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第6話:旅支度と覚悟のプロデュース

セバスチャンが提示した報酬は、俺のこれまでの人生で見たこともない額の金貨だった。ルミナス公爵家がいかにこの聖剣を重んじているか、そして俺の腕に期待しているかが分かる。だが、問題は金じゃない。


「『迷いの森』の最深部、ねえ…」


セバスチャンが帰った後、俺は腕を組んで唸っていた。迷いの森といえば、この辺りでは有名な魔境だ。一度足を踏み入れれば二度と出られないと言われ、凶暴なモンスターも多数生息しているという。


「フィンよ、この依頼、断るべきじゃ。危険すぎる」


師匠のグンドハルが、心配そうに言う。


「でも…」


俺はテーブルに横たわる聖剣に目をやった。その魂が、今もか細く助けを求めているのが視える。まるで、雨に打たれて震える銀髪の子猫のようだ。その美しい曲線、洗練されたフォルム…ここで見捨てたら、プロデューサーの名が、いや、男が廃る!


「俺、行きます。あの子を…この聖剣を、放っておくなんてできません!」


俺が拳を握りしめて宣言した、その時。


「――だったら、私も一緒に行くわ!」


鍛冶場の入り口に、決意を固めた表情のハンナが立っていた。その手には、俺が打ち直した、今や彼女の魂の片割れとも言うべき「畑の女王クイーン・オブ・ファーム」こと、愛用の鍬が握られている。


「は!? ハンナ、お前、聞いていたのか!?」


「フィン君の力はすごいけど、戦いは専門じゃないでしょ。私が前衛をやるわ。フィン君は、フィン君にしかできないことに集中して」


ハンナはまっすぐな瞳で言う。


「ダメだ! 遊びに行くんじゃないんだぞ! 迷いの森だぞ!?」


「ワシも反対じゃ! ハンナ、お前まで危険な目に遭わせるわけにはいかん!」


俺と師匠が声を荒げたことで、鍛冶場の外の騒ぎを聞きつけたのだろう。慌てた様子で駆け込んできたのは、ハンナの両親だった。


「ハンナ! 何を言っているんだ!?」


「迷いの森ですって!? とんでもない! 女の子が一人で行くような場所じゃありません!」


娘を心配する母親が、悲痛な声を上げる。父親も険しい顔でハンナの前に立った。


「ハンナ、気持ちはわかる。だが、お前は村の大事な娘だ。フィン君には特別な力があるのかもしれんが、お前は違うだろう」


しかし、ハンナは一歩も引かなかった。彼女は両親と俺たちを交互に見つめ、はっきりと告げた。


「だからよ! フィン君がすごい力を持っていても、一人じゃ背中ががら空きじゃない! 誰かが前衛で敵を食い止めないと、そのすごい力だって発揮できないわ!」


彼女は愛用の鍬をぎゅっと握りしめる。


「それに、私だってただの村娘じゃない。フィン君が魂を込めてくれたこの鍬で、毎日畑を耕して、力をつけてきた。この力は、フィン君を守るためにあるんだって、そう思うの!」


その覚悟に満ちた目に、俺は息を呑んだ。いつの間に、彼女はこんなに強くなっていたんだろう。


「もし…もし、私を置いていくつもりなら、私、絶対にあきらめない。一人でも後を追いかけるわ。そうなったら、もっと危ないでしょう?」


それは脅しではない。彼女なら本当にやりかねない。その強い意志に、誰もが言葉を失った。


沈黙を破ったのは、師匠だった。彼はハンナの目をじっと見つめ、やがて深くため息をついた。


「…この目は、本気じゃな。ワシらが何を言っても聞かん、ドワーフの石頭と同じくらい頑固な目じゃ」


ハンナの父親が、苦渋の表情で天を仰いだ。


「…ああ、お前の言う通りかもしれん。お前をこの村に縛り付けて、後でこっそり抜け出される方が、よっぽど危険だ…」


母親は「あなた…」と不安げに夫の袖を掴む。


父親は、娘の覚悟を受け入れると、師匠のグンドハルに向かって深く、深く頭を下げた。


「グンドハル殿。もはや友人の息子を案ずるというだけではないのは、重々承知しております。どうか、この子らを…我々のたった一人の宝と、我が友の忘れ形見を、あなたのその屈強な腕で守り抜いてはくれまいか」


その重い言葉に、師匠は力強く頷いた。


「無論じゃ。このワシがおる限り、フィンとハンナに指一本触れさせはせん。ドワーフの誇りにかけて、約束しよう」


こうして、俺たちはハンナの両親とも、「少しでも危険になったら絶対に引き返す」という厳重な約束を交わし、ようやく旅の許可を得たのだった。

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