手をつけていいか分からないほど、矛盾と謎に満ちていた。
セバスチャンは、片眼鏡をキラリと光らせ、優雅に答えた。
「さあ、どうでしょうな。ただ一つ、私めに言えることがあるとすれば」
彼は、民衆の歓声の中心で、満面の笑みでタクトを振るう俺の姿を見やった。
「フィン工房長は、ご自身の欲望に、世界で最も忠実な方だ、ということでございましょう。そして、その結果として、世界がほんの少しだけ、面白く、そして平和になった。…騎士団長殿。それで、よろしいのではないですか」
その言葉に、ベアトリスはふっと、心の重荷が軽くなるのを感じた。彼女は、ステージ上の俺を見て、初めて、心の底からの穏やかな微笑みを浮かべた。
彼女の観察記録の最後のページには、震える文字で、こう書き加えられていた。
「――観察対象フィン・アッシュフォージ。評価、『測定不能』。ただし、人類にとって、有益である可能性を、今は否定しない――」
ショーのクライマックス。俺はステージの中央に躍り出ると、魔導拡声器を握りしめて叫んだ。
「みんな、今日は最高のライブだったぜ! だがな、俺たちのプロデュースは、まだ始まったばかりだ! これからも、この世界のありとあらゆる魂を、鉄クズだろうが、聖剣だろうが、なんだろうが、俺が最高の形で輝かせてみせる!」
俺の宣言に、ハンナは頬を染め、セレスティーナははにかみ、そして腰のアスカロンは得意げに輝いた。
「これからも、俺たち第零工房の活躍にご期待ください!」
俺の、どこか観客に語りかけるような最後の言葉と共に、ひときわ大きな花火が夜空を彩った。
俺のプロデューサーとしての日常は、これからもたくさんの素敵なタレントと、山のような解釈のズレと共に、騒がしく、そして楽しく続いていくのだろう。
まあ、それも悪くない。最高のステージは、いつだって、これから始まるのだから。
(了)




