第58話:騎士は魔人を理解できない(挿絵あり)
67話の完結まであと少し!
生成AIで画像を作ってみました。
この話数から自動で作っただけなので、本文や他の画像との矛盾はご容赦ください。
「――以上が、先日の戦闘におけるゼノン軍の戦術分析です」
王宮の一室。白銀騎士団長ベアトリス・フォン・ルミナスは、国王陛下とルミナス公爵を前に、神妙な面持ちで報告を行っていた。彼女の手には、ここ数週間で分厚くなった『魔人フィンに関する観察記録』が握られている。
「結論から申し上げます。フィン・アッシュフォージ工房長の戦闘理論は、我が国の、いえ、この大陸のいかなる兵法にも当てはまりません。彼は、敵兵を殺害することに、ほとんど価値を見出していないのです」
「ほう、面白いことを言うな、ベアトリス」
国王陛下が、興味深そうに身を乗り出した。
「はい。彼の戦術の根幹は、敵の『戦意』そのものを、根こそぎ奪うことにあります。先のトマト爆撃しかり、巨神アレスによる地上絵しかり。敵の誇りを砕き、戦うこと自体を馬鹿馬鹿しいと思わせる。物理的な破壊よりも、精神的な屈服を最優先とする、恐るべき心理戦術です」
ベアトリスは、ゴクリと喉を鳴らして続けた。
「ゼノン将軍との戦闘で見せた『PTG』なる反撃術も同様です。あれは、敵の憎悪の力を利用し、敵自身に返すことで『貴様の攻撃は無意味だ』と知らしめるためのもの。肉体ではなく、敵の魂に直接『敗北』の二文字を刻み込む、非人道的なまでに合理的な戦法なのです!」
彼女の熱弁に、国王と公爵は深く頷いていた。
「うむ。敵を生かさず殺さず、無力化する…。まさに理想の戦い方ではないか」
「さすがはフィン殿。彼の頭の中は、我々の想像を遥かに超えておるわ」
だが、ベアトリスの真に言いたいことは、そこではなかった。
「しかし、陛下! その思想は、あまりに危険です! 彼は、敵の魂を『支配』するゼノン将軍とは異なるアプローチで、魂を『改竄』しているに他なりません! 彼の思想に染め上げられた者は、もはや元には戻れない! これは、武力による侵略よりも、遥かに根深く、恐ろしい『思想侵略』なのです!」
「思想侵略、か…」
国王は腕を組み、難しい顔で黙り込んだ。
◇
その頃、当の『思想侵略者』である俺、フィン・アッシュフォージは、工房の中庭で、のんびりと日向ぼっこをしていた。
俺の膝の上では、聖剣アスカロンが、猫のように気持ちよさそうに微睡んでいる。
『ん…マスターの膝の上、あったかい…。もっと撫でて…』
「はいはい、お姫様」
俺がその刀身を優しく撫でてやると、アスカロンは嬉しそうに魂の光を明滅させた。
「フィン君、お茶が入ったわよー!」
鍛冶場の入り口から、エプロン姿のハンナが声をかけてくる。その手には、湯気の立つティーカップと、焼き立てのクッキーが乗ったお盆があった。
「おう、サンキュー!」
俺が返事をすると、ハンナは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔と、エプロンの下で揺れる豊満な胸は、どんな高級な茶菓子よりも俺の心を癒してくれる。
「あの…工房長、これ、新しい魔道具の試作品です…」
そこへ、もじもじとやってきたのは、セレスティーナだった。彼女が差し出したのは、手のひらサイズの金属製の箱だった。
「ほう、これは?」
「『自動お掃除ゴーレム・ミニ』です…。工房の床の鉄粉を、自動で集めてくれるように、プログラムしました…」
箱のスイッチを入れると、小さな車輪がついたそれが、健気に床のゴミを集め始めた。
「すげえ! ルンバじゃねえか!」
「る、るんば…? また、工房長の故郷の言葉ですか…?」
「ああ、まあな。しかし、セレスティーナ、お前は天才か!」
俺が彼女の頭をわしゃわしゃと撫でてやると、セレスティーナは「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
アルドとレイジ・ブリンガーは訓練場で軽口を叩き合い、バルバロッサは新しい炉の設計に唸り、アレスは格納庫で静かに出番を待っている。
これが、俺の築き上げた『魔人の軍団』の日常だった。
そこへ、王宮から戻ってきたベアトリスが、鬼のような形相でやってきた。
「フィン・アッシュフォージ! 貴様という男は!」
彼女は、俺と、俺の周りに集う仲間たちの、あまりにも平和で、のどかな光景を見て、絶句した。
「な、なんなのだ、この空気は…! 貴様たちは、これから帝国の魔将と、国家の存亡を賭けた最終決戦に臨むというのに、この緊張感の欠片もない体たらくは!」
彼女の悲痛な叫びに、俺はきょとんと首を傾げた。
「何言ってんだ、ベアトリス団長。ちゃんと準備はしてるぜ? 最高のパフォーマンスは、最高の休息から生まれるんだ。心身ともにリラックスした状態でなければ、最高のアイデアも浮かんでこない。脳科学的にも、適度な休息は、記憶の定着や問題解決能力の向上に繋がることが証明されてるんだぜ。これを『デフォルト・モード・ネットワーク』って言うんだ」
俺の、いつもの知ったかぶり解説。
しかし、今のベアトリスには、それが悪魔の囁きにしか聞こえなかった。
(でふぉると・もーど・ねっとわーく…!? なんて禍々しい響きなの! あれは、部下たちの精神を、意図的に弛緩させ、思考能力を奪うための呪文! 油断させたところに、自らの思想を刷り込み、より強固な忠誠心を植え付けるための、高度な洗脳術式だわ!)
彼女は、わなわなと震えながら、俺を指さした。
「貴様のその余裕、いつまで続くか見ものだな! 陛下は、ついに最終決断を下された! 我が白銀騎士団を含む、王国全軍の指揮権を、一時的に貴様に委ねると! 帝国との決戦における、全権代理指揮官としてな!」
「はぁ!? 俺が、王国全軍の!?」
思わず、膝の上のアスカロンを落としそうになった。
「冗談だろ!? 俺、ただのプロデューサーなんですけど!?」
「これは決定事項だ! 貴様の『思想侵略』の力で、帝国軍を無力化せよ、と! …私とて不本意だが、これも王国を守るため…!」
ベアトリスは、悔しそうに唇を噛んだ。
彼女が、俺の平和な日常を『魔人の軍団の休息』と解釈し、俺の脳科学の豆知識を『高度な洗脳術』と受け取った結果、王国首脳部に「フィン工房長なら、王国全軍を率いて、帝国を無血開城させられるに違いない」という、とんでもない期待を抱かせてしまったのだ。
「…あー、もう、どうにでもなれ…」
俺は、頭を抱えて天を仰いだ。
俺のささやかな日常は、どうやら、俺の意図とは全く関係のないところで、とんでもない方向へと暴走を始めているらしい。




